79話 擦れ違いの意味
だからハーロルトは、二人との対話を諦めなかった。苦悩する彼らと同じように、自分の存在価値を模索するように。
「……確かに、きみたちとは違うかもしれない。僕には、感情を共有できるパートナーは必要ないし、宿命さえ受け入れれば一人でも戦える。だけど、みんなといる限りは仲間だと思いたいし、戦う時は頼りにしたい。今は何もしてないから、戦いに行っても足を引っ張るだけだけど」
「お前は実質、一般人だ。戦える力があろうが……」
「だから、ってわけじゃないけど。シモンくんの気持ちは、少しわかる気がする」
「シモンの気持ちって?」
膝を抱えていたアンデレが訊いた。ヤコブは突然シモンを引き合いに出され、また不愉快そうな顔付きになる。
「僕は本当は、みんなと平等になりたい。仲間に認めてもらって、一緒に戦って、楽しいことも、辛いことも共有したい。だけど、僕の度胸がないせいでストレスを与えてる。それだじゃなくて、混乱も与えてる。半端者の僕がここにいるのは、間違ってる。だけど、ここにいなきゃ何も決められないと思って、父さんとちょっと揉めたけど、家族にまた離れることを許してもらった。何も知らない母さんと妹には、大学に戻るって嘘ついちゃったけど」
「お前のその話が、シモンの気持ちとどう関係あるんだよ」
言いたいことがあるならとっとと話せと、ローテーブルに座り続けるヤコブは組んだ足に頬を突き、少し苛立ちを見せて催促する。
「家族でも、理解してもらうことが難しいことがある。父さんも半ば仕方なくって感じで、本当は完全には許してくれてない。それなのに、家族でも知り合いでもない他人同士が、感情を共有して苦しみや痛みを理解し合うことは、本来は不可能なんだよ。だけどみんなは、共有できる他人と奇跡的に出会えたんだよ。一人で苦しみと痛みを抱え続ける人生が、変わったんだよ」
「だから、それが何だって……」
明らかに苛立つヤコブは口を挟もうとするが、それを無視してハーロルトは続け、ヤコブとシモンのことに関して触れた。
「シモンくんは、ヤコブくんとの社会的身分差を気にしてる。だから、ヤコブくんの気に障るくらいきみの交友関係を気にしてるけど、でもそれは責めることじゃないよ。誰でも、対等でいたいと願う。だけど、親しい人ともそう願っていても、必ず何かで差が出る。社会的身分差を気にするシモンくんは、子供扱いされることを嫌ってる。だけど、成人で社会人と、未成年で学生という身分差は、どうしても埋められない。それでもシモンくんは、ヤコブくんと対等になりたいと願ってる。だけど、それには障害があるんだよ」
「障害って、何すか?」
「ヤコブくんの隠し事だよ」
「違う。あいつは俺とは……」
ヤコブは組んでいた足を解き、ハーロルトから身体の向きを逸らした。
「俺と違うあいつに、俺の感情なんて理解できない。できるはずがない」
その言葉の裏には、ティウブから言われた「加害者」と「被害者」という圧倒的区別がある。その区別は、ヤコブの頭を押さえ地面に擦り付けるように重く、罪を再認識させていた。
「誰がそんなこと言ったの? シモンくんから言われたの?」
「違うけど……。境遇は正反対だ。俺はやった側で、あいつはやられた側だ。俺らは、背を向け合う二人なんだ。だから、感情の理解なんて無理なんだ」
身体を逸らしたヤコブは、絶対的に如何ともし難いという顔をして壁の方に逸らし、助言を拒むようにその表情は見えなくなった。
そう聞いたハーロルトは、ふとした疑問を口にする。
「あのさ。ヤコブくんとシモンくんの境遇が正反対って言うなら、何で二人は〈バンデ〉になれたんだろう」
「え?」
「感情を共有して、お互いを理解して絆を深めるんだったら、似た境遇の人との方がスムーズに関係を築けるよね。それなのに、やった側のヤコブくんと、やられた側のシモンくんが〈バンデ〉になったのは、それなりの意味があるんじゃないのかな」
「意味……」
ヤコブは訝しげに、ハーロルトの方を見遣る。
加害者と被害者が唯一無二の相手となった、意味。そんなのは、傷付け合う以外にあるわけがない。そう決め付けつつも、それ以外の意味が本当に存在するのか、あるなら聞いてみたいと思う自分もいた。
「少なくとも二人は、ケンカをするまでは円満だったんだよ。ということは。相手が学生でも、未成年でも、自分と境遇が正反対でも、心が繋がっていれば感情の共有はできるってことだよね。今までの二人が、その証明なんじゃないのかな。一度トラウマを明かしても関係が悪化しなかったなら、二人はきっと、この先も唯一無二の存在でいられるよ。シモンくんが隠し事を気にして聞きたがってるのも、二人のこれからを大事に考えてるからじゃない? ヤコブくんの気持ちを、慮ってるからなんじゃないの?」
「……」
ヤコブは、ハーロルトの真っ直ぐな眼差しから視線を外し、また足を組んで黙って頬杖を突いた。
自分の言葉がどれだけ彼に届いたかわからないが、繋いだ絆にもう一度触れる検討をしてくれることを願った。
そしてハーロルトは、再びアンデレと向き合う。
「アンデレくんもさ。ヨハネくんとは性格が正反対かもしれないけど、相性最悪だったら、初対面からお互いに拒絶してたんじゃないかな。だけど、トラウマがないアンデレくんが使徒に選ばれてヨハネくんの〈バンデ〉になったのは、神様の気紛れじゃなかったとしたら、ヨハネくんを一人で頑張らせないためなんだよ」
「でもおれは、苦労なんてしてないし。ヨハネさんの言う通り、感情の共有なんて……」
アンデレもヤコブとは別の理由で、理解は不可能だと決め付けている。確かに、順風満帆な人生を歩んで来た彼に、トラウマの痛みの理解は難しいかもしれない。
自身の宿命を知らなかったハーロルトもまた、先祖たちの戦いを知るまでは、ペトロたちの心の痛みなんて想像すらできなかった。だから、アンデレの気持ちは理解できる。そして、これから彼ができることもわかる。
「アンデレくんにトラウマがないってことは、それだけ、ヨハネくんの感情を受け止められる器が大きいってことだよね。トラウマを引き摺る人の気持ちは、トラウマがない人に理解は難しいかもしれない。だけど、理解したい気持ちがあれば、一気には難しくても、少しずつ咀嚼して飲み込めば、受け止められるようになっていくんじゃないかな」
「ハードグミをよく噛んで食べる、みたいな?」
「そう。そんな感じ」
「……空気読むの苦手なおれでも、できますかね」
「空気を読めるかよりも、相手の一言一言に真摯に耳を傾けられるか、じゃないかな」
ハーロルトは微笑して、言葉でアンデレの背中を優しく叩いた。
嫌われたり避けられることは、慣れたはずだった。けれどアンデレは、ヨハネに嫌われるのはどうしても嫌だった。側にいることさえ許されないと断言された時は、本当に辛かった。
嫌われたし、見放されたかもしれない。それでも、彼の心の痛みを聞きたい。聞いて理解して、支えになりたい。そんな希望が、アンデレの心に戻り始めた。
「ヤコブくんも。等身大のシモンくんの気持ちを、同じ人間として聞いてあげなよ。正反対の境遇でも、会話はできるんだから」
そう。気持ちが擦れ違っていても、話すことはできる。例え、一度で答えが見つからなくても、お互いの思いを何度でも交換し合えば、その中に、再び心が繋がる答えが紛れ込んでいることもあるのだから。




