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百年戦争異聞録 ―没落貴族と十人の英雄―  作者: 乱坂 螢音
盗賊の街
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第23話 神明裁判

 その日は未明から降り続く雨のせいか、暗く澱んだ雰囲気の日だった。街の商人たちも多くが露店を引き上げて、家で家族との時間を過ごしていた。

 数人の露店商達が、屋根付きの荷台を持ち出して物を売ってはいたが、客足は芳しくなかった。そんな中、高等法院前に立てられた看板に幾人かが気付く。それは、実に50年ぶりの特殊裁判が行われるお触れであった。


「ナタニエル殿、お待ちいたしておりました。……そのお二人が護衛ですか?」


 ナタニエルを迎えるキャシーとルーネ。更に、少しばかり変装をしたトキも一緒に行動している。11の刻、確かにナタニエルは2人の供を連れて宿を訪れた。しかしそのうち1人は、護衛というには随分と小柄な印象を受けた。


「いえ、執行官の方とその護衛ですよ」

「……執行官?今日は聴取の予定では?」

「えぇ、気が変わりました。盗賊相手に聴取など、確かにあなた方のいう通り無駄なことかもしれません。ですので、"主"に聞いてみることにしたのです」


 そういうとナタニエルは一歩引いて、執行官と紹介された者を促す。彼は一歩前に出ると静かに、しかし力強く、手に持った羊皮紙を読み上げた。


「被告人名、省略。罪状、国領に対する略奪。裁判法は神明裁判、実法は決闘、実施日は浄月五日とする。聖暦一◯九七年浄月四日。以上だ。それでは被告人を拘束させてもらう、案内せよ」

「ちょ、ちょっと待ってください!急に何事ですか!?」


 瞬時にルーネはトキとキャシーに目配せをすると、時間稼ぎに走る。

 あまりにも情報量が多すぎた。最初に驚いたのは、その声の主が女性であることだった。女性の執行人など聞いたことがないし、賤民とはいえ女性がなる職業でもない。罪人に暴れられたらどうするつもりなのだろう。

 次に、神明裁判。よりによって、決闘裁判である。50年前に行われた決闘に付す事件でその有効性が疑われて以来、今に至るまで行われてこなかったこの裁判法をなぜ今になって使うのか。

 最後に、被告人の拘束。まさか、かの高等法院が不当に被告人を殺害したりはしないだろうが、拷問の可能性は否定しきれないどころか非常に高い。尤も、神明裁判を選択した以上はそういうことも少ないとは思うが、はて。


「これは高等法院の正式な決定だ。故に疑義を申し立てることは許されない。即刻、被告人の身柄を引き渡すよう忠告する。さもなければ、貴殿も裁かねばならなくなる」


 時間稼ぎすら満足にできず、キャシーの方を向くと、彼女も無言で頷いた。高等法院の権限は王命に等しい。事実、法命に逆らい死刑となった例はいくらでもあるのだ。

 トキの奥歯を噛む音が微かだが聞こえる。しかし流石のトキも、どうすることもできなかった。せめて体が万全であったなら、執行官も護衛も切り伏せて、リュウを連れて逃亡することもできたろうが、この怪我ではそれも厳しいだろう。何より、多くの仲間達を見殺しにすることになる。それだけは、避けねばならない。


「……わかりました、こちらへ」


 言われるがままに部屋へと案内せざるを得ないルーネ達。キャシーも次の一手を考えてはいるが、今一つ有効なものを考え付くには至らなかった。

 部屋の扉の前まで来ても、ルーネもキャシーも終ぞ思い付けなかった。このままでは、シナリオが崩れてしまう。


「ここか?」

「……ええ。手枷足枷は私の魔術で行っています、同行しなければ外すことはできないでしょう」

「いや、結構。魔術であることがわかっているなら、それでよい。と、同行するなとは言わない、その権利は逮捕者である貴殿らにもある」


 ルーネには何を言っているのかさっぱりわからなかった。ルーネだけでなく、その場の誰もが、執行官の言葉の意味を測りかねた。


「ではこれより被告人の拘束及び連行を行う」


 執行官はそう言って扉を開けると、堂々とした足取りでリュウのもとまで歩み寄る。リュウが口を開こうとした瞬間、酷く冷たい何かが喉に突っ込まれる感覚があった。


「……!!?」


 突然の仕打ちに叫ぼうとするがそれは声無き声となる。何故か喉から声が出てこない。トキの身代わりとしている盗賊の一人もまた、全く同じ状況のようだった。

 執行官は慣れた様子で手足を確認すると、感嘆して呟く。


「なるほど、魔術による枷か。これは非常に良くできている、術式を知りたいくらいだな」


 そう言いながらもぶつぶつと何かを呟きながら手足を確認する。しばらくのち、口を止めると指先をリュウの頭に押しあて静かに、しかし素早く何かを唱えた。


 途端、その場に崩れ落ちるリュウ。真っ先に反応したのはトキだったが、キャシーとルーネがそれを止める。その間に、執行官がもう一人も同じように昏倒させる。


「……何をなさったんです。ことによっては貴女を高等法院の審判員としてではなく、被告人として召喚することになりますが」


 ナタニエルのとき同様精一杯凄んでみるルーネだが、執行官は平然とした態度を崩さない。


「眠らせただけだ、脈もあれば呼吸もある。私は仮にも高等法院の執行官だ、被告を罪状が決まる前に殺すほど未熟ではない」


 ルーネが確かめてみれば、確かに脈も呼吸もある。だが、だとしたら、それは未知の魔法であった。人を昏倒させる魔術など聞いたことがない。


「この枷は外させてもらう、運び辛いのでな」


 そうして彼女が一言二言唱えつつ手枷足枷を指でなぞると、弾けるようにそれが消え去る。ルーネの疑惑は確信に変わった。これは魔術ではない。魔術でこの枷を破壊するためには、膨大な魔力で術式の限界を越えるか、術式そのものを解析、破壊するしかない。ルーネはこの魔術にはそれだけの自信があった。

 精霊術か、呪術か。結界術の線もなくはないか……だが、それがわかったところで何にもならない。今、この状況をひっくり返すことはできないのだから。


「では被告人の身柄はこちらで預かる。明日の10の刻までに代闘士の申請がない場合、被告人が決闘士となる……が、貴殿らには関係のないことだな、それでは失礼する」


 そういうと護衛に指示し、リュウ達を担がせ、ナタニエル共々、その場を去っていく。ルーネ達は、それを呆然と見つめるしかなかった。


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