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百年戦争異聞録 ―没落貴族と十人の英雄―  作者: 乱坂 螢音
盗賊の街
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第20話 行商人の少女

長らくお待たせ致しました、連載を再開致します。

 耳を疑った。脳が、エレンから発せられたその言葉を理解しようとはしなかった。

 だが、エレンは続く言葉を持たず、じっと2人を見つめていた。瞬時、ルーネはキャシーの前に飛び出し、盾の魔法陣を刻んだ左腕を構える。

 正直、エレンと本気で相対すれば、無事ではすまない。というよりも、手傷一つ負わせられれば良い方だろう。そのくらい、ルーネの知るエレンという男は強大な戦闘力を誇っていた。


 キャシーもハッとするが、そもそも縦弓は室内戦闘では役に立たない。護身用のナイフはあるが、エレンにそんなものが通じるとは思えなかった。


「ん、なにしてんだ?まぁいいか、この責務から逃げ出すなら、お前たちを亡き者とするのが手っ取り早いだろうが」


 そう言ってエレンはその鋭い視線をルーネへと向ける。ルーネにはわからなかったが、戦場を経験しているキャシーは、不思議なことにエレンから殺意を感じとることができなかった。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!私は逃げたくなんかないわ!私はあのクソ男爵さえ突き出せば、きっと弓兵隊に戻れるのよ!」


 キャシーは少し時間を稼ぐことにする。エレンの真意が見えない以上、少しでも時間を稼いで対処する術を練るのが得策だと考える。

 少し目を瞑って黙り込んだエレン。だが、次の言葉をキャシーもルーネも瞬時に理解することはできなかった。


「ほう、そうか。それはこちらとしても助かるな、先の戦場に女の死体はなかったから用意するのは大変だったんだ」


 キャシーを一瞥すると、エレンは再びルーネへと目線を戻す。キャシーにはそれが、獲物を狩るときに獣が見せる、相手の能力を見極めるような眼差しに見えた。

 だがキャシーはふと、エレンの発言がおかしいことに気づいた。女の死体を用意するとはどういうことだろう。私がもし逃げることを選択していたら、女の死体を用意する必要があったということか?


「ねぇ、エレン。なぜ私を殺すのに、女の死体が必要なの?」


 エレンは心底不思議そうに首を傾げた。その目は、確かに戸惑いが宿っていた。


「殺す……?だが、せめて死体の一部でもなけりゃ、死んだと認めてはもらえまい。行方不明ってことにしてもいいが、それならそれで状況を考えにゃならん。それなら、俺が殺したことにして、お前らを国外へ逃がす方が早いだろ?」


 あぁ、そういうことか。キャシーには全て合点がいった。


 貴族の私設騎士団から抜けるには、死を迎えるか、それを所有する貴族の命がなければならない。逆に、望まぬ理由で騎士団に入れられた者や、何らかの理由で騎士団を抜けたいと思った者がいたなら、答えは簡単だ。社会的に死んだことにすれば良いのだ。戦場では多くの死体が手に入り、なおかつその一部が欠損していようが、誰も怪しむことはない。


「わかったわ、社会的にその人を殺して、偽の遺体を用意する。それで当人は死んだ人間として外の世界で生きていくってことね?」

「それ以外になにがある?まさか、本当にお前たちの命を奪うとでも思っていたのか?」


 ようやくルーネにも事情が飲み込めたようだった。それとともに、緊張の糸が切れたのか、その場にへたりこんでしまう。その額からは、滝のような汗が流れていた。




「全く酷いよ、エレンのやつ。本気で死を覚悟したじゃないか」


 あれからまた半刻後に、ルーネはキャシーをつれてナタニエルの元へと向かっていた。


「あれはさすがに私もビックリしたわ。でも結局あんたもこの役目は続けるのね」


 結局、ルーネがエレンの提案を飲むことはなかった。父の名誉を穢されたままでいるのは許せなかったし、なにより理由は自分でもわからなかったが、この任務の先に大事なものがある気がしたからだった。


「それにしてもあんな酷い戦いのあとなのに、みんな元気ね。流石はシャンパーニュ随一の大都市ってところかしら?」

「そうだね、やっぱり商人ってすごいや」


 そんな話をしながら歩けば、何人かがこちらへと手を振ってくれ、さらに幾人かは握手を求めてくる。自らの助けた命を実感するこの瞬間が、ルーネには誇らしいものに思えた。

 ギルドの前まで来ると、昨日はなかった喧騒が聞こえる。目を向けてみれば、そこに人だかりができていた。


「なにかしらあれ?」

「さっき買い物行ったときはいなかったのかい?」

「うん、さっきはそもそも西の食品街に行ったのよ、中央は通ってないわ」

「なんだろうね、ちょっと見てみるか」


 正直、その喧騒自体に興味はそれほどなかった。だが、ルーネもキャシーも、ナタニエルという会いたくもない相手に会うのを少しでも遅らせたいのはどうやら一緒らしかった。



 そこでは、なにやら露店らしきものが行われていた。精々10人程が露店商を囲んでいる程度で、特段不思議なことはなかった。だが、その露店商を見た2人は、言葉を失った。


「さぁ、次の商品行くわ。いい加減冷やかしてないで、誰かひとつくらいは買っていってよね!」


 そう朗らかに叫ぶその露店商は、この上なく美しい、妙齢のアールヴの女性だった。今では見ることの少ない、古代グライコイのキトンと呼ばれる白く美しい服を身に纏い、そのスタイルも高いレベルで均整が取れていた。そしてその声さえもまた、小鳥の囀りのように美しい。


 森の民アールヴ。古くは信仰の対象でもあった彼らは、変わらず深い森の中に棲み暮らす亜人の種族の1つとして一般には知られている。長寿かつ精霊術に長け、器用さでその右に出るものはない、この世界でも相当高位の存在である。


 ルーネのみならず、キャシーまでも見とれてしまうような美しさだったが、彼女が商品の説明をしだすと、その態度と値段にまたも驚き言葉を失うことになる。


「次の商品は真銀のネックレス!アールヴの里からの純正品、マナの吸収率も云われ通りの逸品よ!お値段なんとたったの160リーヴルから!さぁ、買った買った!」


 その姿見とは違い、彼女の仕草や態度はその辺の商人の娘と変わらないものであった。

 また、160リーヴル、それはちょっとした文官の3ヶ月分の給与に相当した。日雇いの労働者ともなれば、一日の給料が1リーヴル前後が相場な位である。当然、そのような大金をどこから来たかもわからないような小娘に支払う人はいなかった。


 確かにそれが真銀、それもアールヴの装飾が施されたものなれば、160リーヴルでも安いのは確かである。だが、それを確かめる術はない。最もドヴェルグの工匠たちなら、手に取ればわかるのかもしれないが。

 流石にルーネもキャシーも、ここで本物の真銀のネックレスを売っているということには懐疑的だった。


「160リーヴルは凄いわね、そりゃいままで誰も何も買わないわけね」

「うん、本物ならまだしも、こんなところでそんなものを売ってるわけもないしなぁ」


 その会話が聞こえたのか、アールヴの耳がピクリと動く。キッとこちらを睨むと、つかつかとこちらへと歩いてくる。


「あんた、本物の真銀なんて見たことあるの?適当なこと言わないでよ」


 その剣幕は、エレンと相対したあとでは子供のそれに等しいようなものである。

 魔が差した、とでもいうべきか。さっきまでの鬱憤を晴らすかのように、ルーネは少しこのアールヴをからかってやろうと思い立つのだった。


「国定魔術師に対して愚問だね。真銀なら今もつけているよ」


 そう言ってチラリと胸章を見やる。普段着とはいえ、あの胸章は身分を証明するものであり、常に身に付けておくことが義務付けられていた。

 しかし、それを見たアールヴの少女は更に表情を険しくする。怒りからか頬は微かに赤みが差し、白い肌との対比がまた美しかった。


「あんた、国定魔術師だったのね。あのダサいローブは今日は来てこなかったの?……ま、いいわ。今日は店仕舞い。また縁があったら会いましょ」


 その態度と裏腹な、思いの外淡白な言葉に拍子抜けしてしまうルーネ。そうしている間にも、少女は荷を纏めて箱に収納していた。どうやらそれほど大きいものは取り扱わないらしく、彼女の体格でも十分に運べるサイズの箱に収まっていた。

 そのまま彼女はこちらを見向きもせずに、すたすたと歩いて東部郊外の森のある方へと行ってしまう。ルーネがはっとしてそれを追ったときには、不思議とその姿形は霧のように消え失せていた。


また2週に一度ほどのペースで投稿していきます、今後ともよろしくお願いします。

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