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百年戦争異聞録 ―没落貴族と十人の英雄―  作者: 乱坂 螢音
盗賊の街
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第10話 開戦

本業が忙しく、2週に1度の更新となっています。遅くなりましたが、楽しんでいただければ幸いです。

 それは半月の美しい夜だった。トロイから西に2kmの小高い丘、2人の盗賊がトロイの街並を伺っていた。


「お、始まったか……!」


 そこへ、街に狼煙が上がる。それが、略奪の合図だった。こんな国に未練はない。だから、全てを奪い、全てを我がものとする。

 ターバンを頭に巻き、口元を隠し、腰に二振りの短剣を差した者が一人。そして、身の丈に合わぬ長剣を腰に差し、東洋で着られているという”キモノ”なる装束に身を纏った者が一人。

その姿は、紛うことなく、今日ルーネ達を助けた二人組であった。


「トキ、準備はいい?」

「あぁ、いつでも……未だに慣れはしないけどね」


 苦笑しながら言うトキ。その風貌に似合わず、透き通った笑い声で返すリュウ。


「はは、男なんだからそんなこと言うもんじゃないだろ?さ、しっかり捕まってな!」


 固く手を握る二人。次の瞬間、景色が変わった。そこはトロイの街の西端、今なお盗賊たちとトロイの自警団の戦いが繰り広げられている場所だった。ルテティアからの道から続いているここには、自警団も大きな戦力を割いていた。トロイに入る東西の大きな道が、戦力を投射するには適した場所であり、そこの守りを固めるのは当然のことである。

 ふぅ、と一つ溜息をつくリュウ。その額はターバンに覆われて見えないが、ターバンが汗に濡れるのが傍から見ても分かった。


「この距離は流石に疲れるなぁ……ちょっとミスったかもしれない」

「大丈夫、リュウ?疲れたなら無理はしないで。ここの戦闘は俺に任せておいて」

「おう、頼んだぜ。ま、トキなら楽勝だろ?」

「ん、まぁね!」


 ふふっと笑うと、長剣使い、トキは自警団と戦闘している盗賊へと近づく。トキの姿を見ると、盗賊たちは一斉に雄たけびを上げた。


「副団長が来たぞ!」

「トキさんが来た!」

「我々の勝ちだ!」


 その声援を得て、トキはゆっくりと前に歩み出る。静かに長剣を掲げると、その刀身に手を添わせる。次に刀が振られると、そこに旋風が吹いた。それは、昼に弓兵の矢を防いだ技のようだった。

 突然吹いた旋風によろめく自警団たちに次々と襲い掛かる盗賊たち。トキもまた、長剣の一閃にて自警団の一人を血祭りにあげると、その首を掲げて高らかに言い放つ。


「次にこうなりたいものはどこのどいつだ?さぁかかってくるがいい、さもなくば我が眼前から今すぐ去ね!」


 じりじりと後ずさりを続けていた自警団だったが、一人が恐怖に圧し潰されたか、叫び声をあげながら逃げ始める。それを皮切りに、壊走を始めた自警団。所詮はトロイから有志で募った街の住民と商人の雇った傭兵で構成された自警団、その意識の低さは折り紙付きである。

 散り散りになった自警団を盗賊たちが追おうとするのを留め、トキは胸元から取り出したペンダントを取り出す。静かに目を閉じると、それを強く握りしめた。マナの奔流がペンダントに流れ込むと、トキは目を開け、振り向いてリュウに喋りかける。


「ふん、所詮は腰抜けどもだな……リュウ、中央のギルドまで詰めるんだっけ?マナの動きは散り散りになったみたいだし、今なら余裕で行けると思うよ」

「お、流石はトキだぜ。サンキューな」


 しかし、その時だった。盗賊の一人が叫び声を上げる。その胸には7フィートはあろうかという漆黒の長剣が刺さっていた。


「なっ……!?魔力反応はなかっただろ……!?」


 初めて、トキは驚愕を露にする。そしてまた、それはリュウも同じだった。


「トキの検知に引っ掛からないやつだと……?貴様、何……な!?」


 そこに立っていたのは、深緑の長髪を粗雑に後ろで結んだ、体躯のいい男だった。薄い部屋着のような格好で戦場に躍り出たその男は、昼間に助けたあの3人組の一人に相違なかった。

 男は盗賊の死体から剣を引き抜くと、無造作にそれを構える。その黒き刀身はぬらりとした血を纏い、禍々しささえ感じる。そして今度は、リュウとトキの二人に向かって喋りかけた。


「まさかお前らが賊だったとはな。噂に違わぬ強さだ。……ま、どうでもいいさ。やれんだろ、さっさと来いよ」

「貴様……!」


 仲間を失った哀しみだけではなかった。今までこの仕事で一人の死者も出してこなかった、その誇りをリュウは傷つけられた。

 腰から引き抜かれた二本の短剣を逆手に持ったリュウは、突如としてエレンの前に現れる。眉をひそめるエレン。そして次の瞬間、リュウはエレンの横を駆け抜け、すれ違い様に頸部を切り裂く。確かな手応えが、そこにあった。


「すまない、レヴィン。こんな雑魚にお前の……」

「後ろ!」


 トキの叫び声にはっとして横に飛び退くリュウ。今立っていたそこに、長剣は振り下ろされていた。飛び退いたのが後ろだったなら、その剣の長さ故に命は無かっただろう。自分の勘に感謝を告げ、エレンに相対するリュウ。確かに手応えがあった短剣の一撃。それは、エレンが少し身を屈め、前進したために、頬を切り裂いていたのだった。


「素晴らしい速さだ。だが、それだけだな」


 流れる血を指で拭い去り、再び長剣を構えるエレン。その背後にトキが迫っていた。エレンを見たときに感じた危険信号を信じ、一撃を以て葬り去らんと剣を構える。


“裏京八流剣術目録位━━━”


 トキの持つ長剣の、赤い刀身が僅かに光る。その剣は真っ直ぐにエレンの心臓を狙って突きだされようとしていた。


“━━━無二之太刀”


 しかし、その剣がエレンの胸に刺さることはなかった。半身に振り向いたエレンが刀身を握りこみ、それを止めていた。

 トキに向かって蹴りが繰り出されるのと、リュウがエレンに再び切りかかるのは同時だった。


「な……に……?」


 エレンはトキを蹴り飛ばしつつも、リュウの攻撃に対して防御を行うつもりだった。しかし、リュウはエレンの目の前から文字通り消えた。そして気づけば、左の脇腹から生暖かいものが流れていた。


「チッ、馬鹿みたいに硬い体してやがる……だが、反応できねえみたいだなぁ!」


 再びリュウが眼前から消える。エレンは感覚を研ぎ澄まし、再び長剣を構えたが、今度は背中から流れる血を感じていた。

 そこからは蹂躙だった。消えては斬りつけ、斬りつけてはまた消える。身体中から血を流しながらも立つエレンを、リュウは容赦なく切り刻む。

 蹴りの一撃でトキが戦線離脱してしまい、リュウだけが相手なのは幸いだったと言えよう。盗賊たちも遠巻きに2人を見ながら、トキを守っているだけだった。最も、例えエレンを襲おうとしたところで、リュウの邪魔になるだけだと考えていたためかもしれないが。


 エレンは身体中を血に染めながら、静かに考えていた。どうして一方的に嬲られているのだろうかと。動体視力には自信がある方だった。それに、如何に相手が速かろうと、突っ込んでくるだけの敵を迎撃するのは決して難しいことではない。だというのに、この敵は俺の警戒を潜り抜けては、確実に一太刀浴びせてくる。決してそれそのものが死に至るほどの傷ではないが、このまま血を流し続ければ死を迎えるのは遠くはないだろう。


 一方のリュウも、違和感に気付く。場所を変えて攻撃を仕掛けているのは確かだが、それにしてもこれだけの血を流しておきながらなぜこの男は斃れないのか。さらには、同じ場所を何度か斬りつけているにもかかわらず、その手応えは常に一緒であった。

 本来なら、傷口は深くなり、いつか骨に到達するはずである。だが、その手に伝わるのは分厚い筋肉を切る手応えのみ。幸い、その手に持つ短剣は六方金剛石と呼ばれる、金剛に等しい硬度の石を削り出して作ったと云われる短剣であり、刃毀れというものも、刃に血脂が巻いて切れなくなるといった経験も一度もなかった。しかし、問題はリュウの体力にあったのだった。


 この闘いはもう半刻ほど続く持久戦となる。しかし、その決着は、ルーネとキャシーが現れるのを待つことになるのだった。


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