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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第6章 Riss─綻ぶ─

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36話 家族会議



 ノルック州の夜。クアラデム家のダイニングルームでは家族四人が揃い、妹ヴァネサのダンススクールの友達の話を中心に、団欒の時間を過ごしていた。

 皿から料理がなくなり、夕食の時間が終わろうとしていた時。ハーロルトから、真剣な口調で話が切り出された。


「あのさ。大事な話があるんだけど」

「何なに? もしかして、彼女できたとか?」

「そんな話じゃないよ」

「大事な話って、何なの?」


 食器を片付けようと一度腰を上げた母エミーリエは、息子の話を聞くために再び椅子に腰を下ろした。

 何の話題が繰り出されるのだろうと家族が注目する中、ハーロルトはひと呼吸置いて言う。


「僕。ベツィールフに戻ろうと思う」

「ハーロルト!?」


 決意の告白の一瞬で、オイゲンの顔は顰められた。その決意の真の意味を知らないヴァネサとエミーリエは、少し寂しそうな表情をする。


「せっかく帰って来たのに、戻っちゃうの?」

「やっぱり、大学は向こうがいいの?」

「うん。やっぱり、慣れた環境で勉強を続けたいなって」

「そんなに、向こうの大学が気に入ってたのね。だから、編入をなかなか決められなかったのね」

「それに。記憶が戻ったから、また友達と一緒に勉強できるし、いつもの仲間で遊びたいなって。新しくなったスマホに連絡先が入ってなかったから、帰る前に挨拶くらいしようと思って学校に行ったんけど、残念ながら会えなくてさ。だから戻って、ちゃんと無事を知らせたいんだ」


 ハーロルトは、もっともらしい理由を説明した。家族に嘘をついている罪悪感を隠すために、悟られないように普段の会話と変わらぬ調子で話した。


「そっか。友達は大事だもんね」

「勉強も進んでるし、記憶がないあいだの社会の出来事や、流行りも調べて学習して、話題に乗り遅れることもなさそうだし。戻っても、心配はないと思う」


 エミーリエとヴァネサは、ハーロルトの気持ちをしっかり聞き入れようと、話を聞いた。

 しかし。オイゲンが許すはずがなかった。


「ハーロルト! 私は反対だ!」

「オイゲン。ハーロルトの話を、ちゃんと最後まで聞いてあげて」


 ハーロルトを諭したいオイゲンは口を出そうとしたが、エミーリエに止められ、眉間に皺を刻んだ面持ちでひとまず一旦口を閉じた。


「でも、お兄ちゃん。ベツィールフは今、危険なんでしょ? この前、こっちでも悪魔が出たんだよね。あたし、本当にいるなんて信じてなくて、SNSの動画観た時、怖いと思った。あっちには、あんなのがもっといるんでしょ?」


 UMAだと信じていたものが実在して動揺するヴァネサは、憂患の眼差しで尋ねる。

 家族がまた危険な目に遭うことを、彼女もエミーリエも誰も望んでいないのは、ハーロルト自身も承知している。だから危険に近付くのは、愚かな決意だと知っている。


「確かに現れてるけど、近くにいなければ危険じゃないよ。守ってくれる人たちもいるから」

「使徒という人たちのことよね。けれど。絶対に襲われないわけではないんでしょう? あの街にいれば、悪魔に遭遇する危険は伴うのよね?」


 憂色を浮かべるエミーリエも同様に、ハーロルトにはここにいてほしいと、言葉に込めて尋ねた。

 ハーロルトは、グラスに少しだけ残っていた炭酸水を飲み切り、微笑みを湛えて二人に答える。


「二人が心配してる通り、ベツィールフは危険な街だよ。でも、毎日悪魔が出現するわけじゃないし。住んでる人たちも、日々怯えて過ごしてるわけでもない。ノルックと同じ、日常がある街だよ。犯罪者ばかりいる無法地帯みたいに思ってるかもしれないけど、想像してるよりもベツィールフはいい街だよ」

「危険を承知して、あなたは戻ると言うのね。それだけ使徒という人たちは、信頼できるのね?」

「信頼できるよ。僕もこの目で、彼らの戦いを見たことがあるから。もちろん、危険が及ばない場所でね」


 本当は、命の危険に晒された。この世界で一番と言えるような、恐怖を味わった。けれどその経験も、微笑みの裏に隠した。何も知らない二人には、余計な心配をさせないように。


「記憶喪失のあいだ、一緒に過ごしてた人たちがいたって話したことあったよね。実は、使徒の人たちにお世話になってたんだ」

「そうなの!?」

「これは、記憶を戻した時に彼らから聞いた話なんだけどね。最初は一人暮らしをしてたんだけど、偶然使徒の一人と知り合って。事情を話したら、記憶喪失の状態で一人暮らしは不便だろうから、一緒に住まないかって言ってくれたらしいんだ。仲間で共同生活してて、部屋も空いてるからって。みんな僕を快く受け入れてくれて、とても仲良くさせてもらってたみたいなんだ。そういえば。母さんに教わった料理の腕を、何度も披露してたみたい。好評だったらしいよ」


 使徒にお墨付きをもらったと聞いたエミーリエは、頬に手を当て「あら。そうなのね」と、自分が褒められたように嬉しそうに少しはにかんだ。


「知ってる? 彼らは戦うだけじゃなくて、商品のイメージキャラクターもやってること」

「ううん。知らない。そんなこともやってるの?」


 ペトロたちの広告やCMはノルック州でも目にするが、使徒の顔までは知らないので、彼らの活躍はそこまで周知されていない。


「そうなんだよ。それだけ、みんなに信頼されてるんだ。彼らは、ただ悪魔と戦ってるだけじゃない。街の人たちが平穏に暮らせることを一番に考えて、全ての人を守るために自ら犠牲となることも……」


 ───自分の命を犠牲にするつもりで戦ってる仲間は、一人もいない。最初から、生き続けるために戦ってるんだ。


 ヨハネの言葉を思い出したハーロルトは、言いかけた言葉を訂正する。


「ううん。みんなで幸せな未来を迎えるために、戦ってるんだ。そんな彼らを信頼してない人なんて、一人もいないよ」


 間近で彼らの戦いを見て、説得に来たヨハネの眼差しを見て、使命に立ち向かう使徒がなぜ人々から信頼を得ているのか、ハーロルトはわかってきた。だから今の言葉には、一切嘘はない。

 使徒について語るその目から、ハーロルト自身からも信頼されているのが二人にも覗えた。


「……そうね。守ってくれる人がいなければ、街はどうなっていたかわからないもの」

「この前出た悪魔も、使徒の人が一人で倒したっていう話だし。きっと強いんだよね」


 憂患を抱いていたエミーリエとヴァネサは、ハーロルトの言葉に少しの安堵を覚え、使徒への信頼を芽生えさせた。


「それに。彼らのことが心配でもあるんだ」

「使徒が心配? 信頼できて、強いんじゃないの?」

「もちろん、そうだよ。彼らは、僕を守ってくれた。戦わなくても、居場所を作ってくれた。だけど、ちゃんとお礼を言ってなかったんだ。僕は、彼らのために何もしてない。だからそのためにも、戻りたいんだ」


 そう話しながら彼らの顔を思い出した時、ペトロの姿だけがなぜか際立っていた。


「私は反対だ」


 ハーロルトが話し終えた途端、堪えながら黙座していたオイゲンが再び口を開いた。


「オイゲン……。ハーロルトは、どうしても向こうの大学に戻りたいのよ。確かに安全面に不安はあるけれど、まだ休学のままなのだし、この子が望む通りにしてあげてもいいんじゃないかしら」

「ダメだ!」


 ハーロルトの気持ちを汲もうともせず声を上げるオイゲンに、エミーリエとヴァネサはビクリと驚き、当然疑問を抱いた。


「あなた。どうして、そんなに怒っているの?」

「お兄ちゃんの選択が、そんなに不満? パパって、そんなに頭固くなかったわよね」

「ではお前たちは、ハーロルトとまた離れてもいいのか。帰って来てまだ一ヶ月なんだぞ。せめて社会に出るまでは、また一緒にいたいと思わないのか」

「そんなこと言ってないでしょ。あたしだって、お兄ちゃんともっと一緒にいたいわ」

「私もそうよ。だから、頭ごなしに反対しないで、ちゃんと話し合いましょう」

「話し合う必要はない。私は絶対に、戻ることは許さない」


 我を通すオイゲンは、妻と愛娘にまで少々キツめの物言いで、圧を掛けるような眼差しを正面のハーロルトに向けた。しかしハーロルトも、オイゲンに負けない頑なな意思を持っていた。

 二人は、エミーリエとヴァネサに真意を悟られないような雰囲気と言い回しで、話し始めた。




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