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27 限界速度④

 その感謝に対して返答をすることなく、ターニャは進んでいった。去っていく自らよりも小さな背中にシノは頼もしさを感じていた。

 沈んでいた心に残っていた熱量がさらに増大し始めたシノ。亡き親友への決意を確固たるものとした彼女が次なる作業に向けて動き出そうとした、その時だった。



「シノ」


「『サリア』部長? どうしてこちらに?」


「少しいいか。話がある」



 作業服とは違うNA・Eの制服を着た女性、『サリア』がシノに話しかけてきた。

 青い瞳と肩まであるブロンドの髪の毛は綺麗だが、くっきりと残っている目の下のクマが十分な睡眠をとらずに過ごしていることを示している。

 仕事人としての力強い雰囲気を纏うサリアはシノの学生時代からの先輩であり、現在では上司。頼れる存在であるはずの彼女からは、見せたことのない焦りが感じられた。

 サリアに促され、人の少ない格納庫の端の方へとシノは向かう。周囲の人目を気にしつつ、サリアは告げた。



「シノ。時間がないから端的に伝える」


「何でしょうか」


「【ニトロ】の不採用が決定した」


「そん、なっ!」



 伝えられた承服しがたい決定にシノは思わず声を荒げてしまった。彼女の声が気になって足を止めた作業員たちに対し、アリアは気にしないでくれといった視線を向けて対処していく。



「声が大きい」


「す、すみません。ですが、あまりにも……!」


「同日、【PA-09 アサルト】がウルフムーン近郊での運用試験を完遂。問題のない向こうが正式採用されることになった」


「しかし、改善さえすればまだ――」


「”まだ”はもうないんだシノ。今回が最後のチャンスになると伝えたはずだ。学生の頃からのよしみでこれまで根回ししてきたが、限界がきた」


「ですが……、それじゃあ、死んだアルが……っ」


「お前の今後のために試験運用を成功させようとあいつが名乗り出たことも把握してる。悔やんでも悔やみきれないだろうが、アルフレッドの件は『上』もかなり重く受け止めてる。ウチのテストパイロットの中でもあいつは優秀な方だったからな。お前は今後、NA・Eにいられなくなる可能性もある」


「……――」



 言い返すための言葉が思いつかず、シノは沈黙するしかなかった。親友である自らの事を思って行動してくれたアルフレッドの顔が脳裏をよぎったからだ。

 お世辞にも開発者として優秀とは言えず、これまでにおいて成果を出せていないシノ。そんな彼女のために優秀な人材が失われたとなれば、上層部は黙っていないだろう。

 自分自身の今後が暗礁に乗り上げることを自覚したシノだったが、まだ完全に諦めがついていなかった。

 先ほどのターニャの言葉から固めた決意を胸に、シノは異様に重く感じられる口を開いた。



「……不採用、であっても、運用できるよう改善します」


「何?」


「さっき、言ってもらえたんです。【ニトロ】は決して悪い機体ではない。諦めずに頑張ってくださいって」


「それは、もしかして一番機にのった子から言われたのか」


「そうです。そうなんですよ。だから、諦めきれません。そうだ、彼女に今後乗り続けてもらうことで【ニトロ】を――」


「シノ、あれは”ただの人間じゃない”ぞ」


「……え?」



 サリアの言ったことが理解できず、思わずシノは驚いてしまう。唖然として固まる彼女に対し、サリアは続けた。



「ターニャ・ラドフスキー。彼女が所属しているのは第2独立兵装試験隊。様々な事情を持った者が集められた使い捨て部隊って言われてる」


「使い捨て……」


「元々ウチの上層部は【ニトロ】に期待してなかった。だから、足りないテストパイロットの枠をあいつらで無理矢理補填したんだ。もし死んでも問題ないようにな」


「そんな……! あまりにも非人道的に過ぎます! それに、期待してなかっただなんて……」



 死んでもいい命が今回の試験運用に使われたこと。そして何より【ニトロ】に上層部が期待していなかったという事実を知り、シノの心を抉った。

 最初から、可能性など残されていなかった。今回の試験運用で上層部は見切りをつける算段だった。打ちひしがれるシノを見てサリア自身も心を締め付けられながらも、口を止めなかった。



「もし、あのターニャとは別の者が乗っていたなら、そいつはアルフレッドと同じ道をたどっただろう。ある意味では、運が良かったといえる」


「彼女が”特殊”だから、耐えられたってことなんですか」


「そうだ。あの子は……、『第二次人工強化体生成計画』における、唯一の成功例だ」








     ■■■■■







――数日後、【ガーベイジ】格納庫





「――【ニトロ】と共に今日からお世話になります、シノ・アーウィンと申します。以後よろしくお願いします」


「よろしく、お嬢さん。連れ込んできた機体の調整を頼む。何かあったら手を貸すから、他のやつに声かけてくれ」


「了解です」



 気前のいい笑顔を向けてくれたロイに対し、シノも笑顔で応える。手元のタブレットPCを収納ポケットにしまった彼女はすぐそばにある【ニトロ】へと目をやった。

 何事もなかったかのように、白亜の機体はそこに佇んでいる。その姿を見据え様々な思いを胸中で巡らせるシノに、声がかけられた。



「シノさん」


「ターニャ伍長。お疲れ様です。機体の確認ですか?」


「それもありますが、今一度少し話をしたいと思いまして」



 シノの下にやってきたのはターニャ。油や金属の臭気漂う格納庫に似つかわしくない容姿は、多くの作業員の目を引いていた。



「単刀直入に聞きます。左遷ですか」


「うっ。ま、まあ、そうと言えますね」



 一切の躊躇いなく言い放たれた質問に、シノは苦笑い気味に答える。そのやり取りから多少の気まずさを察知した作業員たちは、見て見ぬふりをするのだった。



「でも、ここに来る以外の選択肢はありませんでした。私は、この【ニトロ】を仕上げるために来たんです」


「不採用となり、予備パーツもろとも持ち込まれたこの機体をですか」


「はい。問題なく乗れるようにしますので、安心してください」


「ここ第2独立兵装試験隊の環境はこれまであなたがいた環境とは大きな差があります。それでもやりきれると?」


「やり切ります。決意しましたし、覚悟もあります」


「……そうですか。心配は無用ということが確認できて、良かったです」



 テストパイロットを務め、今後を後押しした身としてシノを案じていたターニャ。しかし、眼前にいるシノは落ち込むどころか力強ささえ感じられた。

 


「引き続き、【ニトロ】には私が搭乗します。改めて、よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」



 ターニャが差し出してきた右手に応えシノは握手を交わす。色白なターニャの手は、少々ひんやりとしていた。

 真っ直ぐな信頼を向けてくれたターニャの姿にシノはアルフレッドの姿が重なって見えていた。

 二度と事故が起きぬよう、細心の注意を払う。それだけでなく、【ニトロ】を既存機やこれ以降に配備されるどの【TMA】を凌駕する機体にしてみせる。

 決意を新たにするシノに見えていたアルの姿は、彼方へと消えていく。残ったのは、握手を交わしたままこちらをしっかりと見据えるターニャだけだった。

 決して優秀とはいいがたいが開発に対する熱意ならば人一倍大きい彼女は、胸中にて亡き親友に告げるのだった。



(頑張るよ、アル。あなたが信じてくれた私と【ニトロ】をターニャ伍長と一緒に誰もが認める【TMA】にするからね)

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