13.聖女の加護
「まずは、天気、それも雨が降り続いている地域に行こうと思う」
聖女の加護の力を感じたのは雲がはれたことが始まりだった。
そのためアイザックは、同じような効果を期待し、南の地方に向かった。
そこにはすでに軍が待機していた。
「状況は?」
「閣下!橋の崩落が確認できています。それから、堤防が危険水域となっておりまして……」
「なるほど。お前たちはいつここに到着した?」
「私たちは数刻前です。第1班が昨日現場入りしています。それから第3班が西を後にし、こちらに向かっております」
「そうか。ところで、雨に変化は感じるか?」
「変化ですか?」
すると、前日入りしていた者が前に出る。
「今は幾分か弱まったように思います。昨日までは川が増水を続けていましたが、ここへきて耐えておりますので」
「ふむ」
アイザックは空を見上げる。
雨は降り注いでいる。
「あの、閣下は、きちんとお休みになられましたか?」
「ん?」
「聖女様とご結婚されてからも変わらずお忙しくされていることを、母は案じておりましたが……」
「母君が?」
「先日の王太子殿下の披露宴にも参加されていないことが社交界では噂になっていると……」
「……なるほど」
「それに、新婚ですが聖女様をお一人残されていて大丈夫なのですか?」
「ああ、問題ない」
くるりと方向を変えると馬車へと歩き出した。部下たちは慌てて後をついて行く。
御者が傘を差すと、アイザックは馬車の扉を開けた。
「アルマ。一度外を確認しないか?報告では昨日より雨脚は弱まっているようだ」
「そうなのですか?」
愛らしい声が聞こえると、ひょっこりと扉から女性が顔を出した。
「え!?」
驚いた隊員たちは固まっている。
「おいで」
そういうなり、アイザックはアルマを抱き上げる。
「え!?だ、旦那様!?」
「掴まっていろ」
アルマは落ちまいとアイザックの首元にしがみつく。
片腕に女性一人を軽々と抱えるアイザックに、一同は唖然とした。
空いた手に御者から受け取った傘を持つと、野営まで移動を始めた。
「か、閣下……あ、あの、そちらは……」
「妻のアルマだ」
「お、奥様ということは、聖女様ですか?」
「そうだ。連れてきたから問題ない」
「そ、そうですか……」
アルマはやりとりが終わったところで声をかける。
「あの、旦那様。私歩けますよ?」
「何を言ってる。ぬかるんでいる。危ないであろう?」
「……」
(雨が降っている地域に来たのだから、覚悟の上ですが……)
軽々と持ち上げられている以上、アルマは何も言えなかった。
第3班の合流を待つことにし、この日は町の食堂で食事を摂ることにした。
隊員たちは、カトラリーを手にしたまま固まっている。
「はい、あーん」
アイザックはアルマに餌付けする。
アルマは隊員たちと目が合わないようにと、料理やアイザックに目を向けた。
アイザックは黙々と料理を小さくしてはアルマの口に運んでいた。
「あ、あの、閣下……」
「ん?なんだ?」
「……閣下は召し上がらないのですか?」
「もちろん食べるぞ」
「……」
「ほら、あーん」
「……」
この状況のアルマに話しかけても良いのかと隊員たちはちらりと後ろに控えている侍女二人に目を向けた。
彼女らは動揺することもなく、常であるといった様子で、微動だにしなかった。
「あの、旦那様?もう結構ですよ?」
「ん?どうした?口に合わなかったか?公爵邸の食事ではないしな……」
「そういうことではありません。とてもおいしいですよ」
「体調でも悪いのか?」
「いえ、もうお腹がいっぱいです」
「まだ、これしか食べてないだろう?もっと食わねば、体力をつけんと」
「あの、旦那様。私は体力を使うようなことをしておりませんよ?これで十分です」
「何を言う。馬車での長旅だった。疲れたろう?」
「ですが、それだけしかしておりませんし……」
(歩くことすらしていないのよ……)
アルマは隊員たちの視線に耐えられず、顔を両手で覆う。
(恥ずかしくて……いたたまれない……)
後ろに立つ侍女たちも、何かに耐えるように小刻みに体を震わせ始めた。
「閣下は、随分と過保護でいらっしゃるんですね……」
「女性にこのように対応なさるとは……」
隊員たちもいたたまれなくなり、言葉にした。
「ん?普通だろ?」
「……」
当然だとでも言わんばかりのアイザックの返事に、彼らは何も返せなかった。
そこへアルマがひとこと添える。
「旦那様は、特別お優しいと思いますよ?」
「そうか?したいことをしているだけだがな」
――キュン
「だ、旦那様。やはりお腹いっぱいです」
「そうか?では移動するか?」
席を立つ。二人は出入り口まで行くと扉を開けた。
そして、立ち尽くす。
「あ……」
「……っ」
降り続いていた雨は、止んでいた。
「……君を連れてきて正解だったな」
「お役に立てて、何よりです……」
喜ばしいことなのに、声を大に出来ず、二人は静かに頷いた。
雨が上がれば、復興作業も進んでいく。
川の水位が下がり、流れも穏やかになると、橋を修復した。
氾濫のないように堤防を強固にした。
そのころには雲は消え、空は晴れ渡っていた。
「洗濯物が干せるわ」
「日差しってこんなにまぶしかったかね」
この町にこんなに人がいたのかと思うほど、賑わっていた。
「土壌も乾きましたね。これなら、農業も再開できますでしょうか」
「ああ。軍の介入が必要な復興は終えただろう。ここからは民に任せるとしよう」
アルマとアイザックの乗った馬車は、この地の民に見送られ帰路へとついた。
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