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百年戦争異聞録 ―没落貴族と十人の英雄―  作者: 乱坂 螢音
盗賊の街
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第27話 必要だったものは

誤字報告感謝いたします。気づいたこと等ありましたら、今後ともお知らせ願います。

 空もすっかり綺麗なオレンジ色に染まり、商人たちも段々と帰り支度を初めていた頃。結局酒場にいたエレンが、こんなところに来てる場合じゃないとが思ったのは、既に7杯目の葡萄酒を呑み終えてからのことだった。

 急いで勘定を済ますと、宿に帰り、トキの部屋へと向かう。


「トキ、いるか?」


 ノックから少し遅れて、扉越しに返事がある。


「あぁ、エレンか、どうした?」

「ちょっとした相談さ、入るぜ」


 返事も聞かないまま入ると、刀を拭くトキの姿があった。その刀身は見たこともないような美しい緋色で、多くの得物を見てきたエレンの目さえも惹きつける。


「素晴らしい刃だな、手入れしながらでいいぜ」

「……そうだね。でも君の剣だって相当じゃないか?」

「いや、あれは握ってみれば分かるが、相当な鈍だ。ただ重くて丈夫なのがとりえさ」

「そうなのか、それは意外だな。珍しい黒鉄の剣だろうから、てっきり切れ味も凄いのかと思ってた」

「ありゃぶっ刺せるメイスみたいなもんだ。言ったろ、俺は剣はあんまり得意じゃないんだ」

「はは、むしろその方が怖いかもしれないね。君の力で振るわれるメイスなら鎧を着てたって致命傷だろう。それで、僕になにか用かい?」


先ほど買った小瓶を静かにテーブルに置く。トキも手を止めて、それをまじまじと見るが、傍目にはそれが何なのか全くわからなかった。


「さて、質問と、悪い話と、いい話、どれから聞きたい」

「唐突だな……それじゃ、悪い話から聞こうか」

「わかった、いいだろう。ではまず悪い話から。さっき酒場で聞いてたんだが、多分明日の決闘裁判の相手が決まった」

「そうか、それが悪い話?」

「そうだ。なんせ相手が相手だ、俺でさえ些か分が悪い」

「君がそこまで言うなんて、いったいどんなやつなんだ?」


 エレンが一呼吸置く。流石に、言うのを躊躇っていると見えた。

 トキも、静かに答えを待つ。しかし、逆に彼がここまでいう相手というのは楽しみでさえあった。彼も武人であり、強い相手を見るのは、否応なしに心が昂ってしまう。


「聞いて驚くな、ティーターンの末裔だ。それも、相当血が濃い、な」

「待って、なんでティーターンだってわかるんだ?」

「"ル・アトラース"ビアー。聞いたことないか?」

「……すまん、俺はそういう情報には疎くてな」

「構わんよ。奴さんはその体躯だけで語りつくされる、兵器みたいなやつだ。10フィートを超えるその体躯は見ただけで敵に恐怖をもたらすってな、高い金出してでも挙っていろんな場所で雇われてる、有名な傭兵の一人さ」

「10フィート……トロルやオグルみたいなものか」

「あぁ、だが奴らみたいに頭がポンコツなわけじゃない。腐っても神に連なと噂される一族の末裔さ」


 本当に10フィートもあるのだとすれば、それは確かにトロルかオグル、ティーターンか、もしくはエヴィルくらいしかいないだろう。

 オグルやトロルは知能の低さ故に人間が打ち勝つことも難しくはないが、ティーターンは遥か昔に実在したことが分かっているとはいえそもそもが神話上の存在である。それがどのような戦闘力を誇るのか、トキには分からなかったが、とてつもないのだろうと、エレンの口ぶりから察する。


「君でも膂力勝負になったら勝てないと思う?」

「論外だ」


 余りの即答ぶりに笑いそうにさえなる。むしろ、そこまでいう相手なら、自分の実力がどこまで通じるか、戦ってさえみたくなる。だが、リュウの命がかかった闘いに、今の自分が相応しくないことなど、よくわかっていた。


「そうか……とりあえず、悪い知らせはわかった。じゃあ次は質問をお願いしようかな」

「よし、では質問だ。お前がもし万全の体調なら、奴に対してどのように戦う?」


 なるほど、アドバイスを求めているのか、素直に聞けばいいのにと思わないでもない。だが、折角真面目に聞いているのだし、こちらも真面目に考えてやるとしよう。

 多分、彼は自分よりも膂力の勝る相手と戦ったことがそれほどないのだろう。そうでなければ、このような形でアドバイスを求めることもあるまい。であれば、俺が答えてやるべきは、小さきものとして大いなるものといかに戦うか、というところだろうか。


 トキはその膂力こそ十二分にあったが、背丈はそれほどでもない。東洋の顔立ちが示す、かの人種はエウロペーの人間に比べて身体能力では劣ることが多かった。そのためか、剣術や精霊術が独自の進化を遂げた過去を持っている。


「……まず、獲るべきは足だ。膂力で敵わないのであれば、それを補うのは速さか技術しかない」


 最も、俺の習った剣術では最後に勝負を決めるのは一念を貫き通すことだという。しかし、それが何の役に立つのか、当時も今もわからなかった。


「高い壁も、足元を削られれば、むしろ簡単に崩れるものさ。崩れてしまえば後は外から一撃ずつ加えていけばいい。足のない者はどんなに膂力が高くてもそれは案山子に過ぎないよ」

「……流石によくわかっているな。ちなみに、それは先の戦闘でお前さんのとこの首領が俺に対してやったやり方だ。だが、もしお前が相手だったなら、同じ戦法は食らわなかっただろうな」

「……どうしてだい?」

「奴は何らかの手段で俺の後ろに直接現れ続けた。だが、お前は切りつける、もしくは突きを見舞うとなれば直線的に動かざるを得ない。それが普通の剣士の哀しい性だ」

「何が言いたい?」

「さて、なんだろうな。じゃ、最後にいい知らせを聞かせてやろう」


 先ほどまで指で玩んでいた例の小瓶を再びテーブルに置く。


「こいつはとある霊薬だが、出所については確かじゃない。だが、俺はそれを十分に信頼している。さて、この粉は飲めば1日もしないうちにあらゆる傷を癒すという。だが、その痛みは想像を絶するそうな。で、いい知らせってのは、これをお前にやるってことさ」

「つまり……」

「だが条件がある。単純だよ、絶対に勝て。それができないなら、今までの話は全てなかったことにしろ。こいつは俺が使って足を治す。そんでもって明日奴をぶっ殺してリュウを取り戻してやるよ」


 呆れた自信だが、何故だろうか、何処か彼はやってのけるのはないかという気がした。そう思わせるだけの覇気が、その言葉にはあった。まるで昼間の殺気のように、それは確かな力を持って、トキには感じられたのだ。

 だが、それを打ち消すように、言葉を乱暴に投げつける。それが、その圧からの逃避なのか、武人としての対抗心なのかは、本人のみが知ることだった。

 むしろ、本人さえもどちらなのかはわからないかもしれない。それに、どっちだって良かったのだ。彼にとって最も大事なのは、自分の手でリュウを救えるチャンスが目の前に降ってきたということなのだから。それを見す見す逃すのは、彼の心が許さなかった。


「そいつをよこせよ、ただ飲みさえすればいいんだな?」

「あぁ、だが自分で言っておいてなんだが、本当に効果があるかは知らんぞ」

「構うものか」


 差し出された小瓶をひったくるように受け取ると、栓を抜いて一気に粉末を流し込む。


「なんだ、何ともないじゃないか……ッ!?」


 瞬時、激痛が胸を襲う。叫びだしそうになるのを、必死に抑え込んで、その場にうずくまるトキ。それを見て満足そうに、だがどこか寂しそうに、エレンが笑う。


「お前の勝ちだな。さ、明日を楽しみにしているぜ。と、叫ばれてもあれだ、猿轡でも咬ませといてやろうか?」

「黙ってろ……俺が……この程度で……」

「思った通りのタフさだぜ、やっぱり俺が見込んだ通りだ。じゃあな、また明日会おう」


 笑いながら手を上げて部屋を出ていくエレンの背中を、血走った目でねめつけながらもトキは立ち上がる。辛うじてベッドに身を投げ出すと、呼吸を落ち着けようとするが、痛みがそれを許さない。その痛みと格闘してるうちに、いつしか意識を失う。深い深い眠りが彼を閉じ込めて守ってくれるかのように、身動き一つとることなくその夜が過ぎていくのだった。



 自室に戻ったエレンが、オードヴィーをグラスに注ぎ、ベッドでそれを傾ける。月明りが静かに照らす街並みを見ながら、その心はどこか別にあるようだった。


「さて、どういったものか。奴はなんて言うんだろうな。ま、でも関係ないか。俺は俺だ」


 静かに呟く彼の頬を夜風が優しく撫でる。それの運んできたリラの匂いに包まれながら、彼もまた微睡みの中へと落ちていった。

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