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百年戦争異聞録 ―没落貴族と十人の英雄―  作者: 乱坂 螢音
盗賊の街
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第28話 決闘当日

少し投稿ペースが上がっていましたがまた落ちるかもしれません、ご了承願えれば幸いです。

 トキを眠りから引き戻したのは、窓から降り注ぐ日の光だった。

無意識に一つ伸びをする。そういえば痛みがないとに気づくのに、そう長いことはかからなかった。


 外はこれ以上ないほど晴れていた。街の活気が喧騒となって感じられる。決闘のせいもあるのだろう、古来よりグラディアトルの闘技会や騎士たちのトーナメントなどの観戦は市民の一つの娯楽だった。


 眠気を覚まそうと立ち上がり、軽く体を動かす。昨日の薬が思ったより効いたのか、胸以外も調子も随分と良い気がした。


 それにしても、昨日のエレンの言葉が心に刺さったまま抜けない。普通の剣士の哀しい性とはどういうことなのだろうか。プライドを酷く傷つけられた気がしたが、ただただ傷つけようとしているなら、わざわざこんな薬を譲ってまで俺を治そうとしたりはしないだろう。だが、そんなトキの思考はノックの音で遮られた。


「起きてるかい?」

「あぁ、入っていいよ」


 声の主はルーネだった。彼の正装は初めて見るが、国定魔術師の制服である濃青色のローブが、同じ色の髪色と合わさってとても似合っている気がした。


「なんか用かな?」


 椅子を勧めながら、自分はベッドへと腰掛ける。ルーネも勧められた通りに座りながら、トキの様子を伺っていたが、意を決して話し始める。


「昨日一日傭兵ギルドでも声かけしてたんだけどナタニエルの声がかかったのか誰も代闘士を引き受けてくれなかったんだ。それで、当初の予定通りエレンに声をかけたんだけど、足が悪化したっていって出ないって言うんだ。それで、無理を押してでも君に出てはもらえないかなって……」

「わかったよ、もとからそのつもりさ。それに、昨日エレンから薬をもらったんだ、おかげで体の調子も抜群にいい。誰が相手でも戦えるよ」

「エレンが薬を?……でもそれはよかった!エレンが出ないって言ったとき本当にどうしようかと思ったんだ……これでリュウを助けられる!相手が誰かもわからないのは申し訳ないけど……」


 彼は何も話してないのか。だが、話していないということは話す必要がないということなのだろう。


「あぁ、任せて。俺が、必ずリュウを取り戻す。もとより、これは俺たちが君たちに負けたところから始まったんだ、最後くらい、俺自身の手で取り戻してみせるさ」

「そういってくれると嬉しいよ。全く、エレンの奴酷いじゃないか、昨日はあんな大口たたいた癖にさ……」


 膨れっ面のルーネを見て苦笑いするトキ。確かに、余計なことを言わなすぎるのも、問題かもしれない。結局今なお、さっきの問いの答えも、まだ見つからないままだった。


「じゃあ僕はこれから高等法院に行って代闘士の手続きをしてくるよ。名前はトキ・フジシロで良かったよね?」

「あぁ、頼んだ。得物は持ち込めるんだろ?」

「もちろん、過去の決闘裁判の通りなら当然それも可能だよ」

「わかった、今のうちに手入れも済ませておくよ。時間とかが決まったらまた教えに来てくれ」


 ルーネが部屋から出ていくと、再び外の喧騒が耳に入る。だが、それすらも今はあまり気にならない。体調が優れているせいか、かつてないほどに集中力も研ぎ澄まされていた。


 刀の手入れを終えたトキは、床に座って目を瞑る。エレンの言ったことを改めて考えながらも、気を落ち着けるために彼が選択したのは、坐禅だった。


 静かに精神を集中させる。それにしてもいつぶりだろうか。こうして坐禅をしているとまだ家にいたころを思い出す。

やがて深い瞑想状態へと入っていく。それはまるで、過去に答えを求めているようでもあった。




 一方そのころ、高等法院にたどり着いたルーネは、その名前をついに見ることになる。巨人族の末裔、滅びた神の落胤。大巨人ビアーの名は、戦場に出たことのないルーネでさえも知っていた。


 トキが弱いとは全く思っていなかったルーネだが、流石に体格差に無理があると思わざるを得なかった。今からでもエレンに代闘士を改めて頼んだほうがいいんじゃないかという結論になるのに、それほどの時間はかからない。


「おぉ、相変わらずの人だかりだ。これが殆ど闘技場の場所の発表待ちってか」

「そういうことね、全く野蛮にもほどがあるわ」

「そういうなよ、俺だってトーナメントは大きな収入源なんだ。ま、最近は出禁になっちまったとこも少なくないが」


その笑い声は、ルーネが聞いたことのあるものだった。振り返れば、キャシーとエレンもまた、高等法院へと来ていたのだった。


「キャシー!エレン!」

「おぉ、ルーネじゃねぇか。高等法院になんか用事か?」

「馬鹿ね、代闘士の申請でしょ?それで、トキの了承は得られたの?」

「ちょうどその話がしたかったんだ。エレン、今からでも代闘士を引き受けてくれ、頼むよ」

「言ったろ?足の調子が悪いんだよ、この状態じゃちとキツいなぁ」


 しかし言葉とは裏腹に、その顔にはどこか余裕が見える。それもまた、ルーネには気に食わなかった。


「相手が相手なんだ、トキじゃ無理だよ!いいかい、相手はあの……」

「ビアー。”ル・アトラース”ビアーだろ?」

「……相手が分かってるならなおさら、なんで君が出ない!トキにあいつの相手は……」

「おっと、それ以上は禁句だ。お前は、あいつを侮りすぎている。ソレイユの剣士ってのはな、お前の思ってるより遥かに厄介な連中だぜ。いいから申請して来いよ、俺はさっさと試合が見たいんだ」


 そういって楽しそうに笑うエレン。しかし、今回ばかりはルーネも引き下がらなかった。


「ダメだよ、相手は人間じゃない。いかにトキの剣が優れているからといっても、あれ相手にどうにかなるとは思えない!」

「そいつがどうにかなっちまうのが連中なのさ。だいたい、なんでそこまでこの試合に勝ちたい?負けたところで失うものはないんだぜ」

「……どういうことだい?」

「文字通りさ。ここでリュウが、トキが殺されたところで、俺たちの旅には大した問題もないだろう。むしろ、一つの街から盗賊を排除した英雄くらいにしか思われんさ」

「……本気で言ってるのか?」


 今なお笑みを崩さないエレン。それがルーネには不気味で仕方がなかった。


「さあな。だが一つだけ言っておいてやる。トキは負けんよ。力だけ勝った連中が幾人も決闘で死んでいくのを俺は見ている。その俺が言うんだ、あいつは負けんよ。わかったらさっさと申請して来い、こういう暑い日は麦酒なしではやってられん、お前らの分も持ってきてやろう」


 そういうと一人で去っていくエレン。ルーネとキャシーの引き留める声もむなしく、人ごみに紛れていく。怒りにも似た感情を抑えながら、ルーネは平静を装ってキャシーに話しかける。


「……彼はああ言ってるけど、キャシーはどう思う?」

「うーん、どうかしら……でも、さっき会った時から、ちょっと様子が変なのよね。本調子じゃないのは確かなんじゃないかしら」

「いよいよ困ったな、そりゃあれが相手じゃ誰も傭兵ギルドで代闘士になってくれないわけだ……」

「そうね……それにしてもビアーが相手かぁ、それはキツいわね。私も前に戦場であったことがあるけど、正真正銘の化け物よ。何本矢が刺さったところで気にもとめない異常なタフネスと、大木のような棍棒で城壁さえ破壊する攻城兵器だわ」


 頭を抱えるルーネ。せめてエレンがきちんと報告・連絡・相談してくれさえすれば、昨日からもっと対策を考えたというのに。だが、そうしている間にも、刻一刻と代闘士申請の締め切り時間は近づいてくる。

 すると、今度は、トキがこちらに来るのが見えた。


「お疲れ様、場所は決まった?」

「そのことについてなんだけど、君を出すわけにはいかなくなった……相手は人間じゃない、君には……」

「おっと、それは失礼じゃないか。知ってるさ、相手が巨人さんなんだろ?」

「君も知ってるのかい?」

「あぁ、君に言わなかったってことは、エレンが余計なことは喋るなってことかとおもってね。昨日薬を渡されたときに彼から教えられたよ」


 それを聞いて、ルーネはなんだか非常に裏切られた気分になった。なぜ僕には伝えてくれなかった、僕じゃ何もできないって思ってるのだろうか。だが、同時に、実際に何もできない自分にもまた、腹が立って仕方がなかった。

 そうこうしているうちに、エレンが帰ってくる。両手に麦酒を湛えた樽を持って、随分と上機嫌だった。


「お、トキじゃねぇか。体調はどうだ?」

「おかげさまでね。あれは間違いなく凄い薬だ、どこから手に入れたんだい?」

「秘密さ、それより約束は守れよ?その薬だって安いもんじゃないんだぜ」


 ニヤッと笑ったエレンに、トキも笑みで返す。


「当然、仁と義にかけては師匠もうるさかったからね。任せて、必ずリュウは連れ戻す」


 抱えていた頭を掻き毟って、ルーネが立ち上がる。その目には怒りと諦めが混じっていた。


「わかったよ。トキ、君の名前で申請を出してくる。みんなも宿で待ってて、場所はそこで教えるから」

「おう、行ってこい行ってこい。麦酒はいるか?」

「いらないよ!」


 そういうと肩を少し怒らせながらスタスタと歩いて行ってしまうルーネ。エレンも、小さくため息をついて、口角を上げた。


「そいじゃ一旦帰りますかね。人が多くて敵わねえ。お前らも麦酒、いるか?」

「ん、じゃあ私は貰おうかしら。トキはやめておくでしょ?」

「お、そうなのか?」

「馬鹿ね、これから試合なのに酒なんか飲めるわけないでしょ」

「そうか?俺なら飲んでから行くが」

「はは、それは君だけだ。俺はやめておくよ、もう一回精神統一したいしね」


 そんな会話をしながら楽しげに宿への道を辿る三人。しかし、最悪の報せが彼らを待ち受けてることを、誰も知らないのだった。


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