第14話 宝玉の力
「少し待ちたまえ、我々の力はいつなんどきでも役に立つ自信がある。どこかへ動く前に、少しだけ時間をもらえはせんか?」
遡ること数刻前、エレンが出奔し、ルーネたちが伯爵と合流する前のこと。サファイアとガーネットを残し、他の石が休眠状態に入ったことを、サファイアが告げた。
キャシーは一刻も早く動きたそうにしていたが、ルーネは少しでも多くのことを知りたかった。
「我々の力を喋って理解している時間は少なそうだな。では軽く実践させてみようか。ルーネといったな、私に力を流せ」
「……ええ、わかりました」
少し戸惑ったが、言われた通りにルーネはマナを流す。しかし、一見して何かが起こったようには見えなかった。しばらく流してみたものの、変化はない。どういうことかとルーネが問おうとしたが、窓を見て異変に気付く。こんなにも乾いた春の夜、さっきまで外界を映していたはずの窓が、真っ白に結露していた。
「水が……?」
「ふむ、なぜ実体化させないのかわからぬが……そうだ、私はお主の力を水の元素へと変える。どう使うかはお主次第だが……先代は色々なことに使っておったな」
エレメントをマナを用いて形態的に動かすのが、魔術の基本である。この世の殆どはマナとエレメントで説明できることであり、出来ないことはむしろ、精霊や悪魔といった特殊な種族が扱う精霊術に限られていた。
「もしかしたら……」
ルーネははっと思いついて、その場で微弱なマナを流し、最初歩の水魔術を使ってみる。やはりルーネの予想通り、普段は掌程度の水を生成するだけのマナにも関わらず、そこに生成されたのはあふれんばかりに湛えられた、人間大の水球だった。
十分なエレメントがあれば、少量のマナにて大きな効果が得られる。逆に、少量のエレメントしか存在しなければ、エレメントの収集範囲を拡げなければならず、大きなマナを必要とするのである。
「これは凄い……これなら砂地や市街地でも十分な魔術が使える……!」
それは、水魔術師の悲願でもあった。四大元素のうち、地のエレメントは大地そのものからいくらでも手に入ったし、大気のエレメントも同様、空気のある所ならいくらでも手に入った。しかし、火のエレメントほどではないとは言え、水のエレメントはある程度どこにでもありこそすれ、その絶対量は少なく、川や海などの水場が近くになければ、その真の力は発揮できなかった。
火のエレメントは水より更に少ない。これは、火のエレメントは大気より更に上空に殆どが存在するためである。火魔術師たちは硫黄や炭などの地上にある火のエレメントを多分に含む媒体を扱っていた。ルーネは知らないが、あのアルベルト男爵も、硫黄粉を触媒として魔術を発動させているのだ。
「気に入っていただけたようで何よりだ。だが、力に溺れて破滅することのなきよう、気を付けるがよい」
「ええ、気を付けます……キャシー、君の方は?」
ガーネットが応える。
「私の口から説明しますわ。と言っても、ここじゃ正直私の力は扱えないのよ。建物の中では、私は無力なの」
「ふん、どういうことよ?使えないわね」
つんけんとした態度を崩さずにキャシーは言い放つ。再びルーネがキャシーを諫めた。
「私の力はね、大地に足を着けた者にしか発動しないの。私の力は、大地から力を与えること。大地に流れる力を、私を持つ者へと流し込むことこそが、私の力なのよ」
それがどういう意味か、キャシーには一瞬理解できなかったが、魔術師であるルーネはその言葉の表す意味に驚愕した。
「それって、もしかして大地に触れている間はマナの体循環を増やすってこと……?」
「マナっていうのが私たちの言う"力"なら、そういうことになるわね」
ガーネットは静かに答えた。それがとてつもないことだというのは、キャシーにも理解ができた。
マナは万物の動きを司る。マナが不足すれば様々な不調が出るし、それが過ぎれば死をもたらす。逆にマナの体循環が良ければ、疲れづらく、毒などに対する代謝もよいとされていた。
「本当に、神話のような力だ……」
「ふーん……結構優秀だったのね、そこは謝るわ」
やけに素直じゃないか、といいかけてルーネは口をつぐんだ。ここでキャシーを怒らせてもなんの特にもならない。最も、エレンがいたら間違いなく茶化していただろうなと思ったルーネであった。
「あら、私たちは道具ですもの、謝らなくてもいいのよ?それに、負の感情、というものを持たないように私たちは作られていますの。だから気にしないでくださいな」
「さっきも言ってましたが、作られたってことはやっぱり製作者がいるんですね?」
ルーネはそれが誰だか非常に興味があった。さっきはそれどころではなかったが、今この石達の力を知ってからは、それはさらに増すこととなった。これだけの力を持つアイテムは人間界には殆ど知られていない。嘗て聖人が遺したという奇跡の産物や、"科学"と云われた旧世紀のアーティファクト、東洋の呪術によって魂を吹き込まれた呪物、そしてエヴィルの作ると言われる原理も効果も分からない謎の道具の数々。そういったものが、叙事詩に記されるような、国や貴族たちがこぞって集めたがっている道具であった。それが目の前にあって、コミュニケーションが取れて、なおかつ制作者までいるとなれば、それは魔術師、つまり理論家であるルーネにはとても魅力的なものに見えたのであった。
「ええ、それは確かよ。でもね、私たちはさっきサファイアが言った通り、記憶に割いている容量が少ないの。だから、私たちの産みの親についてはよく知らないのよね。でも、私たちはみんなが同じ人に作られたわけじゃなかった気がするわ」
ルーネはそれを聞いてとても残念がった。これだけの道具を造った者、しかも先代の所有者がいるとなれば相応に古い物であるのは確かである。彼の知識欲はその制作者の存在を欲してやまなかった。それに、制作者が分かれば、もしかしたらそれに纏わる旧世紀の遺跡を探せば、更なる魔導具が手に入るかもしれなかったからだった。しかしそれはわからず、しかも別々の者がそれを作ったとなれば、収集は困難であると考えてよかった。
一方、知っていたとしても、エヴィルの道具であれば話さないだろう。そう思ってキャシーは気にもとめなかった。それに、きっと敵ではないのだろう。そう、キャシーの直感が告げていたのであった。
「ちなみに他の石達はどんな力を持ってるんです?」
気持ちを切り替えてルーネはサファイアに話しかける。もしかしたら、それらもとんでもない力を持っているかも知れない。そしてそれを使える人間を味方にできれば、とても大きな戦力となることは間違いなかった。
「すまない、それは我々もよくは覚えていないのだ。しかし、前の持ち主の使った者は覚えているよ。ガーネットは先に自ら話した通り。今ここにあるうちの1つ、オブシディアンは相手の急所を見抜く力がある。そして今はここにないが、我々の統括者、ダイヤモンドは触れたものの力を強制的に奪い取る能力がある。君たちの言葉で代用するなら、マナ、というものを、かな」
統括者の能力、というのにルーネは納得がいった。いざとなったときに、他の石の力を止めるためにあるのだろう。この石たちがマナで動く以上、その源を奪い去れば、力は発揮できなくなるのだろう。
「我々は休眠状態でなければ、お互いがお互いを察知できる。範囲はそれほど広くはないがね。もし我々の仲間を探したければ、それが少しは頼りになるといいのだが」
これだけの特殊な力である。もし石の持ち主がいれば、噂に聞こえるはずだ。それを辿っていけば、もしかしたら仲間に会えるかも知れない。義勇兵を募る傍らで、そのような人材を味方につけられれば、この上なく心強い。
そういうのもいいかもしれないな、と思いつつ、ルーネとキャシーはサファイアの言うとおりに石を身に着けると、伯爵のもとへと向かうのだった。




