78話 他人として
一方。ヤコブの部屋に連行……ではなく、事情説明のために同行を求められ連れて行かれたハーロルトは、腕を組み仁王立ちするアンデレに責められ続けていた。
「名前呼ばれて嬉しいって気持ちは、わかりますよ。でも、そこから告白になるのは飛躍し過ぎてます! ユダさんの日記読んだなら、ペトロの今の気持ちを少しくらい想像できませんか。読んだことないおれは何が書いてあるかは知りませんけど、あの二人のこと見てたから、お互いにどれだけ思い合ってたかわかります。ユダさんがいなくなってから、ペトロずっと頑張ってまた強くなろうとして、せっかく少しずつ普通に戻って来てたのに、そんな時に告白なんて何考えてるんですか! ペトロの心を掻き乱さないでください! 突拍子もない自分の言動を、猛反省してください! 反省できないなら、その気持ち捨ててください!」
「すみませんでした……」
ソファーに座るハーロルトは背中を丸め、畏まって謝罪した。ヤコブも言いたいことはあって、アンデレが全て言ってくれたのだが、説教されるハーロルトを見ていて段々と可愛そうに思えてきた。
「アンデレ。そこまでにしてやれ。お前が親友を大事にしてることは、よーくわかったから。な。ハーロルト」
「うん。アンデレくんのような思い遣りが僕には足りなかったんだって、面責されてよくわかったよ」
「本当に反省してるなら、あとで本気でペトロに謝ってくださいね! おれ、見張ってますから!」
アンデレは、ふんすっ! と怒りの鼻息を吐き出し、数分振りに椅子に腰掛けた。
ヤコブは、怒りを鎮めるようアンデレにハーブティー入りのカップを渡した。ハーロルト説教中に、一応入れて来たのだ。
「お前って、計画性なく行動するタイプか?」
ハーロルトにもハーブティーを渡しながら、ヤコブは訊いた。
「そんなことないよ。旅行プランも、滞在時間は大まかだけど、ちゃんと観光ルートとを決めるタイプだし。好きな人への告白も、タイミングを見計らってダメそうだったら引くかな」
「さっきの話聞くと、意外と勢いでいくタイプなのかと思ったけど、やっぱ想像通りなんだな」
「さっきの僕は、ちょっとおかしかったんだ。きっと」
「おかしいで片付けないでください」
ペトロへの心からの謝罪を見届けるまで許していないアンデレは、ちょっと眉間を寄せながらハーブティーを飲む。ハーロルトも、厄介な相手に過ちがバレてしまったものだ。
「ちゃんとけじめは付けるよ。というか。二人がシモンくんとヨハネくんとケンカしたことも、僕はおかしいと思うよ。あんなに仲が良かったのに、些細なことで擦れ違ってる気がする。まだ仲直りしないの?」
地獄の食卓だけでなく、住んでいる宿舎全体にまで悪い空気が広がり始めているように、ハーロルトは感じている。空気清浄機を置いただけでは絶対に取り除けないものを、一日でも早く正常な空気にしたかった。
しかし。その話題に触れられる二人は、明らかに不愉快な表情と、気を咎めた面持ちになる。
「俺は悪くないぞ」
「おれも悪くない……って言いたいところだけど。原因は自分だし」
「ケンカしてから、まだ一度もまともに話はしてないの?」
「だって、おれ。ヨハネさんに避けられてるし……」
つい今しがたまでハーロルトを責めていたアンデレだったが、今度はヨハネに面責された彼がしょぼんと元気をなくしてしまった。
しかしハーロルトは、ヤコブの前で面責されたぶんを返そうとは思わず、同じように過ちを自覚しているアンデレの気持ちに寄り添おうとする。
「アンデレくんは、自分のだらしなさを自覚してるなら、改善できることをもっと真剣に考えればいいんじゃない?」
「だけど。努力してるって言っても、甘えてるだけだって言い返されたし。反省してるように見せかけて、本当は迷惑掛けてないって勘違いしてるとも言われたし。嘘つき呼ばわりまでされて。おれのこと〈バンデ〉として認めてないし、信用もしてないって言われた。そんなやつにトラウマを話してどうするんだ、って」
「ヨハネくんは、アンデレくんが全く反省してないから、トラウマを話そうとしないの?」
そう尋ねると、違うとアンデレは首を横に振る。
「苦労なんてしてなくて、何不自由なく幸せに生きてきたやつが、どうやって気持ちを理解するんだ、って。話しても、どうせ上辺だけの共感しかできない。順風満帆な人生を送って来たおれなんかに、簡単に理解されてたまるか、って」
「つまりあいつは、同類じゃないから話す気がないってことか」
「この性格だから人間関係に悩んだこともあったけど、確かにヨハネさんに言われた通り、毎日楽しく生きてきて大した苦労してないし、パティシエになる夢を追い掛け続けられてる。おれは、みんなより幸せな人生を送れてるってことは、わかってるよ。でも、聞く前から理解できないって決め付けられるの、辛かった。気持ちを知るのを拒絶されるのって、こんなにキツいんだって」
昔、ペトロが心を閉ざした時に何もできず辛い思いをした経験と近い状況が、アンデレをまた苦しめていた。身体的にも精神的にも近付くことを許されないことで、自分ができるはずのことが何もできない苦渋を味わわされていた。
「アンデレくんは、今でもヨハネくんの過去を知りたいと思ってる?」
「だけど。おれたちの相性は最悪なんだから、感情の共有なんて絶対に無理だって言われたし。ヨハネさんはきっと、ハズレくじを引いたって思ってるんだ」
ヨハネから見放されたアンデレからは、以前のような明るく前向きな言葉は出て来ない。
私生活がだらしなくても、アンデレは使徒としての立派な信念を抱いている。その信念は、昔支えられなかったペトロに認めてもらうのではなく、〈バンテ〉であるヨハネに認めてもらわなければ意味がない。
アンデレが使徒としてここにいる意味は、今は完全に、ヨハネの存在に見い出されているのだ。
「ハズレくじだなんて、それは考え過ぎだよ」
「でも。おれの腕のヨハネさんの名前、まだ薄いままなんですよ。〈バンデ〉になって、仲良くなったと思ってた。だけど、絆が深まってたかはよくわからない。ケンカして、余計にわからなくなった……」
アンデレはローテーブルにカップを置き、椅子の上で膝を抱える。
「おれは〈バンデ〉失格だ。癖を理由にしてストレスを与えるだけの、だらしないやつだ」
「アンデレくん……」
年中明るい太陽は、自分の役目さえ見失ってしまうほど分厚い雲にすっかり覆われ、放つ光を断たれてしまった。
アンデレのいつものメンタルが少しでも残っていれば、話し合う場を設ける手助けができ、ヨハネの気持ちも少しは動かせたかもしれない。だがこれでは、二人きりにさせるメリットが一切ない。
すると、ヤコブがある提案をする。
「じゃあさ。一度、完全に物理的に離れれば? そんで。お前がもう一度一人暮らしして、生活習慣を改善できなければ、ヨハネとの関係修復は絶望的だと思え」
「ヤコブくん。それは……」
「こいつがヨハネを頼ろうとする怠け心が、関係を悪化させた原因だ。もしもアンデレが、ヨハネとの〈バンデ〉解消をしたくないって思うなら、一度物理的に離れて反省を促すしかねぇよ」
「そしたら、二人が話す機会がなくなるじゃないか! 関係修復どころか、元に戻る可能性がなくなるんじゃないの!?」
ハーロルトの言う通り、この状況で物理的に離れれば本当に絶望的な状況になり、解決の糸口は断たれる。しかしヤコブは、それも承知で提案していた。
「〈バンデ〉はそういうもんだ。他人同士がどこまで理解できるか試して、ダメならそこまで。あとは、自分を信じて戦うだけだ」
「相手を試すなんて言い方……」
唯一無二となった相手と心を許し合い、信頼し、絆を深める。そして、相手との心の繋がりがトラウマを克服する勇気となり、戦う強さとなる。それが〈バンテ〉だと、ペトロに教えてもらった。自分が選んだわけでも、選ばれたわけでもない赤の他人とのあいだにある心の壁をぶち破り、二つの心を一つにする。〈バンテ〉は最終的にそういう存在となる、と。
確かに試されはするが、試験なんかではない。「理解する」とは何なのかを、自分自身に問い続けることなのだ。
「ていうか、ハーロルト。関係ないお前が、首突っ込むことじゃねぇだろ」
「わかってるよ。だけど、放っておけないし」
「誰かの〈バンデ〉でもない上に仲間でもないお前に、俺らの何を理解してこの状況を解決しようって言うんだよ」
まるで、お前がここにいる意味はないと言われたハーロルトは、口を閉じた。
確かに、仲間でもないハーロルトは、ここでは他人だ。それを自覚していながら首を突っ込んでいるのは、他人でいたくないからだ。ここでの自分の役割を覚悟して、他人から仲間になりたいからだ。
彼らを理解したいと思うから、話をしたいのだ。




