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46:聖女のお触れ




「聖女選別だと?」


 その知らせは、賊がリュネットの名をかたったことより衝撃だった。



 カルディア国・アクアルード領・オルセリア。

 水の都と呼ばれているその街は、長きにわたり、祈りによって国の安寧を保ってきたと言われている。



 その「国の安寧」が何を指しているか、クルードをはじめ他領の人間は知る由もないのだが、オルセリアはこの国の水源・「静謐の滝」を抱いている。国土を潤すその水系は、オルセリアを経由して各地へと流れ、豊穣と平和をもたらしているのだ。




 要は、その治水政策のことを言うのだろうが、祈りと関係があるとは思えない。



 聞くところによると、滝を擁する山を削り、護るようにできた街は、その存在自体が圧巻だというが──そんな街から届いたその知らせに、クルードが怪訝に眉を寄せないはずがなかった。




 なぜ、今、ここに?

 オルセリアの聖女選別の知らせが来るのか。

 よそ様の聖女選別案内など、こちらには関係のない話なのに。


 

 ショーンもショーンだ。

 こんな知らせに、肩で息をするほど慌てる必要などない。


 

 クルードは怪訝を露わにしながらも、慌てたショーンから封書を受け取り指をかけると、




「……聖女選別か。他領地の聖女案内に、なにをそこまで慌てる必要がある」

「しかし……!」

「16歳までの女性が対象だろう? 我が城に勤める16歳以下の女性はいないは……ず……」



 

 言いながら目を通して。

 クルードは絶句した。




「……リュネット・サルペントだと……!?」

 思わずその名を読み上げ愕然とする。

「バカな! そんな話があるか! リュネットは17だ! 条件から外れている! なぜここにリュネットの名がある!」




 勢いそのまま羊皮紙を握りしめ、クルードは怒声をあげた。


 あり得ない、ありえない。

 なぜオルセリアの事情に、こちらが関与しなければならない?

 なぜリュネットの名がここにある?

 なぜ、どうして、わからない!



 クルードは冷静さを欠いていた。

 しかし、その傍らで理解する。

 『これは、神託だ』と。

 


 理由はわからぬが、『聖女の条件』にリュネットが引っかかったのだ。

 そしてこれは、『招集』である。

 ──行かせたが最後、もう戻ってこないのではないか?




「馬鹿げている! 何のための規定だ!」

「ワタシも詳細は存じませんが、聖堂からの伝達では『神意に基づく選出』と……」

「神意と言えば従うとでも思っているのか教会はッ!」



 バヂン!

 投げつけた羊皮紙が、床の上で激しい音を立てた。

 ショーンが遠慮がちに声を投げているが、耳になどは要らない。




 クルードは怖かった。

 大切な誰かを、どこかに差し出すことが。


 妹分のサラは奉公に出たまま帰ってこなかった。

 幸せな笑顔で出たきり、帰らぬ人となった。

 

 クルードとて、『奉公』と『聖女選別』が異なることは十分理解しているが、それでも抵抗を覚えて仕方ない。

 聖女になることがそれ即ち命を捧げる大役ではないだろうが、「送り出したが最後、もう会えない」辛さを、彼は知っている。




 あの時、笑顔で送り出したあの日の自分を、何度悔やんだことだろう。

 あんな思いはもう二度と味わいたくない。


 しかし、聖堂は、この国において強大な権威を持っている。


 その力は国王の権威と直接交わることはないが、世俗の法をも凌駕するほどだ。 

 聖堂の啓示は『神意』として絶対視され、従わなければ教義への背信と見なされる。

 敬虔なカルディス教徒である領民たちにとって、神の啓示を拒む領主は不信と反発を招く恐れがあった。



 クルードとてプレニウスの領主である以上、その影響を無視することはできない。 

 いや、むしろカルデウスの加護によって繁栄しているプレニウス領であるからこそ、その信仰への背反は致命的な損失となりかねない。




 それは解っているのだが、──解っているところに、ショーンの宥めるトーンの声が響く。




「聖堂の啓示に逆らえば、クルード様ご自身の立場が危うくなります。ここは……」

「黙れ!」




 ショーンの進言を一蹴し、クルードは苛立ちを隠そうともせず、拳を握りしめた。


 解っている。

 解っているのだ!

 ショーンの言うことは正しい、自分が領主らしからぬそぶりを見せているのもわかっている! だが!


 飲み込めない……!



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