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百年戦争異聞録 ―没落貴族と十人の英雄―  作者: 乱坂 螢音
盗賊の街
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第22話 契約

「なるほど、ならオレたちはこのままここにいればいいのか」


 正午を3刻程回った頃、ルーネとキャシーは再びリュウとトキを交えて作戦会議を行っていた。ナタニエルの動きを受け、こちらも作戦を変更することに決めたからである。


「うん、そうだね。もう術式は解除してあるけど、一応縛られたふりをしていてほしい。キャシーの精霊から、彼が傭兵ギルドへ使いを走らせたのがわかってる。奴は君たちを傭兵に殺させるつもりのようだから、そこを伯爵が助けつつ、"神の平和法"への違反を追及する形になるかな」

「いいねいいね、奴が殺しに来たらフェーデってことで高等法院案件にしちまえばいいってわけだ」

「よく知ってるね、そういうこと。どうだろうか?」

「いいと思うぜ。確かに、オレたちが民衆の前で口を開く前にどうしても消えてもらわなきゃ、奴さんは困るわけだからな。殺しに来るってのは間違いないと思う。トキもそれでいいか?」


 あぁ、とトキも頷く。今の問題は、どうやってナタニエルをその気にさせ、なおかつどうやって完璧なタイミングで伯爵による介入を行うかだった。

 そういえば、と思い立ってキャシーがトキに話しかける。


「そういえばあんた、そのペンダントの石と会話はしたの?」


 一瞬の空白。当然のことだろう、普通石と喋るなど、狂人でもなければ言い出さないことである。トキは、苦笑しながら言葉を吐き出す。


「……何を言ってるんだ?気でもおかしくなったか?」

「ふざけないで、こっちは大真面目よ。ということは、あんた本当に何も知らないのね」

「知らないも何も、意味が分からない。これはただの魔導具ではないのか?」

「そうよ、何なら、私たちにもその実態はわからないわ。でも、今わかってることくらいは共有してあげる。何より、あんたが仲間になるっていうなら、ちゃんとその力を使いこなしてもらわなきゃいけないしね。少しペンダント、借りるわよ」


 キャシーがトキからペンダントを受け取り、ルーネに目配せすると、ルーネはサファイアを取り出す。少しマナを通してやると、サファイアが反応した。


「やぁ、どうしたのかね」

「お仲間が見つかったかもしれないって話だったでしょ?よかったら確かめてくれないかな」


 リュウもトキも心底驚いた。掌にも満たない小さな宝石が、確かに人の言葉を喋ったのである。しかも、彼ら自身のもつ蓄音機のようなものではない、会話としての言葉を喋ったのだから、尚更であった。


「……驚いたな。まさかそんな魔導具が存在したとは」

「僕たちだって一緒だよ。始めはエヴィルの罠とか、東洋の呪法とか、そういったヤバいものなんじゃないかとも思ったものだけどさ」


 そう言いながらルーネはサファイアに言われるとおりに、ペンダントの宝石に多量のマナを流し込むよう、トキに伝える。トキがその作業に入ると、やがて美しい緑の光と共に、宝石が声を発した。が、ルーネたちの誰も、その言語が分からなかった。


「セルト語のガリア方言だよ、トルマリン。ここではセルトの言葉で話せ」

「……ふむ、セルト語か、理解した。して、何用か」

「仕事の時間だ、道具として主に再び使われる時が来たのだよ」

「折角の微睡みを邪魔されたのは癪に障るが、目覚めは悪くない。良しとしようか。で、我を起こしたのは誰ぞ……いや、言わずともわかる、か。我を手に取れ」


 一瞬躊躇ったトキだったが、意を決してトルマリンと呼ばれたそれを手に取る。その瞬間、頭を鋭い痛みが走り、石を手放してしまう。


「おっ……と!危ないじゃん、気を付けなよ」


 間一髪、地面にそれが落ちる一瞬前にリュウが飛びついてキャッチする。


「すまない、今一瞬、酷く頭が痛んでね」

「大丈夫か?気を付けてくれよ」


 そういうとリュウはトルマリンをトキに投げてよこす。再びそれを掴んだ時、トキの頭にやはり鋭い痛みが走った。だが、今回は端から分かっていたうえでの痛み、我慢できないほどではない。

 少し痛みに耐えていると、やがて目を閉じているにも関わらず、脳裏にここにいる数人のシルエットが浮かび出す。それだけではない、階上階下、街中の数多の気配、さらには自分やルーネの手元にある石や、ルーネの身に付けている装飾具、キャシーの腰にあるよくわからない塊、床に残ったリュウの足跡。そういったものが、なぜか直接見えるかのように感じられた。


「これは……」

「……契約は成立だ。お主の名は?」

「トキ。トキ・フジシロ。今の映像はあなたが見せたものか?」

「良い名だ、主よ。そして質問は是だ。我は、"力"を見る、我自身の視界を主と同期することができる。契約前に我に力を流していたのも主であろう?あのときにも、似た景色を見たはずだ」


 なるほど、とトキは納得した。しかし、その精度は段違いのものだった。あのときは付近の人のような気配を感じることができただけだが、今ではこの距離ならその輪郭までわかる上、それの持つマナの量までも、なんとなくわかることができる。


「さて、これで一つ解決ね。これからは仲間としてビシビシ働いてもらうわよ」


 心底楽しそうに笑うキャシー。ルーネにはそれが少し眩しく思えた。


「お手柔らかに頼むぜ。まぁ無事にこの街を出られたら、多少は働いてみせるさ」

「いい返事ね。あとは明日の配置とか考えましょうか。最悪、相手が退かなかった場合の戦闘も考えなきゃいけないわ」

「戦闘ならあの剣士を連れてくりゃいいじゃねぇか。なんだよあの化け物、人間とは思えない体してやがったぞ。強化魔術の達人か何かか?」

「……彼は戦闘可能なレベルには戻ってない。むしろ、1日で立って歩けるだけ、君の言うとおり化け物なのかもしれない」


 ふと思い出したが、ルーネは彼が魔術を使うところは見たことがなかった。もし本当に強化魔術であの強靭な膂力を得ているのだとしたら、実は相当な使い手なのかもしれない。強化魔術は魔術学の中でも異端、自らの身体の構成をより強靭なものへと書き換えるものであり、バランスが悪ければ体の各所にそれがダメージを与える上、少しの術式のミスが欠損や、悪ければ死につながるからである。


「だけど今君が気にすることじゃない。君たちの罪を問う気はもう僕らにはないさ。街の商人たちに今まで奪ってきた財を返すつもりはあるんだろ?」

「あぁ、尤も使っちまった分は返せないが……幸い戦争中であんたらは義勇兵だ、イリアスの連中からたんまり奪わせてもらうさ、そいつを返済に充てるよ」

「ふふ、程々にね。そういうわけで彼は参加できない。伯爵ひとりというのも相手が多人数で来たときが怖い」

「……ならオレにいい案があるぜ。ナタニエルに顔が割れてるのはオレだけだ、トキの代わりを誰かうちの連中から立てればいい。トキを護衛に回せば、なんとかなるだろう。部屋に入れるのは精々5人程度だ、それならトキと伯爵さんで十分戦えるだろ?」

「悪くないわね。トキ、あんたはそれでいける?」

「……室内戦なら、耐えるくらいならいける。長時間の戦闘は流石に息が持つかどうか……」

「どこか痛めてるの?」

「肋を何本か、ね。剣士さんに蹴られたときにやられたんだ」

「重症じゃない!ダメよ、あんたにはリュウがいないときの統率を任せるつもりなんだから、さっさと治してからにしなさい……というよりも、本当に肋数本で済んだの?」

「あぁ、それ以外は大丈夫だ。だから、ここで戦闘になるなら、参加する。オレにできるのは戦いしかないからな」

「ダメだって言ってるでしょ。あいつの蹴りを受けて生きてるのが奇跡みたいなものよ、走ってる馬でさえ素手で殴って止めるような奴なのよ?」


 二人は絶句した。それは本当に人間なのだろうか。ドヴェルグやオルグの血が混じっていると言われても納得する。

 そんな中、ルーネが覚悟を決めたように言葉を発する。


「……いいよ、わかった。僕がナタニエルの案内をする。そしてそのまま部屋に入り込もう。大丈夫、相手を止めるくらいなら僕にもできる」

「……いいのね?」

「あぁ、守る戦いは嫌いじゃないさ」


 こうして大まかな作戦が決まった。詳細な段取りを少し話して、この会合はお開きとなる。

 だが、翌日この作戦は根底から崩れることになる。それは、およそ50年もの間用いられることのなかった裁判法を、ナタニエルが持ち出したからである。


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