第12話 伯爵の戦場
2話投稿の2話目です。また次話につきましては早めに投稿したいと思いますが、遅くなってしまいましたら申し訳ございません。
「諸君、聞くがよい!」
伯爵はまるでその容姿に似つかわぬ怒号のような声を上げる。その響きに振り返った者は、二人の騎士と、その後ろに控える大軍が目に入ったことだろう。
繰り返すかのように、また伯爵は叫んだ。その声は、澄んだ大気によく響き渡った。
「諸君、聞くがよい!我が主アクイタニア伯、そして盟友ブルゴーニュ公の助けに応じ、ここに私、アラン・ダングレームが馳せ参じた!拙速に失したことを申し訳なく思う!だが私が来たからにはもはやこの程度の敵は物の数ではない!さぁ、今こそ反撃の時!行くぞ!」
掛け声と共に、伯爵とその副官であるジョエルは東方の大通りへと繰り出す。後ろにいるのが張りぼての軍である以上、先陣を切って進む人間がいなければ士気の向上は不可能である。
如何に訓練された盗賊と言えど、相手はこの長き戦争を戦い抜いてきた二人である。伯爵の持つ剣にて、ギルドの広場手前まで迫っていた一人が、鮮やかな切り口から血を吹き出し斃れる。返す剣にてもう一人を屠ると、負けじとジョエルも一人を切り伏せ、次の盗賊に襲い掛かる。
俄かに色めき立つ自警団と傭兵たち。後ろを振り向けば、ギルドを護衛するかのように何十という数の騎士が見えた。もちろんそれは張りぼてなのだが、敵味方共にそれを判別できる状況にいる者はいなかった。この状況で最も意気が揚がったのは傭兵たちである。強盗騎士とすら揶揄される者もいるほど、殺した、もしくは捕らえた敵からの金銭や装備の略奪を生計の肝としていた彼らにとって、勝ち戦と見たときの士気は自然と高揚するものだった。
北、東、南の路で徐々に拮抗を取り戻す傭兵と自警団たち。傭兵たちの気迫につられて、自警団の他の面々の士気までも向上していることも、キャシーの想定通りだったのだろう。そのなかでも伯爵のいる東方は盗賊たちを押し返し始めていた。適宜指示を出しながらも、自分も戦闘を繰り広げる伯爵の姿に、傭兵たちは更に士気を揚げる。彼らの一部は、騎士階級の出でもある故、騎士としての伯爵の姿を知る者もいた。護風の騎士として一部で知られる彼の戦いぶりは二つ名を与えられる者に相応しいものであった。
彼らが戦いを繰り広げている最中にも、時折鋭い風の音と共に盗賊が斃れていく。それがまた、盗賊たちの士気を著しく下げる。見えない場所からの必死の一撃というものは、それだけで精神を削っていくものである。その狙撃手の姿は、ギルドの2階、3階を駆け回り、時折窓から一発撃っては場所を変えていた。長弓を窓から撃つには身を乗り出して撃たなければならない上に普段と違う体勢でそれをこなさなければならないが、キャシーは見事にその役割をこなしていた。平地からの狙撃は、味方への誤射の危険性が高まるため、キャシーは窓からの狙撃を選択したのである。
事態は四半刻もかからずに一変した。北部と南部の戦線は膠着状態と化し、東部戦線は大幅に敵の頭数を減らすことに成功した。全ての戦線に20近くいた盗賊たちは、東部では半分近い数になっていた。伯爵自身が目立つターゲットであり、また、非常に戦闘力の高い、つまりは危険度の高い敵であったために、盗賊たちの攻撃が一斉に伯爵に向いたことが、逆にこの状況を招いたのだった。
単純な近接戦で伯爵の技術を上回る者は、盗賊に誰一人としていなかった。そして、その背中は従士であるジョエルが守る。更に、盗賊らしからず頭数がそろった弩の攻撃さえも、伯爵の持つ風の盾の前には無力であった。
戦線を見れば、敵からの略奪に沸く傭兵たちの狂気が伝播し、自警団たちは異様なまでの士気を保つ。その手綱を握れるのは、流石は伯爵といったところだろうか。略奪を程々に抑えさせ、次の戦闘への意欲を沸かせる、そのバランス感覚は、皮肉にも本当の実戦というものを長く経験してきた伯爵だからこそ、出来ることだったのかもしれない。
このままいけば、戦線自体には問題がない。しかし、本当にこの程度の戦力ならば、そもそも盗賊の対処にそれほど苦労はしないだろう。それに、ギルド長であるナタニエルから、二人の盗賊の親玉の話を聞いていた。一人は疾風の如く駆け抜け、全てを掻っ攫っていく俊足の男。そしてもう一人は、風を纏ったかのような美しい太刀筋で、5人がかりでも傷一つ付けられなかったと云われる異国の男だったという。その話を聞いたとき、ルーネはふと先の戦闘の時に助けてもらった二人のことを思い出したが、もし本当に盗賊の親玉などという存在であるならば、我々を助けたりはしないだろうと思い、すぐに忘れていたのだった。
さて、数刻前にルーネたちが戦況を把握したとき、不自然に西方の戦線だけが劣勢だったのだが、現在は拮抗か、むしろ優勢であるかのように思えた。
その理由はわからなかったが、凡そ先手は盗賊たちの親玉がとったのだろう。そして現在それが拮抗まで押し返しているのは、きっとエレンが暴れてくれているのだろうとルーネたちは思っていた。
エレンの愛馬であるアルネは厩舎にて大人しく休んでいたし、エレンがアルネを放って逃げ出すとは考えづらい。さらに言えば、戦闘が起きているにもかかわらず、逃げるような男ではないとルーネたちは把握していた。
それは義や仁によるものではない、ただ、エレンという男は非常に好戦的な人間だった。売られた喧嘩は買わなかった試しがないし、無関係の諍いにも首を突っ込んで両者ともに降してきたことなど日常茶飯であった。今もまた西方の戦線でなにかが起きているのだろうと、彼らは思った。
ギルド内で一息つきつつ、ギルド長のナタニエルの警護状況を確認したルーネは最上階から降りてキャシーと合流する。あとは親玉を叩けば、盗賊たちの戦闘意欲を完全に削ぐことができるだろう。キャシーが手に持っていた長弓を背中に収め、ルーネも最後にマナ・ポーションを一瓶飲み干すと、西方戦線への道を駆け出す。
「それにしてもそんな不味いものよく飲み干せるわね……私なら絶対に吐き出す自信があるわ」
「そんな堂々言われても……不味いけどさ、慣れればなんてことないよ。学校時代もひたすら飲まされまくったしね」
体内に不足したマナを補うために飲むマナ・ポーションだったが、高純度のものほど、それはそれは刺激的な味がしたという。マナは魔術の使用に用いられるだけのものではない、有機物、無機物、生物にかかわらず、その動きは全てマナによって起こっていると、1000年前に学者たちは発表していた。今のところそれが覆されておらず、世界の理の一つとして知られていた。マナ・ポーションのこの刺激的な味は、口腔内、舌、咽頭を通り抜けたマナが、それらの器官を強度に刺激するためであると言われている。
先ほど行使した大魔術で失われたマナはこのマナ・ポーション一つで補いきれる量では到底なかっただろうが、存外ルーネは元気に走っていた。といっても、弓兵であるキャシーと魔術師であるルーネが並走するとき、男女の差こそあれど、キャシーの方が随分とペースをルーネにあわせていたのだった。
「キャシーも一本飲んでおく?さっきの魔術のせいでだいぶマナを吸われたでしょ?」
「遠慮しておくわ……多分本当に吐いちゃうから。それに、意外と疲れはないのよ。あの瞬間は本当にどっと疲れたけれど、この力、本当にすごいのね」
「あぁ、僕も正直半信半疑だった。でも、本当にこの力があれば、戦争をも止めることができるのかもしれない。ただの一兵卒に過ぎない僕らが、神話の英雄のような力を行使できるのは、少し怖さもあるけど……でも、力は力に過ぎない、僕らがどう使うか、なんだと思う」
半月に見守られながら駆け抜ける二人。時折吹く風は刺すような冷たさで頬を切る。白い石畳を蹴る足取りも軽やかに、西方最前線へと踊りだしたルーネたち。しかし、そこでは異様な光景が繰り広げられていたのだった。




