26 限界速度③
その声の主は女性。作業の邪魔にならぬよう栗色の髪の毛を短く切りそろえた姿は、爽やかにも見えた。
【ニトロ】一番機の足に触れ、目をつぶったまま自らに言い聞かせるようにつぶやいた彼女は、悲壮感に溢れていた。
開いた目で【ニトロ】を見上げる彼女の目元にはくっきりと泣き痕が残っている。他の作業員以上に今回の試験運用失敗に思い入れがあったことが見て取れた。
彼女の姿からあることに気づいたターニャは、おもむろに動き出した。
「大尉。少々お時間をいただけますか」
「ああ。いいぞ」
「では、失礼します」
アランにそう言い残し、タブレットPCを手にターニャは女性へと歩み寄っていく。ターニャが声をかけるその時まで、女性は【ニトロ】を見上げたままだった。
「すみません」
「えっ。あ、はい」
まさか話しかけられるとは思っていなかったのだろう。不意を突かれて驚いたような表情を女性はターニャへと向けた。
「ご多忙と存じますが、数点お伺いしたいことがあり、話しかけさせていただきました」
「私に応えられることであれば何でも……、って、あなた、一番機の……」
「はい。今回の試験運用にて一番機に搭乗したターニャ伍長です」
「資料で確認はしたけど、まさかこんな子が……、ああ、いえ、申し訳ありません。失礼でしたよね」
「いえ、問題ありません。慣れています」
眼前のターニャの容姿を確認した女性が向けてきたのは稀有なものを見るような目。軍人とは思えぬ姿に対し、こうした視線を向けられることにターニャは慣れていた。
「試験運用前のミーティングの際、直接話すことはありませんでしたがあなたを見かけました。【ニトロ】の開発、或いは整備に携わった方とお見受けしました」
「……ご指摘の通りです。私は、この【ニトロ】の開発に携わったメンバーの一人、『シノ・アーウィン』と申します。この度は危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありませんでした」
精一杯の謝意を込め、シノは深々とターニャに頭を下げる。悲壮感に打ちひしがれている最中でも誠意をもって行動する様からは、彼女の誠実さが滲み出ていた。
他者に誠意を向ける様子からして、人命を軽視した試験運用を実施する存在には思えない。胸中の疑念を払拭すべく、ターニャは続けた。
「誠意のこもった謝罪、ありがとうございます。しかしながら質問が続けられませんので、顔を上げてもらえますか」
「……はい」
「この機体の開発経緯については先ほど把握させていただきました。『限界速度』の基準は、あなた方が設定されたのですか」
「はい。弊社の【ストライカー】の実戦情報から算出し、設定しました。理論上は問題ないとされましたが、結果は今回のような形となってしまいました。申し訳ございません」
「そうですか。では次の質問に移ります。私とは別の2番機に搭乗したテストパイロットはNA・E所属の『アルフレッド・ウェッジ』のはずですが、あなたとどういったご関係だったのですか」
「……親友、ですね」
一瞬言葉に詰まったのち、重々しくシノは口を開いた。こみ上げてきた感情を押し隠すように下唇を噛むが、瞳は潤み始めていた。
先ほど機体を触れながら告げた『アル』という名は、親友であるアルフレッドの短縮形。彼女の様子からして、相当親しかったようだった。
「お悔やみを申し上げます。しかしながら、止めなかったのですか」
「私は、止めました。でも、彼が乗ると決めて考えを曲げなかったんです」
「開発者のあなたであれば、今回のような事態発生も想定できたはず。それでも彼は止まらなかったということですか」
「そう……、ですね。色々あった私のことを考えて、としか、お答えできません」
「……分かりました」
さらなる追求をしたかったターニャだが、その攻勢を止めざるを得なかった。あともう少しで、シノは泣き崩れてしまいそうだったからだ。
彼女なりの理由があり、この【ニトロ】の開発に携わった。それを支えようとした親友が自分の造った機体で亡くなったともなれば、計り知れない後悔の念が渦巻いているのだろう。
しかしながら、彼女はここに立っている。悲壮にくれながらも、前へと進もうとする熱意がそうさせている。ターニャにそう思わせたのは、先ほどの発言が要因だった。
『……絶対これで終わらせないよ、『アル』』
あの発言こそが、彼女なりの決意表明。戦場に臨む兵士が覚悟するのと同じように、開発に心血を注ぐ技術者としての覚悟の現れだった。
ここまでのシノの姿とやり取りから考慮し、ターニャの疑念は晴れた。そして話しかける前に仮報告書から得た情報を踏まえ、泣き出しそうなシノに向けて告げるのだった。
「今回のような結果にはなりましたが、【ニトロ】は決して悪い機体ではないと私は考えています」
「……え?」
「あの推力があれば、ある程度武装も携行可能。『限界速度』の問題を改善できさえすれば、【ストライカー】を超える機体となれるはず。その計画も既にあなた方で考案していると思いましたが、どうでしょうか」
「は、はい。実際に数値等を把握して改善策を既に提示させてもらっています」
「そうでしたか。であれば、私から質問することは以上となります。後は、最後に一言」
「何でしょうか」
「諦めずに頑張ってください。それでは、失礼します」
「――!」
予想だにしない一言を受けたシノは、目を丸くして固まってしまう。そんな彼女に背を向けて、ターニャはアランたちの下へと戻っていった。
進む最中でターニャが今一度確認したのは手元のタブレットPC。そこに表示された仮報告書の中には、シノを含めた開発陣の【ニトロ】改善案も記載されていた。
今回の失敗を踏まえ、不慮の事故を防ぐのはもちろんのこと、さらなる改善策が相当量表記されている。報告書の半分以上を占める内容から、ターニャは人の熱量を感じ取ったのだ。
その熱量を有する人がどういった存在なのかを知るべくターニャはシノに接触し、答えを得た。そしてシノを後押ししたのは、ターニャがアランから鼓舞されたように、そうしたいと思えたからだった。
同じく覚悟する者同士なのであれば、背を押したくなった。少々こそばゆく感じながらも、自らの行いは正しかったはず。そう思慮を巡らせながら歩むターニャの耳に、シノの言葉が届いた。
「……ありがとうございます! 頑張ります!」




