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百年戦争異聞録 ―没落貴族と十人の英雄―  作者: 乱坂 螢音
盗賊の街
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第25話 繋がる糸

 さて、果たして今日も、中央広場ではアールヴの行商人が露天を開いていた。

 しかし、その表情をみるに相変わらずの売れ行きのようだった。


「今日も売れずじまいかぁ……全く何よこの街は、これでもカンパネの大市が開かれる場所なのかしら。流石にもう次の街に行こっかなぁ」


 愚痴をこぼしながら荷物をまとめるアールヴ。全てを包み終えていよいよ立ち上がろうとしたとき、遠くから人間が自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 人間なんかに名前を教えた覚えがあったかしら、と考えていると、再び、今度ははっきりと、その声が自分の名前を呼んだ。


「ウェンピツカ!やっぱりウェンピツカじゃないか!」


 その男を見てようやく思い出した。以前、私が一悶着あった、エレンという男だった。


「お久しぶり。あれから腕の調子はどう?」

「あぁ、お陰さまでなんとかなってるよ。それより、あのときは部下が世話になった。ろくな礼もできずにすまなかった」

「ううん、もう終わったことじゃない。むしろ私のせいで大変なことになったんだもの、あのくらいはお安いご用よ」


 そうか、彼の言ったことは本当だったのかと、ウェンピツカと呼ばれたアールヴの少女はほっとした。




 あれは以前訪れたある街でのこと。大きな戦いが近くであったその街に、彼は腕が半分抉れた状態で部下に付き添われ訪れた。その甲冑と部下の数から身分の高そうな騎士だと目星をつけたウェンピツカは、彼に声をかけた。


「お兄さん、腕をやられたの?」


 アールヴの行商の珍しさにか、はたまた彼女の美しさにか、彼は足を止めた。


「そうだが、治療薬でも売ろうってのか?並みのものならいらんぞ」

「私がそんなもの売るわけないじゃない、私が扱うのはアールヴの里からの純正品。そのぶん、値は張るわよ」

「御託はいい、ものを見せろ」


 痛みからかぶっきらぼうに言い放つ男に少しムッとしつつも、逆に言えばある程度の値段は払うという意思を感じ、気を取り直す。


「わかったわ。品物はこれ、アールヴにだけ伝わる治療薬『スランジの井戸水』。あぁ、名前は井戸水だけど実際井戸から組んだわけじゃないわ、そう伝わる湧き水があるだけよ。一滴垂らせば効果が分かるわ。腕を出しなさい、10分程で効果が出るわ。今なら200リーヴルでいいわよ」


 眉を顰めながらも、腕を出すエレン。200リーヴルとは、ずいぶん吹っ掛けてきたものだと思うが、今はまず彼女の言うことを聞いてみようという気になった。

 そうして彼女は骨と肉が見えるその傷口にその粘度のある液体を一滴だけ垂らす。本来なら、痛みと出血が止まると共に、筋の硬直を和らげてくれる。しかも、遅効的には悪化を防ぎ、患部の再生を促す、最高級の治療薬である。

 尤も、腕がまた動くようになるかは別の問題だ、そこまで抉られた筋が回復するとは思えなかったが、それを喋る馬鹿はいない。


 しかし、その瞬間、腕を猛烈な力ではたかれる。そしてその薬もまた、地面へと落ちて割れてしまった。

 何をする、と言おうとした彼女の目に入ったのは、患部を押さえ込んで鬼のような形相で痛みに耐える男の姿だった。

 部下と思しき一人がそれに気づき、こちらに剣を向ける。しかし、男がもう片方の無事な腕で、それを制した。

 そのせいか、傷口がよく見える。その筋は、次第に溶けだしていっているように見えた。


「そんな……嘘だ……」


 あの透き通った透明さ、そしてその粘度は間違いなく『スランジの井戸水』だと思っていた。まさか、別の薬品と入れ替わっていたとでもいうのか。筋を溶かすような劇薬を扱っていた覚えはなかったが、もはや彼女の動揺は、それどころではなかった。

 だがテスターとして一滴垂らしただけだったのが幸いした。痛みに顔を歪めながらも、部下の一人に包帯をキツく巻かせて腕を固定しつつ、彼女に静かに言った。


「こんなものは1ヶ月も放っておけば治ることは治るんだ。気にするな、お前の目を見りゃ悪意がないのはわかる。次からもっとまともなものを人には売ってやれ」


 そういって立ち去ろうとした彼を呼び止めて、涙目になりながらも彼女はもう一度チャンスをくれと叫ぶ。


「私の持つ商品ならなんでも渡す、代金も要らないから汚名を返上させて!『スランジの井戸水』は替えがないからあなたの傷を治してあげることはできないけど、他にも色々、アールヴしかもっていないものがここにはあるから!」


 彼女の、商人として意地だった。彼も、その真剣な眼差しを見て、一つ注文をだすことにした。

 彼が求めたのは、再び治療薬だった。しかし自分が使うためでなく、今度は毒矢に貫かれた部下の解毒薬を欲した。


「解毒薬ね、毒の系統はわからないわよね……いえ、任せて!一番の解毒薬を持ってくるから少し待ってなさい!」


 そういって彼女は何処かに駆けていく。


「……尾行しますか?」

「いや、いい。どちらにせよこの街の医者ではダメだという代物だ。痙攣がでなければ、とりあえず次の街に運んでやる時間ができる。あとは体力が持つかどうかだろう」


 エレンの視線の先にいる、2人の男に抱えられたその男は、今にも切れそうな弱々しい呼吸を気合いでこなしていた。四肢に力が入らないのか、ほとんど引きずられているようなものだった。

 静かに彼のもとまで足を伸ばし、語りかける。


「……ウェルナー、すまねぇな。俺が盾になってやれれば、こんな思いをさせることはなかった」


 ウェルナーと呼ばれた若い従士は、ほとんど固まった頬の筋肉を少しだけつり上げて無理に笑う。途切れ途切れに喋るその姿は、なんとも痛々しい


「やめてくださいよ……俺は……貴方のお陰で……」

「いい、いいんだ。もう、喋るな。次の街の医者へ行こう。そこでもダメならその更に次の医者を探そう。お前が諦めちゃダメだ、最後まで生きるんだよ」

「隊長は……優し……!!」


 突如、その男の四肢が痙攣を起こす。ついにか、とエレンが肩を落としたとき、アールヴの少女が向こうから息を切らせながら走ってきた。


「……間に合ったのね!」


 エレンは静かに首を横に振り、目で引き付けを起こしている男のほうをみやる。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 その騎士をみて、彼女は嬉しそうに再び言う。


「だから間に合ったじゃない!行くわよ!」


 困惑するエレンを横目に、彼女は男に刺さった矢の一本を抜き去ると、代わりに細い薬瓶を傷口に突き刺す。

 15秒ほどの間、誰もが口を噤んで見守る。次第に、痙攣は小さくなっていく。呼吸も、どうやら少しずつ安定してきたらしい。


「やったわ、成功ね!」


 彼女のその一言で、騎士達が大いに湧いた。あそこから、仲間が救われるとは思わなかった。みな口々に彼女を称え、彼と仲の良かったものなどは涙を流していた。

 死には慣れているつもりだった。例え彼がこのまま死んでも、きっと彼らはその翌日には兵士として十全に戦えるのだろう。

 だが、それでも。生の重みはいつだって変わることはないのだ。


「俺からも、最大の感謝を貴女に捧げる。俺たちの仲間を救ってくれて、ありがとう。俺は王立騎士団第十二部隊部隊長、エレン・ハーレスだ。もしよければ名を聞かせて欲しい」

「あー、うん、まぁいいか。ウェンピツカ。ミュゼル・ウェンピツカよ」

「良い名前だ、今日貴女に会えたことを感謝する」


 膝をつき、彼女の手の甲にキスをするエレン。アールヴの少女も、顔を赤らめながらも、まんざらでもなさそうな様子だった。


「あそこからよく蘇生できたな、やはり神薬といわれる種類のものか?礼はいくらでもする、額を言ってくれ」


 騎士達も口々に、金ならある、金は出すと騒ぐ。その道通りがもはや祭りのような様相だった。


「お金は要らないわ、あれはそもそも売り物じゃないの。私のミスであなたを傷つけちゃったでしょ、そのお詫びよ」

「そうはいえ、それはしのびない。あれはどんな解毒薬なんだ?」

「……正確には解毒薬じゃないわ。蘇生薬といったほうがいい代物ね。外用薬の『スランジの井戸水』に対して、内用薬の『アルミドの涙』。どんな瘴気による病気も、毒による異常も治療する、それこそ神が作ったかのような薬。私に何かあったときにって母が渡してくれたのよ」

「そんな貴重なものを……すまない、この借りはどうやって返せばいい?」

「だから借りなんてやめてってば。私は貴方の腕を溶かしたのよ?想像を絶する痛みでしょうに、我慢強いのね。……そんなことより、そろそろ手を放してくださらない?……少し恥ずかしいわ」


 すまない、と苦笑いしながら手を放して立ち上がるエレン。周りの部下達にも冷やかされ、バツが悪そうにしているが、こちらもまんざらでもないようだった。


「ま、今度また会うことがあったら、なんか買っていってくれればそれでいいわ。今回のことはお互い不幸だったわ、忘れましょ」

「そうか?俺は幸運だったよ、部下も救えたし、こんな美人と知り合えたからな。それに、腕の一本、千切れたわけでもないならそのうちもとに戻るさ」

「うっさいわね、それにそんな馬鹿な話あるわけないでしょ、ドラゴンじゃあるまいし」

「団長は嘘をついてませんぜ、この人の治癒能力はバケモンですわ」


 その声の主は、先ほど矢毒で倒れていたエレンの部下だった。呼吸も取り戻し、手足の硬直も完全になくなっていた。


「ウェルナー!もうどこも悪くないのか?」

「ええ、ご心配をお掛けしました。ですが、むしろ普段より調子がずっといい、このままもう一戦闘こなせそうなくらいですぜ」

「そうか、この方が非常に貴重な薬を譲ってくださったんだ。それに金も要らないと」

「……聖女様かなにかで?よくみれば大変美しい……」

「馬鹿ばっか言ってもう……今日は店仕舞いよ、また縁があったら会いましょ」


 そういって素早く荷支度をするとその場を立ち去ろうとするウェンピツカ。だが、エレンから何かを投げて寄越された。


「ドヴェルグとも交易してるなら、そいつを売るといい。なにやら珍しい金属らしいぜ、連中なら高く買い取ってくれるんじゃないか?」


 それは、掌サイズの黒い金属片だった。ただ、美しい光沢があり、なによりサイズの割りに非常に重かった。たしかに、なにか珍しい素材なのは、間違いがなさそうだった。


「わかったわ、これで今回のお代はチャラね!それじゃまた会いましょう!」


 手を振って去っていくウェンピツカを見ながら、エレンは抉られた腕を少し持ち上げる。その傷口は、既に新しい肉を少しずつだが形成しているように見えた。



「あれ以来か、懐かしい。……と、そうだ、今回は買い物があってきたんだ」

「お、約束覚えていてくれたのね。さ、何を買っていってくれる?」

「……『スランジの井戸水』。もしくは、骨折を治せるものがあれば、それでも」


 それを聞いて、ウェンピツカは微笑む。次に貴方に会ったときのために、一通りのものは揃えておいたのだ。

 精一杯の笑顔で売り文句を言う。その姿は、太陽よりも、美しく輝いて見えた。


「私が扱うのはアールヴの里の純正品。そのぶん、値は張るわよ!」



30話前後で、第一部の区切りになりそうです。なんとかそこまでは走り抜けますので、応援よろしくお願いします。

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