25 限界速度②
――数時間後
月面第七都市『バクムーン』近郊
「元」治安維持軍軍港・第1無重力整備区画
「――とんだ暴れ馬だったな」
「はい。何度か私も吐きそうになりました」
「無事で何よりだ、伍長」
ハンガーに格納された【ニトロ】を見上げながら、アランとターニャは短く言葉を交わした。
平静を装ってはいるが、まだ酔いが冷めきっていないターニャの顔は若干青白さが感じられる。問題ないと言い張る彼女に付き添う形でアランは彼女の側についていた。
「状態はどうだ」
「各部、異常なし。バックパックもです」
「機体は無事でも、中身が……」
「限界速度の理論値、要修正ですね」
「もう間もなく大破した2番機残骸の搬入が――」
ターニャが搭乗した【ニトロ】1番機のハンガーだけでなく、一帯を慌ただしく作業員たちが各々の作業に没頭していた。
今回の試験運用が失敗し、死者も出してしまったためか作業員たちの表情は芳しくなかった。重々しい空気が漂う中で、少々場違いな明るさを振りまく存在がやってくる。
「大尉、お疲れ様っす」
「グエンか」
爽やかな笑みを浮かべてやってきたのはグエン。脱臼から回復し動くようになった左手にタブレットPCを持ち、二人の下へと向かう。
「ターニャ伍長もお疲れさん。元気そうで何よりだ」
「死にかけた私への笑顔、無性に腹が立ちます。ぶん殴っていいですか大尉」
「ちょ」
「控えておけ伍長。その反動で吐いてしまうかもしれないだろう」
「准尉の上に吐けば床も汚さないと思います」
「だとしてもやめておけ。この空気の中で荒事を起こすのは不謹慎極まりない」
「了解しました。……ちっ」
「……マジで嫌われちゃったなあ、俺」
相対する本人がはっきりと知覚できるようわざと舌打ちをしたターニャに、グエンは苦笑いを返すことしかできない。あの一件以降、ターニャのグエンに対する態度は非常に冷ややかなものとなっていた。
体調不良であっても噛みつかんとするターニャを避けるようにグエンは手にしていたタブレットPCをアランへと差し出した。
受け取ったタブレットPCに表示されていたのは今回の試験運用の仮報告書。その内容を数秒で把握したアランは横にいたターニャへとそれを手渡し、ため息交じりに口を開いた。
「……完全に実験台として扱われたわけか」
「ですね。【ストライカー】の短所である防御面の問題を解決するために、装甲を増強しつつさらなる推力を追加。結果としてできたのがこの【ニトロ】ってことですが……」
「中身がもたないか」
「【ストライカー】も実戦中において失神者が出てそのまま撃墜ってのがあったらしく、その際のデータを基に『限界速度』を設けたって話です。まあ、駄目だったからこうなった訳ですが」
「『NA・E』のテストパイロットは不運だったとしか言えないな。本当によく踏ん張ったな、伍長」
「お褒めに預かり光栄です、大尉」
二人の会話を仮報告書に目を通しながら側聞しつつ、ターニャは応えた。内容を確認する彼女の表情は真剣そのものだった。
仮の段階だが、報告書においては試験運用の失敗が語られていた。その原因が書き連ねられているのだが、ターニャが惹かれたのは別の部分だった。
その惹かれた部分を読了したところで、とある作業員の声がターニャの耳に入り込んできた。
「……絶対これで終わらせないよ、『アル』」




