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百年戦争異聞録 ―没落貴族と十人の英雄―  作者: 乱坂 螢音
盗賊の街
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第31話 決着

「……トキ!」


 3人の叫び声に、ハッとして目を覚ます。気を失っていたのは、ほんの一瞬だった。どうやら、壁に叩き付けられたらしい。

 石の視界に頼りすぎていたと後悔する間もなく、巨人の蹴りが迫ってくる。何とかそれを避けるが、砕けた壁の破片が、頬を掠めて赤く染めた。


 あの攻撃は全く予想もしていないものだった。そして、その正体も未だに見当もつかなかった。

まだまだ体は動く。それだけがわかっていれば、当面は大丈夫だ。今は巨人の一撃一撃を避け続けることに専念するしかない。


 だが、先の一撃で体の各所に痛みが走っていた。十全に動かない体で致命傷は避けるものの、時折巨人の攻撃に付随する風圧や、砕けた破片などに体力を削られていく。


 しかし、トキの目には確かな闘志が再び宿っていた。自分を信じて送り出してくれたエレンに応えるためにも、そしてなにより、リュウを取り戻すためにも、ここで自分が負けるわけにはいかなかった。


 エレンも、満足げにうなずく。油断がなくなれば、そう簡単に負けはしないと信じていた。不安そうな面持ちを崩さないキャシーにも聞こえるように呟く。


「一撃で死ななかったことが幸いしたな、これで負けることはないだろう」

「……どういうこと?」

「お前さんが石のことを言ったとき、逆にヤバいんじゃないかと思ったんだ。それだけに頼って、実際に目で見ることを疎かにすれば、武術家にとって命取りになる。実際今さっき一撃もらっただろ?だが、そのおかげで目は覚めたようだぜ、これで一安心ってことさ」


 最も、どうやって試合を決めるつもりなのか、エレンには皆目見当もつかなかった。トキの膂力で、どうやって徒手でとどめを刺すのだろうか。実際、あれだけヒットアンドアウェーに長けた盗賊の頭領でも、俺にとどめを差すまでには至らなかった。トキもやはり、長い長い時間をかけてビアーを弱らせていくのだろうか。

 実際、スタミナ勝負になればトキに軍配が上がる気もしていた。どっちにしろ今は見守ることしかできないのだから、ごちゃごちゃと考えても仕方ないのだが。


 なんとか回避を続けているうちに、トキの調子が元に戻ってくる。少しずつ、余裕をもって巨人の挙動を捉えつつあった。


 ビアーの何とか使える左の手刀も、比較的余裕をもって避ける。しかし、再び関節を狙おうとするが、流石に巨人も足とのコンビネーションでそれを防ぐ。

 だが丁寧にその足をいなすと、足首を狙う。更にそれを防ごうと腕を振りかざす巨人。だが、そこまでがトキの狙いだった。


 力をいなしながらも、左の手首を捉える。それは再び鈍い音を立てて、今度こそ完全に折れた。

しかしこれもまた、巨人は意に介さず、左手を振り回して吹き飛ばしにかかる。流石にこれは避けようがなかったが、所詮は無理に振りほどいただけに過ぎず、トキも冷静に受け身をとった。


 ついに両の手を破壊されたビアーの攻撃は、基本的に腕を振り回すものか、足を使ったもの、そしてその組み合わせしかない。

 しかし、トキもまた、違和感の正体に気づき、一度距離をとる。この巨人は痛覚がないのだろう。手首を折った時も、それが動かなくなってから反応したように、随分と遅れていた。


 本来なら四肢を折り、様々な急所への攻撃で心を折って勝利を収めるつもりだったトキは、ここにきて大幅な作戦変更を余儀なくされた。しかし、トキの顔はむしろ、童心に帰ったかのように輝いていた。

 今一度回避に専念しながら、この戦闘を終わらせるための道筋を考える。それがたまらなく楽しい時間だということを、否定することは出来なかった。


 だが、観客は再びビアー優勢の見方をしていた。捉えづらい足首への攻撃を捨てて回避に専念しだしたトキに対して、罵声を浴びせるものさえもいた。


 マナを見ることによる予測と、相手の力をいなす技術があいまって、ビアーの攻撃は一切有効打になりえなかった。だが、トキが攻撃できる場所も、もう足首くらいしか残ってはいなかった。


 数撃を回避しているうちに、再びビアーが苛立ちからか、咆哮を上げる。また、例の攻撃が来るのだろうか。

 目を閉じれば、また巨人のマナの循環量が増えるのが分かった。今度こそ目を見開いて、それに対処しようとトキは思う。


 目を開けば、大きく息を吸い込む巨人の姿があった。瞬時に理解したトキは、壁へと走り出す。

 巨人の口から、風が放たれる。それは、渦を巻きながら、一直線にトキの元へと向かってきた。


 まさか魔術を使えるとは思わなかった。だが、タネが分かってしまえば、大したことはない。トキは壁を蹴り出すと、高く飛ぶ。

 眼下では闘技場の壁が音を立てて崩れるのが聞こえた。最も、闘技場の壁など破壊されるのは日常茶飯であった故、観客の誰も、それをどうとも思いはしなかった。


 勢いを殺して着地すると、巨人の苛立ちと観客のテンションが最高潮に達していた。流石にこれほどの華麗な回避を見せられては、観客も盛り上がらざるを得ない。そして、今の攻撃を見て、トキも漸く、すべきことが分かった。


 再び巨人と対峙すると、今度は眼前で両の手を広げて肩を竦める。それが挑発だと巨人が気付くまでに、それほど長い時間は必要としなかった。


 怒りに我を忘れ、滅多矢鱈と腕を、そして足を振り回す巨人。だが、そんな攻撃ほど避けやすいものはなかった。やはり、そのリーチも、スピードも、師匠の剣閃には敵うはずもなかった。

 あえてその攻撃を至近距離で避け続ける。流石の巨人もスタミナが尽きてきたのか、振り回す手足のスピードが、幾分か落ちてきた。


 トキは再び笑って見せる。だが、今度はビアーもまた、笑みで応えた。

 トロルとは違うというのは、こういうときに演技ができるか、というところにも出てきていた。巨人はやたらと手を振り回しつつも、少しずつ前進していた。そう、トキが闘技場の壁を背負うまで、巨人は追い込んでいたのだ。


 巨人が再び息を吸い込む。先ほどまでのような苛立ちからではない。今度こそ、このすばしっこい小人を仕留めることができる。ビアーの顔はその喜びに満ち溢れていた。


 あぁ、もう終わりか。トキが少し哀しそうな顔をする。


「トキ……!」


 ルーネの悲痛な叫びが、終わりの瞬間を見逃すまいと息を吞む闘技場に響いた。


 刹那、爆発音が轟く。土煙の中から、大量の血と肉片が飛び散った。


 キャシーの目から涙が落ちた。それを見て心底不思議そうにエレンが言う。


「なぜ泣くんだ?死者を悼む必要はそれほどないだろう。それとも、お前は奴と特別な関係にでもあったのか?」


 最後はからかうような口調になるエレンに、今回ばかりはキャシーも胸倉を掴んで捲し立てた。


「……ふざけるんじゃないわよ!あんたが仲間と認めなくても、トキはリュウを救おうと必死にやってたわ!負けたらそれが悪だっていうの!?そんな世界、絶対に間違ってるわ!」

「……何言ってるんだ、お前の目は節穴か?」


 そういうとキャシーの頭を掴んで闘技場の方へと向ける。

 そこには血みどろになりながら立つトキと、横たわった巨大な屍が一つあった。


「え……?じゃあ……」

「ああ、やったんだよ。あの野郎、よくもまあやってくれたもんだぜ」


 そう言ってニヤリと笑ったエレンの表情は、どこか満足気なものに見えた。


 殆どの観衆は何が起こったかわからないままだった。だが、静まり返った闘技場に、執行官の宣言が響き渡る。


「勝者、被告人の代闘士、トキ・フジシロ。神の名の下に原告の請求を棄却し、被告人は無罪とする。何者もこれに異議を唱えること能わず。以上、これにて神明裁判を終了とする!」


 トキが、拳を突き上げる。

 再び、歓声が闘技場を埋め尽くした。


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