43:小さな芽
「民が門の前に集まっています!」
けたたましい音を立てて開いた扉と、息を切らせた兵士の報告が、城内の静寂を打ち破った。
突然の知らせに場がどよめく。
途端、走り出す男たち。動揺と興味に沸き立つ女たち。
焦りと緊張・戦慄と興味が入り乱れ、無数の靴音とざわめきが、まるで波のように蠢いていた。
「何事だ……」
そのありように、クルードは鋭い眼差しを向けながら立ち上がった。
耳を澄ませば確かに、城の外が騒がしい。
城主という立場である以上、これしきの事で慌てふためくザマなど見せないが、頭の中は不安が渦巻いていた。
リュネットの投獄を知らせたのが先日。
この状況下で起こるとすれば『民の陳情』か『ストライキ』である。
このざわめきが味方であればいいが、敵である可能性もある。
場合によっては静粛せねばならないのかと、鋭く覚悟を固める彼は、足早に城外広場を目指して──……
「クルード様! 下はいけません!」
階段の踊り場、鉢合わせたショーンに言われ足を止める。
続けて、ネネの声が飛んだ。
「上のバルコニーへ! ショーン、アタシたちは下!」
矢継ぎ早に述べたネネとショーンの背中を見送って、クルードは一路上へ。
向かうは城外バルコニー。
立場ある者だけが立てる場所。
■
城を護るように、ぐるりと囲った塀の中。
休日には市場が開かれ、祭りの時には人々が踊り楽しむその場所は、今。民々の怒りと怒号で包まれていた。
ゆうに百を超える民の姿。
それを、城から出てきた兵士や執事が抑え込もうとしている。
そんな光景を眼下に、クルードはバルコニーに立ち、深く息を吸い込むと、一拍。
「────どうした! なにがあった!」
広場を裂くほどの声量に、群衆がぴたりと動きを止める。
多くの顔が此方を見上げた瞬間、一人の老人が声を上げた。
「……! 伯爵さま! 伯爵さまがいらっしゃった!」
その声はまるで救いの糸でも見つけたかのようで、老人は激しく首を振りながらこちらを見上げると、
「伯爵さま! このような場に押しかけて申し訳ありません。ただ、あの方を投獄したと聞き、黙っているわけにはいきませんでした!」
「……『あの方』とは? 申してみろ!」
「リュネット様です!」
ざわっ……!
その名が告げられた瞬間、城内勢がざわめいた。
一瞬の隙を突くように、群衆の中から声が飛ぶ。
「リュネット様は、決して賊を差し向けるようなお方ではありません!」
「そうだぞゴルァアア!」
若い女の声を援護するかのように、怒声と共に飛び出したのは──おそらく武器屋の店主だ。肩には革のエプロンを掛け、片手には大きな鍛冶ハンマーを無造作に持ち、拳を手に叩きつけながら前に出ると、
「リュネットさんのおかげで、こっちぁ店立て直せたんだあ!! あの人が盗賊を手引きだと!? 間違いに決まってらぁ! ゴルァあああ!」
「そーよ!!」
続けて前に出たのは──おそらく薬師の娘だ。
肩から下げた革製のショルダーバッグには無数の草花が押し込められており、腰には小さなポーチが揺れている。片手には薬の瓶、もう一方の手には薬草を握りしめていた。
「あたいのばあちゃんがね、薬草茶を教えてもらったっつってたんだ! 今アンタらが飲んでるそれだって、リュネちゃんのアイディアなんだからね!」
「うそ! あのお茶、リュネットさまが考案したの……!?」
「胃がすーっと良くなったやつ……嘘だろ……」
威勢良く響いたその声に、城の人間がどよめき顔を見合わせ呟きだした。
そんな彼らに追い打ちを叩き込むように、次に飛び出したのはおそらく、パン屋の店主だろう。真っ白になったエプロンをそのまま、粉だらけの麺棒で兵士をびしっ! と指し、
「おめーらうちの店で『ふわふわミリナスぶどうパン』買ったことあんだろ!? あれ、リュネットさんの案だバァカ!」
「え。あれ美味しかった……」
「マジか、スパイスのミリナス効いてて病みつきだった……」
「……!」
──変わり始めた空気を眼下に、クルードは胸の高鳴りに息を呑んだ。
リュネットの言葉が蘇る。




