第11話 魔術と戦術
長らくお待たせしました。この2話は後のストーリーの展開の都合、少し考えることが多く、遅くなってしまいました。2話一挙投稿ですので、どうかお楽しみいただければ幸いです。
エレン達が闘いを始める少し前のこと、一方のルーネとキャシーは、同じ宿の下の階にある、男爵と伯爵の部屋へと来ていた。ノックをして部屋をあけると、なんとそこにいたのは、武装した伯爵だった。瞬時に飛び退き、魔力を左腕に溜めるルーネ。しかし、むしろ慌てたのは、伯爵の方だった。
「おや、フェブルウス殿、丁度よい。これはどういう状況なのです。街から聞こえるこの悲鳴は、何が起きているというのです?」
曰く、外の喧騒を聞いて何かが起きているのを察し、急ぎ装備を整えたという。男爵は動くだけでなく魔法も使えないように、ルーネの組んだ"縛鎖の魔術"に縛られたままのため、守り手が自分以外いないというのをわかっての行動だろう。
ルーネは左手の盾を消すと、手短に状況を説明する。今しがた盗賊の襲撃が始まり、街の四方から中央へと、略奪をしながら攻め上がっていること。自警団は数は多いが烏合の衆で、次々に蹴散らされているということ。最終目的は多分、中央にあるギルドの略奪だろうということ。そしてそれを止めるために、力を貸してほしいということ。
先ほどギルドに同行していた伯爵には、大体のことが理解できた。全く意味がわからないといった様子の男爵に、おとなしくしているように伯爵は言うと、ルーネに何をすればいいのかを問うのだった。
「私の助力がそれほど役に立つとは思えないのですが……何を致せばよろしいので?」
「単純なことです。正直言って我々には人手が足りない」
「つまり私の兵たちを貸せ、と?」
少し食い気味に伯爵は問い質す。旗騎士でもあり、騎士学校の講師でもあった伯爵にとって、配下の騎士達、そして弓兵達もまた、家族同然の存在であった。男爵、ひいては自らの失態とはいえ、既に半数近くの命を失った今、これ以上その家族を他人の手に委ねるのは、彼にとっては非常に辛いものだろう。
ルーネもそれは重々承知していた。だからこそ、次の台詞は、伯爵にとって意外なものとなったのだった。
「いえ、半分正解ですが半分は違います。私が欲しいのはその旗と甲冑なのです」
何を言っているのか意味がわからず、唖然とする伯爵。しかし、ルーネは繰り返して言う。
「旗と甲冑さえ貸していただければそれ以上はいりません。もちろん伯爵がお手を貸していただけるのであれば非常にありがたいのですが……」
「ふむ……正直話が見えては来ませんが、私程度の力で良ければお貸しいたしましょう。それと、甲冑と旗はどちらも中央ギルドの兵舎にあります故、そちらまでは同行願えますかな?」
宿はギルドに程近い場所にあったため、敵に遭遇することはなかった。そしてまた、幸いにしてルーネ達が中央ギルドに辿り着いたとき、まだギルドは敵の手に落ちてはいなかった。
その門はギルド直属の兵士と思わしき屈強な2人の男が守っていた。2人のうち1人がルーネたち3人を見咎めると、止まるように命令する。大人しく従うと、ルーネはその兵士に、胸章を見せつつ用件を伝える。どうやらこの兵士たちはルーネ達の顔を覚えていたらしく、二つ返事で兵舎への道を開けてくれたのだった。
暖かみのない白い煉瓦で形作られた兵舎には、伯爵麾下の兵士達が泊まっていたが、この騒ぎのなかでも、武装した上で至極冷静に伯爵の指示を待って動かずにいた。流石は伯爵が手塩にかけた兵達と言えよう。
「閣下、どういたしました?外の喧騒は何故のものなのでしょうか」
「ジョエル、細かい話はあとだ。お前だけ私についてこい。あとの者は鎧を全て脱ぎ、ギルド前に運んだ後に待機だ!これよりこの街に湧いた賊の処理に向かう、だがお前たちは休めだ、いいな?」
それを聞いて一瞬不服そうな顔を見せるものもあったが、やはり驚くべき統制で、皆鎧を脱ぎ、移動の姿勢に入る。
「よし、私たちはこれよりフェブルウス男爵殿の元で作戦行動に移る。命の危険を感じぬ限り、決してここを動くな。以上だ。旗騎士として、こんな命令を下さざるを得ない私を許してくれ……」
そういって身を翻す伯爵の背中は、ルーネよりはるかに屈強なはずなのに、幾分か小さなものにみえた。
しかし、ジョエルと呼ばれた、壮年の騎士は、静かに、しかし力強く、伯爵に言うのだった。
「いいえ、サー。あなたが仰っていることは我々の全てです。我々は、あなたの言うことを寸分違えることはいままでも、この先もないのです」
傍から見ていたルーネやキャシーには、それが狂信にも見えたことだろう。それほどのカリスマを思い起こさせるなにかが、伯爵にはあったのだろうか。それとも、もっと別の理由があったのだろうか。それは、今の彼らには到底わからないことであった。
「さて、この甲冑と旗をどう使うと言うのですか?」
場所をギルド前に移して、伯爵はルーネに問う。刻一刻と近づく戦闘の音は、あまり時間のないことを示していた。
伯爵は最悪の事態を常に想定していた。ここでこの若き男爵がもしミスを起こせば、我々の命だけでもどうにかして守らなければならない。ここでいう我々とは、あくまでも部下とアルベルト男爵のことであった。特に、あのエレンという男がいない今、決して逃げるのは難しくはないだろう。
しかし、次の瞬間、伯爵は自分の目を疑った。鎧がひとりでに立ち上がっていくのだ。ふと隣を見れば、ルーネが長い詠唱を唱えているのが見えたが、なにより不思議なのは、ルーネとキャシーが手をつないでいたことだった。
伯爵が目を離している隙にも、鎧は次々に立ち上がり、ついに最後の鎧も立ち上がった。月光に照らされたその甲冑は、見慣れている伯爵でさえも不気味に思うほど、美しくも無機質な輝きを放つのだった。
ふぅ、と一つ吐息をついて、ルーネはキャシーから手を離す。キャシーもまた、不思議そうな顔をしながら、疲れたというかのように、そこに座り込んだ。
「フェブルウス殿、これはいったい……?」
驚きのあまり、声も出なかった伯爵だったが、我に返り、隣にいたルーネに問う。一仕事終えて疲労の色を隠せないルーネに代わって、そこに座り込んでいたキャシーがそれに答えたのだった。
「色々と外の力を借りて、ね。氷で兵士を作りました。魂は入っていないので精霊術によるゴレムとは違って動きはしませんが、張り子にはなります。さぁ、あとは伯爵殿のお仕事ですよ。アングレーム伯として、戦線への参入を宣言すれば、傭兵も自警団もその勢いを取り戻すでしょう。なんなら、今ならブルゴーニュ公の名前さえ出すことができますよ?」
そういいながら含み笑いをするキャシー。そこまで聞いて伯爵は、これはこの女の策だったのだろうと気づく。その顔には、次に起こる展望を予期したかのような、薄笑いが浮かんでいたからだ。理解不能なのは、なぜ先の戦闘の時に使っていなかった、このレベルの魔術を、この男爵が行使できたのかだった。正直、魔導士と呼ばれる最高位の魔術師でさえ、これほど大量の氷像をこの短時間で作り上げることができるかは、甚だ疑問とするところであった。
だが、同時に理解した。兵を使わず、この戦闘を勝ち抜く方法。それは、何よりも今の傭兵や自警団たちの士気を挙げることに他ならないと。士気という直接の戦闘力として目に見えないものがどれほど大きな影響を及ぼすか、伯爵はよく理解していた。そして士気と同時に必要なもう一つのものも、私が与えてやればよいのだと。
「……わかりました、あー……」
「カトリーヌ。キャシーでいいですわ。でもレディーの名前を忘れるなんて失礼だと思わないかしら?」
くすっと笑いながら言ったキャシーを見ながら、伯爵は苦笑いを浮かべる。それは、小娘が、と先ほどまでの私なら一蹴していただろうと、伯爵が思ったからだったのかもしれないし、もしかしたら単純に図星をさされたことに恥ずかしさを覚えたからだったのかもしれない。しかし確かに、この女は戦局をよく把握する良い眼を持っていた。それは、十分敬意に値することだと、伯爵は思ったのだった。
「失礼いたしました、キャシー殿。では一つ、ご期待に沿って見せましょうか!」
そして伯爵はギルド前の小広場の中心に立った。その姿は、先ほどまでルーネやキャシーと接していた時のような、どこか執事を思わせるような態度ではなかった。そこに立っていたのは、正に百戦錬磨の将であった。
深く呼吸をすると、比較的敵の多い東方を正面にして、剣と盾を構える。一陣の風が駆け抜けると、伯爵は、騎士としての姿を、戦線へと顕すのだった。




