第15話 精霊
大変遅くなりまして申し訳ございません。少々展開を変えたために推敲が遅れてしまいました。今後も遅筆故に大変ご迷惑をお掛け致しますが、よろしければ御拝読いただければ幸いに存じます。
時を今に戻して。キャシーはあることを試そうとしていた。
元々殆どの人間は魔導具を扱える程度にはマナの余裕がある。しかしながら、所詮はその程度である。魔術の使用に耐えられるほど多大なマナを持つ人間はそれほど多くなく、血によってその量も決まる傾向にある。その一部の人間が魔術師となり、他にも精霊術師や、魔導具の作成を行う魔導技師などになる。マナの絶対量が魔術を扱えるかの肝であり、ごく一部の、エレメントの扱いに非常に優れるといった例外を除き、マナの絶対量が魔術師としての力であった。
キャシーのマナは常人よりは多いと幼少期の試験で分かっていたが、それでも一般人の域を超えるものではなかった。だが、今はこの石が、マナを自分に与えてくれる。で、あれば。昔使おうとして使えなかった、魔術というものを試してみる価値はある。そうキャシーは思ったのだった。
しかし、ここで大きな誤算があった。それは、キャシーが魔術というものに対して非常に大きな誤解をしていたことであった。幼少期からルーネを間近で見ていたせいもあり、魔術というものはそれほど難しいものではないと思ってしまっていたのだ。現にルーネは親の教えもあって、齢6つを数えるころには簡単な水魔術は使えていた。20年弱も昔のルーネに出来たことが私にできないはずがない。その思い込みこそが、キャシーにとって最大の誤算となった。
ふらふらと立ち上がったリュウが再び攻撃態勢に入る。キャシーはそれを見て、ありったけのマナを地面へと流し込んだ。
当然、それは不発に終わる。リュウの一撃が、キャシーの脇腹を掠めていく。決して深手ではなかったが、その刃はキャシーの白い肌に血の花を咲かせた。
「何してるんだ!」
ルーネが叫びながら盗賊へと牽制の氷塊を飛ばすと同時に、キャシーの傷口を凍らせて血を止める。緊急的な処置であり、非常に痛みを伴うが、致し方あるまいとの考えだった。これでも、魔術師学校で習う負傷の対処のうち、治癒魔術に次いでまともなものであった。あとはと言えば、火魔術師が傷口を焼き固めたり、風魔術師が傷口を空気の膜で包んでおくくらいのことしかできないと言われていた。土魔術に至っては、こういった負傷に対してなすすべがない。
キャシーはむくれる暇もなく、痛みに耐えつつルーネに向かって叫んだ。
「ルーネ!魔術が出ないの!なんで!」
「バカ!マナ流したくらいで魔術は使えないよ!いいからさっさと……」
そこまで言いかけてルーネは目を疑った。
目の前に小さな女の子が立っていた。その小さな体には不格好な大きさの、茶色をした祭服のようなものを着て、頭にはくたびれた三角帽子を被ったその子は、静かにキャシーの方へ歩いていく。その様はどこか神々しささえ覚える。
そのあまりの不思議さに見とれてしまっていたルーネだったが、状況の異常さに気付く。年端もいかない少女が、こんな戦場にいるわけがない。何かがおかしい、そう思ってキャシーに警告しようとした矢先に、再びリュウがキャシーに襲い掛かる。しかしまたもや、吹き飛んだのはリュウだった。
「がっ……!?」
口から血を吐いて倒れるリュウ。キャシーの姿は、降って湧いたかのような石柱によって守られていた。そしてルーネが見たのは、右手をキャシーに向かって翳していた、その少女だった。
「無事……」
その少女が口を開く。その声もまた、この世のものとは思えないほど透き通った、静かでどこか安心するような、不思議な声だった。
キャシーは驚きよりも、好奇心が勝った。その場から逃げるのではなく、その神秘的な雰囲気を纏った少女に声をかける。
「あなたは……?」
「私はノーメ。あなたが大地にマナを流し、私を起こした」
「ノーメって……四大精霊のノーム!?」
「ノームは男。私は女だからノーメ。ヒトはその違いがわからない?」
「い、いや、わかるけど!なにがなんだか私にはさっぱり……」
きょとんとした様でキャシーを見つめるノーメ。近くで見ると、その姿はやはり不思議な印象をもたらす。綺麗、というよりは可愛らしいといった言葉がよく似合う顔立ちだが、その目は澄んだ眼差しで、何もかもを見透かされているような気分になる。ぶかぶかの服も、くたびれた帽子も、少女には不思議なほど良く似合っていた。
キャシーが次の言葉を発しようとしたとき、それを遮るようにノーメが警告する。
「ここはおかしい。マナが吸い取られる。私の力が、失われる」
「マナが足りないなら……!」
そういってノーメにマナを流そうとしたキャシーだったが、何故かマナの奔流はノーメに流れてはいかない。
「無駄。私は今は自由意思で動く身、マナは自前のものだけしか使えない」
「じゃぁどうすれば!!」
苛立たしげにキャシーが怒鳴る。満身創痍とはいえ、いつ盗賊が再び目の前に現れるかわからない。その恐怖感が、必要以上にキャシーを憔悴させる。最も、そうして相手を恐怖と混乱に叩き落し、心理的有利を作り出すのもまた、リュウの得意とする戦術であった。それを意に介さず、変わらぬ調子でノーメは告げる。
「私と盟約を。あなたと、私を、二つで、一つに。私と、あなたのマナを、大地へと」
「なんでもいいわ!早く!」
「物事には手順がある。守らなければ、報いを受けるのはあなた」
叫ぼうとしたキャシーだが、瞬時にその周りに氷のドームが形成される。
「話は聞いたよ!君は契約をするんだ!ここは僕が戦う!」
ルーネがキャシーに叫ぶ。サファイアにマナを流しながら、有り余る水のエレメントを用いて魔術を同時展開する。キャシーにドームを張りつつも、自らの周囲に氷の盾を浮き上がらせる。ルーネもなた、ノーメの言うとおり、不思議とマナが吸い取られるような奇妙な感覚を覚えたが、それを頭の隅に追いやって、魔術の構築に専念する。
敵がどのように攻撃してきているかは正直キャシーにもルーネにもわかってはいなかった。だが、確かに、その攻撃方法は手に持った短剣で切りつけることだけであり、であれば、近づけさえしなければ攻撃を受ける心配はない。
しかし、それは無駄な行動に終わる。なんと次に現れたその盗賊は、瞬間的に目の前に現れるでもなく、よろけながらも歩いてルーネのもとへと向かってきたのだった。ルーネは当然警戒し、そして牽制の氷柱をその盗賊の足元に撃ちこむ。しかし、盗賊はそれを避けようともせずに一歩足を踏み出し、思いもよらない言葉をルーネにかけた。
「おい……お前がリーダーだろ……オレの顔に……見覚えがあんだろ……?」
その言葉に意味が分からず困惑するルーネ。しかし、一瞬のうちに深い恐怖と共にその記憶を蘇らせた。
「お前は……!」
さっとその場から飛び退き、ありったけのマナを用いて大量の氷柱を生成する。
しかし相も変わらず、その盗賊は倒れそうな足取りで近づきながら、話しかけてくる。
「おいおい、こっちにはもう交戦の意思はねぇ。このとおりさ」
そういって両手の短剣を投げ捨てる。少し驚いたルーネだったが、その表情と警戒を崩すことはない。
「止まれ、さもなくば撃つぞ!」
「おいおい、だから言ってるだろ、もうやりあうつもりはねぇ。あの化け物、軒並みオレの魔素を持っていきやがった」
「化け物……?」
「お前さんのとこの妙な気の剣士さ。ありゃなにもんだ?……まぁいい、今はそんな話がしたいんじゃない。お前さんに頼みがある」
立ち止まり、そこに腰を下ろすと話し始めるリュウ。ルーネは術式を解かないままだが、無言にて話を続けるように促す。
「お、ようやく話を聞いてくれる気になったか。話は単純、ここの代官、ナタニエルを引きずり落とすのに協力してくれ」
「どういうことだ?」
「話せば長くなるが、端的に言うと、奴はオレたちを使って今の地位と財を成した。そしてその矢先に、たちを裏切ったってわけだ。奴は表向きは街思いのいい代官として振る舞っちゃいるが、実態はオレたちに街を襲わせ、その対策を効果的に行うふりをしてたのさ。そしてそれを評価されて代官へとのし上がった。だが、この街のトップについた瞬間、オレたちを本当の敵として認定、全力をかけて潰しに来やがった。雇われた傭兵共々ボコボコにしてやって、奴の蓄えた財を以てベネルクスにでも逃げてやろうってつもりだったんだが、お前さんたちのせいでそれもパーだ。仲間も何人死んだかわかりゃしねぇ」
悔しそうに歯ぎしりをしながらも、あくまで交渉だと自分にいい聞かせ、努めて明るくルーネに接するリュウ。しかしながら、その心のうちは悼みと哀しみに溢れていた。
そしてそれは、ルーネにも決して共感できないことではなかった。自分の幼いころから共に接してきた、接してくれた領民が次々に死んでいくのは、彼にとっては耐えられないことであったし、きっと彼もそうなのだろうと思えたのだった。
「ま、今更お前さんたちを責めたりはしないさ。所詮オレたちは盗賊、いつ殺されてもおかしくはない生活をしてるのは確かだからな。それでも、こんな生き方しか出来ない連中なんだ。そして、それでもオレの大切な仲間たちだったんだ」
その言葉の後半は嗚咽交じりの声に変わっていった。これがルーネを騙すための演技だとしたらきっと彼は役者になった方がいいに違いない。
「そいつらのためにも、あのナタニエルって野郎だけは許せない。頼む、奴の悪行を白日の元に晒し、無念を晴らしてくれ。都合のいい話なのかもしれないが……これは手付金だ、受け取れよ」
そう言ってリュウはルーネに美しい布で織られた巾着を投げ渡す。
「これは……お前……!」
それは、ルーネが後生大事に持っていた巾着だった。先の男爵との戦闘の際に、リュウがルーネから盗んでいたものだ。
珍しく怒りを顔に出すルーネ。それだけ、この巾着が大事なものだったからだ。しかし、リュウはあくまで気にせず、話を続ける。
「そう怒るなよ、ちゃんと中身には手をつけてねぇって。それより、オレを奴のもとまで早く連れてってくれよ、あんまし時間がねぇんだ」
巾着を開いてみると確かに、中身はそのまま、いくらかの金貨と不思議な色の金属片が一つあった。一安心して、盗賊の方を向くと、氷柱を解除しないままに一歩進んで声をかける。
「……君たちと代官がつながっているという証拠は?」
「証拠ならこれさ」
盗賊が懐から何かを取り出す。その手には小さな、不思議な鉄の箱が握られていた。
「これが証拠だって?」
「まぁちと黙って聞いてくれや」
そう言って盗賊はその箱についた突起を押す。すると突然、その箱から、ノイズ雑じりのナタニエルの声と、目の前の盗賊の声が流れ始めた。
『つまり、オレたちに街の警備状況をしばらく流すから、街を襲ってほしいと?』
『あぁ、そういうことだ』
『そんなことをしてお前に何のメリットがあるんだ?』
『話には続きがある。しばらくして私から連絡したら、次の襲撃を失敗に見せかけて逃げてほしいのだよ。その後は、時折襲撃に来ては失敗してほしいのだ』
『ふん、まぁ悪い話ではないが……決してオレの仲間を殺してはくれるなよ、その時にはこの契約は破棄させてもらう』
その後も彼らの会話は続く。そして再び盗賊がその箱についた別の突起を押すと、声は止まったのだった。
まるでそれは、宝石箱から聞こえてきた王の声のようであった。最も、この箱のようなノイズの雑じったくぐもった声ではなく、澄んだ声であったが。
「……それをどこで手に入れた?同じような魔術を、この前体験したから、是非聞きたくてね」
「ん?あぁ、これは若いドヴェルグの行商が売ってくれたものさ。唯のガラクタだって嘯いてたが、何らかの魔導具なんかね?ま、これで証拠としちゃ十分だろ……ッ」
そう言って地面に崩れ落ちる盗賊。しかしルーネは、まだこれも罠ではないかと勘ぐり、警戒を維持したままに、この盗賊にかける次の言葉を探すのだった。
だが、その光景を近くの露店の陰から見ていた者がいた。傍から見ればそれは、一人の盗賊に止めをささんばかりの魔術師の姿に他ならない。運悪く、その光景を見ていたものは、盗賊の副団長、トキだった。
感謝をここに書くのもいかがなものかと思いましたが、ブクマや評価、誠にありがとうございます。創作の支えになっています。もし文章でなにかアドバイスや指摘等ございましたら、是非教えていただければ幸いに存じます。今後ともよろしくお願いいたします。




