第19話 霧中
いつもお読みくださり、ありがとうございます。校正が終わったので投稿してみることにしました。
小会議を終え、ルーネたちはそれぞれの部屋に戻って休息を取っていた。ルーネが一人でお茶を淹れながら寛いでいると、部屋の戸を叩くものがいた。
「はい、どちらさまですか?」
「宿の支配人にございます。先ほどナタニエル様の使いの者がお見えになりまして、言伝を受けたまっておりますが、お時間よろしいでしょうか?」
確かにそれは宿の主人の声だったが、ルーネは少しばかり首を傾げた。今さらあのナタニエルとかいう男からなんの用があると云うのだろう。よくやったとでも褒賞するつもりなのだろうか。リュウの話を聞いたあとではそんな生易しいことをするとは考えられない。まさか、その場で暗殺でもするつもりなのだろうか。だが、それほど奴が強心臓だとも思えなかった。
「……なんでしょうか、今お聞きしますよ」
「どうも直接会って少しお話をなさりたいとのことでした。時間のある時で構わない故、と」
ふむ、つまりは人に言伝できないような何かを話したい、もしくは内容などどうでもよくて呼びつけること自体に意味がある、ということか。
「わかりました、感謝します」
「いえいえ、それではごゆっくりお過ごしくださいませ、義勇兵団長様」
一瞬また休もうかと思ったルーネだったが、ふと最後の一言に引っ掛かりを覚えた。確かに彼は『義勇兵団長』と、自分に言った。それをこの街で口に出したのはナタニエルに対してだけである。無論、この宿屋の主人が知っているはずはないのだ。
さて、困ったことになった。現状を整理しようにも考えることが多すぎる……そう思った矢先、再び戸を叩く音がした。
「ルーネ、いるか?ちと耳に入れておきたいことがあるんだが」
それは紛れもなくエレンの声だった。戸を開けてみれば、確かにエレンがいたが、なぜか後ろにキャシーの姿も見える。それほど深刻そうな顔ではないのには少しホッとした。
二人を招き入れると、再びお茶を淹れつつ二人に話を続けるように促す。が、エレンはここでいいと言って壁に身を預けたままでいた。
「それで、二人してどうしたのさ?なにかあったのかい?」
「ああ、足の違和感も無くなったからキャシーに買い物に付き合ってもらってたんだが、どうやら俺たちのことを義勇兵団だと知っているらしい。不思議に思って確認してみたらよ、王の伝令が義勇兵団についてのお触れを出して行ったとのことだ。結局あの箱から出た声の主が言う、この国が既に王陛下のものではないっていうのは嘘なのか?」
それにはルーネも驚いた。王の伝令は近衛兵が行うものであり、それは王の命令でしかなされない。例え、この国の最高軍事司令官であるブルゴーニュ公でさえ、近衛兵を動かすことは不可能である。
つまり王直々に、義勇兵団の設立を支援するということなのだ。益々一層、あの声の主の言ったことと矛盾する。
逆に、宿の主人が我々が義勇兵団であることを知っていたのはこれで納得がいく。つまり、彼は少なくとも確定的にナタニエル側の人間、というわけではないということだ。
「……僕にもまだよくわからない。正直、何が正しいのか、何が間違っているのか、すぐにわかるとは思えないんだ」
ルーネはそこで一度言葉を区切る。黙って続きを促すエレン。
「だけど、もしこの任務を放棄したところで、どこに逃げるんだ?イリアスに下るか、それともネアポリス王国にでも逃げるか?命の保障もない、幽閉されるだけならいいが拷問されるかもしれない。仮にも王の勅命で動いているんだ、どこにイリアスの間者がいるかもわからない。こんな状況で、どこに逃げるって言うんだよ。だったら、やるしかないじゃないか。もしかしたら、その中で何かを知ることが出来るかもしれないし」
その言葉を紡ぐルーネは、随分とネガティブな様子に見えた。もし逃げられるものなら、逃げてしまいたいと云うかのように。前線ではないとはいえ、急に戦争に駆り出され、こうして初めて命の取り合いをして、ルーネの心には恐怖が確かに棲みついていた。
理由こそ違えど、キャシーにもよくわかることだった。自分をこの状況に追い込んだ元凶である男爵を捕まえてしまった以上、この旅の目的は半分以上終わったようなものだった。あとはアクイタニア伯からの許しが出れば、私はすぐにでも弓兵隊へと戻れるだろう。
例え王がもはやこの国の主でなく、その実権がないとしても、国が続く限りは戦争は続くのだろう。そして、そうなれば、弓兵としての輝かしい未来がそこには待っている。
戦い自体は嫌いではないのだ。いや、戦いが、というよりは他者の下で自らの力を認められ、仕えていられるというのが、何よりも彼女にとっては嬉しかった。
彼女は女である。この時世において、女であるというのは大きなハンディキャップを背負っていた。普通の家ならば幼少期から跡継ぎであることを期待されず、教育もろくに受けることなく、家業の手伝いをしながら、男性に見初められるのを待つのみである。
しかし幸いにして、キャシーは一人娘であり、更には両親ともに文官であった故に、跡継ぎというものにそれほど執着もなく、十分な教育を受けさせてくれた。更に、親が趣味として教えてくれたイリアスの縦弓術に類まれなる才能を持っていたことも、彼女の人生に大きな影響を与えた。
誰でも扱えるほど簡便で威力の高い弩が中心の現代において、長い鍛錬と強大な膂力、そして生まれ持った才能を必要とし、それを専門とするイリアスのヨーマンたちなど限られた人々しか満足に扱えない縦弓術は、ガエリアでは主戦力になりえなかった。だが、イリアスのそれは、かのポーティアの敗戦、そしてトラスタマラ王国でのナハラの戦いでも、ガエリアの敗戦の原因となる大きな戦力であった。
数年前、イリアスからの亡命者によって、兵学校にて試験的に導入を検討された縦弓兵の育成に真っ先に応募したのはキャシーであった。強靭な膂力を必要とする縦弓術を女が希望するということ自体があり得ないことであり、嘲笑の対象でもあった。しかし、見事にキャシーは試験を通過した。確かに膂力の関係上首席とはいかなかったが、それでも上位の成績であり、そして受験者、合格者で唯一の女性であった。
学校内ではよからぬ噂の対象になることは日常茶飯であったが、実力を以て頭角を表し、実戦では、両親から受け継いだ「風の矢毒」で膂力を補うことで、かのアルテミス勲章を受けるに至ったのである。当然、これは女性初の快挙であった。
あの心躍るような日々への渇望は、男爵の追手から逃げ、王城へかくまわれたその日から募りに募っていた。だから、この任務が終わり、弓兵隊に戻れる日を、彼女は待ち望んでいるのである。
各々が思慮に耽り、しばらく続いた静寂。壁にもたれ、目を閉じて微動だにしなかったエレンが、静かにその目と口を開いた。
「この旅を終わらせて、責務から逃げるのは決して難しいことじゃない」
深緑の眼が日を受けてキラリと光る。だが、その視線は冷たく、突き刺さるように二人を捉えていた。
「お前たちが亡き者になってしまえば、ことは簡単に済む」
次話は少し遅れるかもしれません、申し訳ございません。




