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百年戦争異聞録 ―没落貴族と十人の英雄―  作者: 乱坂 螢音
盗賊の街
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第30話 巨人

「なんだこいつ、トロルか!?」

「ビアーだ!アトラスの化身、ビアー!」


 両者が姿を見せると、場内は一気にヒートアップする。ビアーを知らぬものはその大きさに驚き、知るものはその力に期待を寄せる。


 対してトキに対して寄せられるのは同情と憐憫、そしての怒りの声だった。確かに、トキの背丈は普通のエウロペ人たちにとっては小さく、その体つきも決して屈強とは言えない。傍から見れば、勝負は既に決まったと思って当然だった。


 それに加え、罪状が国領への略奪行為である。誰もトキの肩を持とうとする人間がいないのも、当然のことと言えよう。


 しかし、幾人かが推薦人として出てきたルーネに気づく。国定魔術師が後ろ盾となっているならば、もしかしたら本当に無罪なのかも知れないと思うものもいた。


 ルーネの視界の先にはナタニエルがいた。その表情まではわからないが、どうせ勝利を確信しているのだろう。


 様々なざわめきが渦巻く中、トキとビアーが所定の位置につく。

 そこに立ってみれば、改めて相手の大きさを知る。軽く10フィートはあろうかという長身、筋骨隆々とした体躯、殺意と凶暴性に満ちた目。どれをとっても、確かに神話時代の巨人の末裔と言われるのも納得がいった。


 だが、トキが恐れ慄くことはなかった。殺意の圧だけなら、エレンのそれの方がよほど重かったし、何より、いままでで一番体の調子がいいのが自分でも分かっていた。今なら、たとえ誰が相手でも負ける気はしなかった。


 正午を報せる鐘が鳴った。いよいよ、決闘の時が来る。

 執行人が、宣言を述べる。


「では両者位置につけ。勝者には祝福を、敗者には地獄を。神は正しき者をお選びになるだろう。それでは、初めよ!」


 数多の観衆の歓声とともに、決闘が始まる。先に動いたのは、ビアーだった。

 その丸太のような長腕が、ただ力任せに叩きつけられる。地面が割れ、砂埃が舞った。


 決して遅くはないその叩きつけも、リーチ、スピード共に刀の振り下ろしには遥かに劣る。特にスピードの面にあって、腕という武器は剛体ではない。しなりが発生するゆえに、切っ先であるこぶしの届く速度は、トキの想像していたものよりははるかに遅いものだった。


 振り下ろしを軽くよけると、その腕を全霊で蹴り上げる。当然、というべきか、鈍く、しかし小気味よい音がした。


 トキが戦う前に唯一危惧していたことがある。それは、体の構造が人間と彼らで違うのではないかということだった。その場合、自分ではもはや勝ち目はないだろう。

 だが、実際どうだろう、こうして臂骨があることも、それが十分に折れうることもわかった。それだけで十分だった。


 ビアーも異常に気付いた。握った手が、開かれていた。再び握ろうとするも、指が固まって動かすことができない。それは、巨人にとって、初めての経験だった。


 だが、まだ観客からは、初撃を避けただけのようにしか見えない。ビアー優勢の見方は変わらない。だが、キャシーやエレン、それに一部の観客だけが、そこになにか違和感を感じていた。


 次のアッパーカットも、最小限の動きで避けて見せる。だが、その動きは、あまりにも最小限過ぎる。この動きでキャシーにもエレンにも、違和感の理由が分かった。


「なぁ、キャシー」

「ええ、”動く前に避けてる”」


 次の裏拳の横薙ぎ、そしてそこからの左ローキックもぴたりと範囲外に移動して避ける。人間の武闘家のそれと変わらぬコンビネーションを、それを上回る速度で打ち込むビアーの攻撃も、トキには届かない。

 その動きを見ながら、キャシーがついに気づいた。トキはしばしば、目を瞑って動いている。


「まさか……あれをうまく使ってるのかしら?」

「あれってなんだ?」

「石よ。長くなるから詳しくは言わないけど、彼の持つ石の力は、目を閉じている間マナを視界で捉えるもの。多分それで、筋の動きとかを予想してるんじゃないかしら」


 それはエレンには初耳だった。なるほど、その力が本当なのだとしたら十二分に戦えるというのも納得はいく。だが、それに一抹の不安を覚えたのもまた、事実だった。


 一方、巨人が小さく後方へ巻足を動かすのをマナの動きで察すると、トキは次の動作を知る。が、これにはトキも一瞬戸惑った。


 同じ力量の人間同士であるならば、下段蹴りへの対処は決して難しくはない。足を少し上げて脛でカットしてやればいい。もしくは、体幹への攻撃でそれを逸らすのも有効である。

 しかしどうだろう、相手はこの巨人である。カットしようにも受ければ骨まで砕かれるだろうし、体幹への攻撃が十分に効くとは思えなかった。


 トキが目を開ける。放たれた蹴りに右腕を添わせ、蹴りの威力を外へとそらしながら、そのまま懐へと走りこむ。

 エレンが、ようやく笑みをみせた。これを、待っていたのだから。


 懐へと入り込んだトキが迷わず選択したのは、金的であった。

 金的の最大の効果は、その痛みである。童児の軽い戯れでさえ絶大な威力を誇るそれを、トキが渾身の力で振り上げた拳によって食らわせる。


 これが最大の誤算だった。巨人はそれを全く意に介さなかったのだ。体の内側に入って来たトキへと、渾身の横殴りを見舞う。間一髪でそれを避けるも、すさまじい風圧だけで体が吹き飛んだ。だが、まだ戦うには十分な体力が残っている。


 トキの戦いぶりに、観客も徐々に認識を改めつつあった。小さい者らしく、良く逃げるものだと嘲笑する者もまだいるが、少しずつ、トキへの声援も増えてきつつあった。


 そしてビアーもトロルほど頭が悪いわけではないが、この状況には少しばかりの混乱が見られた。自分の攻撃がここまで当たらないとは思わなかった。

 当たりさえすれば一撃で死ぬ、普通の人間どもと変わらぬはずが、その一撃が当たらない。その苛立ちは、確実に蓄積していく。


 しかし、トキもまた、一つ不思議でならないことがあった。最初に臂骨を折った時も、金的を見舞った時も、あの巨人は怯まずに次の攻撃を行ってきた。そこに関しては、人間という種族との違いがあった。

 だが、確実にダメージは与えられているのだ。後は、相手が無理をして来る瞬間を待ち続ければいい。


 ビアーの次の正拳も、トキはやはり正確に避ける。そしてその右腕が伸び切った瞬間を捉えた。手首を折るくらいの力は十分にある。こと単純な力だけでいえば、ルーネの仲間たちの中でエレンに次ぐくらいはあるのだから。


 ビアーの右腕に何か衝撃が走った。気づけば、手首から先が動かない。両手が使えないのは初めての経験だった。怒りにも似た感情がビアーを支配する。ついに、巨人が咆哮を上げた。


 目を瞑ったトキの視野には、ビアーの持つマナの循環量が増えたのが分かった。さて、次は何が来るのだろうか。だがどうあっても、動かそうとする場所にマナは移動するのだ。動きを読めないわけはない。


 だが次の瞬間トキの眼前に広がったのは、あまりにも膨大なマナの奔流だった。気づけば体が空を舞う。

 歓声が、闘技場を埋め尽くした。


明日も1話、投稿させていただきます。もしよろしければ、ご高覧いただければ幸いに存じます。

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