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23:哀れな人


「やぁん、プレニウス様ぁ~! 助けてください! あたし、無理やり抱かれたんですぅ」

「寄るな、痴れ者が」




 クルードの冷たい声が彼女を刺す。

 びくんと震え止まるナルシアに、クルードは侮蔑の表情を向け述べる。




「貴様、不貞の女だな。この世で最も愚かしい愚図が、人の言葉をしゃべるな!」

「はぁああ? ちょっとなんなのえらっそーに!!」



 瞬時。

 開き直るように喚いたのはナルシアだった。

 先ほどまでの甘えた表情を消し去り、醜く歪んだ表情そのまま、感情的に言い返す!



「神? 半身? はっ! ばっかみたい! そんなもんいるわけないじゃない!」



 彼女の叫びに周囲は答えない。

 民衆の視線がますます冷たくなる中、ナルシアの叫び声だけが響く。



「どこにいるのよ! 見せなさいよ! ほら! いるっていうなら出しなさいよ! ほら! 出せないでしょ! 居ないって証拠じゃない! 馬鹿馬鹿しい!」

「…………滑稽な」

「宜しいではありませんか」



 酷く、冷たく一蹴したクルードを諫めるように、冷静な声を響かせたのはリュネットだ。彼女はその場に一歩躍り出ると、冷たさの中に慈悲を宿した面持ちで、



「──カルディアの民とはいえど、全ての民が神を信じ崇めているわけではございません。中にはこうして背くものも居るでしょう……。姿が見えませんもの、致し方ありません。神祖カルデウスもお許しになられるでしょう」



 その言葉には皮肉が込められており、ナルシアだけでなくダルネスの顔にも影を落としゆく。


 「──けれど」と、リュネットの次なる声が広場に響き、視線を集める中。彼女は言うのだ。

 


「神に背いたあなたたちを──、カルディアの民々が、領主として認め従うとお思いですか?」

 


 ざわりと広がる民衆の囁き声が、静寂の広場に緊張を孕んで響き渡る。民々の視線が冷たい鋭さを増し、次第に静まり返っていく。


 それが答えだった。


 水を打ったような静けさの中。

 クルード・フォン・プレニウス伯爵は冷ややかな視線でダルネスを睨み据え、述べる。




「……無様だな、ダルネス。これが貴様の愚行の果てだ。理解したか?」

「……ちがう、ちがうのです、伯爵様……!」



 縋りつく子爵を見下すクルード。

 しかし子爵は続けた。



「わたしは、わたしは、領のために、国のために、彼ら庶民にも気を配り心を削って……!」



 ほう、国のために? 身を削ったと。



「不貞は謝ります! プレニウス卿、これはすべて領民のため……いや、国家のために仕方なく! わたしは領民のために! 彼らを導くために!」

「……尽くしてきた、と言いたいのか」

「はい!」



 必死に頷くダルネスは気付けない。

 クルードの問いの裏に潜んだ、静かな怒気に。

 クルードの瞳に、抑えきれぬ激情が蠢いていることに。

 その質問自体が罠だということに。



 人知れずリュネットが息を呑み見守る中、彼の問いはダルネスを撃つ。



「下々の者も愛し丁重に扱ってきた、と?」

「はいッ!」

「──ならば問おう。サラ・マクラベルを覚えているか」


 その問いは、今までのどんなものより重く、固く、その場に響いた。しかし、ダルネスはぽかんと口を開けるばかり。



「……さ、さら……?」

「──く……! ははははは!」



 その、存在すら知らないと言わんばかりに首を傾げるダルネスに、直後。狂気を怒りで抑えた笑いをあげて、クルードは言う。



「覚えても居ないか! キルスティン! 貴様に犯され凌辱された挙句、ローズ家に落ち延びた私の妹だ!」

「へっ……」



 息を呑むダルネス。

 みるみる顔色を変えるローズが後ずさりしていく。

 逃がさないと言わんばかりにリュネットが彼女を射抜き、言い放った。



「ナルシア・ド・ローズ。貴女も、サラに嫌がらせの限りを尽くしたそうですね。わたしに(おこな)ったように」

「ち、ちが、ちがう、ちがうのぉ……!」

「何が違うのですか。人を貶しあざ笑い、身体的な侮辱までして楽しんだことが『違う』のですか? あなたは何を考え、嫌がらせの限りを尽くしたのですか」

「嫌、嫌ぁ……」



 怯えるナルシアの顔が語る、「赦して、許して」。

 しかしそんなことは関係ない。



「……サラはその後、命を絶ったのです。あなたたちの快楽と享楽の犠牲となったのです。さあ皆さん。彼らのどこが『領を導く立派な為政者(いせいしゃ)』でしょうか?」



 彼女は最後の問いを投げる。

 ダルネスに切られ販路を失った、かつての同胞たちに。



「お集まりいただきました、同胞たちよ! もう一度問います! この方々を領主夫妻として、税を納め敬えますか?」


 リュネットの言葉に、最初は誰も口を開かない。

 しかし、誰かが低い声で呟いた。



「許せるわけがない……!」


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