11.離れていても
現場に着くと早速、アイザックは指揮を執った。
「今から三交代制をとる。三つに分けるから順番に帰省しろ」
軍人らは顔を見合わせ、ざわざわとざわめく。
「しっかり休んで癒やされてこい。そしてまたしっかり励め」
「はっ!」
アイザックの狙いを理解した彼らは、敬礼をした。
「あの、閣下はよろしかったのですか?」
報告のために公爵家を訪れていた部下が問う。
「だらだらと長引くよりはいい。集中してこの現場は整備を進めよう」
「ですが、閣下は……」
「ん?」
「……いえ」
「お前も休めよ?第1班で帰省しろ」
「しかし……」
「夫人とどれくらい会えてない?お前には任せることが多い。だからこそ先に調えといてくれ。何かあればまた俺が現場を離れることになるかもしれんから」
「あ、はい!」
(家族を持つということか……)
国に尽くすことも大切であるが、彼らもまた国民の一人だ。
アイザックは、守るものの形を改めて考えさせられたのだった。
「閣下が指揮されたら、随分と事態は好転しましたね」
三交代制になり、一班分の人数は減っているが、効率よく作業が進み始めていた。
「お前たちの仕事あってだろう?」
「やはり上に立つ方で変わるものだと……」
「そんなことはなかろう。俺が怖いだけではないか?」
「いえ、そんなことは全く……」
「煽てたところで俺は何もしてやれんぞ。国政においての権限など持っておらんからな」
軍を指揮することを任されているだけで、国の運営には関わっていない。
そもそもアイザックはそれを望んでなどいなかった。
「今日は大分作業が進んだから、ゆっくり食事をとるとしようか」
近くの街の飲食店で、一同は空腹を満たすことにした。
肉やらパンやら酒まで。テーブルの上にはこれでもかと料理が用意された。
「あれ?閣下どうされましたか?」
「ん?」
「体調がよろしくないのですか?」
「いや?なぜだ?」
「いつも豪快にお食事されますのに、随分と小さく切り分けているものですから、食欲がないのかと……」
アイザックの前にある皿には、小さく一口大に切り分けられた肉が並んでいた。
「……。ふっ、はははっ」
突然笑い出したアイザックに、部下は首を傾げた。
「こりゃまいった」
アイザックは片手を額に当てると「そうか……」とつぶやいた。
食べられるだけ食べたアイザックは、野営に戻ると一息ついた。
「ふっ」
先ほどの自分を思い出す。
まさか、習慣があんなに染みついているとは思わなかった。
(きちんと食べているだろうか……)
自分よりも小柄なアルマ。女性の中では一般的な体格であるが、アイザックからしてみれば華奢で心配になるくらいだった。
ふと思い出し、胸元から小袋を取り出す。
「ん?」
そこからは、ラベンダーの香りがしていた。
「香袋だったのか……」
その香りは、いつもアルマから香っていたものと同じだった。
アルマから離れたからこそ、この小袋が香袋だったことを知る。
(アルマ……)
アルマを近くに感じ、アイザックはその袋をじっと見つめた。
第1班が戻り、次の班が帰省した。
さらに作業効率は上がり、修復は順調に進められていた。
「閣下、ありがとうございました」
「なに、皆に休暇を与える。お前だけじゃない」
「しかし、閣下はこちらに残られてますし……」
「俺がやるべきことは国を守ることだ。だからこそ、聖女と婚姻を結んだのだから」
国を守ることは自分の責務であると共に、聖女であるアルマの責務でもある。
アルマのための婚姻でもあるのだ。今は夫としても成果を出すことに尽力するしかない。
「聖女様と言えば……。アルマ様は大変愛らしい方ですね」
「む?」
「公爵家でお会いし、初めてそのお姿を拝見しました。王太子殿下の婚姻の際にお披露目はありませんでしたからね」
王太子と聖女の結婚は、発表こそあったものの、王太子が結婚したにもかかわらず、その伴侶の披露がなされなかった。そのため、民は聖女の姿を見ることがなかった。
「ヘイリー伯爵令嬢のアルマ様であることは知っておりましたが、その兄が頑なに隠してましたからね。それも納得です」
「ヘイリー伯爵令息か?」
「あ、私は彼と友人なのです。随分と妹君を溺愛しておりましたよ」
「兄君か……」
アイザックは腕を組むと、一考する。
「おい。頼まれごとをしてくれるか?手紙を出したい」
「あ、はい」
◇◇◇
「まぁ、お兄様!ご無沙汰しておりますわ」
ブラニング公爵家に、アルマの兄、マーカス・ヘイリーがやってきた。
「ああ、アルマ。元気にしていたか?」
二年ぶりの再会に、二人は抱き合った。
「こちらに先触れをいただいた際には、本当に驚きましたのよ?」
マーカスは柔らかく微笑んだ。
「ブラニング公爵閣下から、ヘイリーに手紙をいただいたんだ」
「旦那様から?」
「どうか、君に会いに行ってくれと」
――キュン
兄の突然の訪問は、アイザックの配慮だった。
アルマは胸に手を当てた。
「本当は父上宛だったんだが、今、領地運営に苦戦していてね。私が代理で来たんだ」
「領地が大変なんですか?」
「土壌が悪いのか、今年のハーブは育ちが悪いんだ」
ヘイリー伯爵家は、ハーブの生産販売をしている。田舎の広い土地に畑を所有していた。
まさか、生家にも影響が出ていようとは。そのことを知らずにいたアルマは困惑した。
「私のせいかしら……」
「そんなことはない。こちらももう少し何か出来るはずさ。聖女頼みなのもおかしな話だからな」
マーカスはアルマの頭を撫でた。
「お兄様……」
アルマはぎゅっと兄に抱きついた。
マーカスはそっとアルマを抱きしめ返した。
少し落ち着きを取り戻したアルマはふと疑問に思ったことを口にした。
「あの、旦那様からお手紙とのことでしたが、どんなことが書かれていたんですか?」
マーカスは柔らかく微笑んだ。
「公爵邸に行くようにと。愛を与えてやってくれとね」
「あ、愛ですか!?」
「一人でいる君のことが心配だったのだろう。手紙を持ってきた私の友人の話では、閣下は少しでも早く君の元に帰れるよう尽力しているとのことだった」
「旦那様……」
アルマは胸元に手を当てるとそこで拳を握りしめた。
「よかったな、アルマ。ブラニング公爵閣下に保護していただいて……」
「お兄様?」
「ルーシーからはヘイリーに報告をもらっていたんだ。アルマがどんな様子でいるのかを……」
アルマは息を呑んだ。
「2年間を思うと悔しいが、だからこその今があると思うと、とにかく、良かったと……」
マーカスは口を引き結んだ。
「アルマ。君の笑顔を見て安心した。私は……安心したよ」
兄の心からの安堵の様子に、アルマの瞳には涙がにじんだ。
兄を見送ったアルマの顔は、晴れやかだった。
その様子をルーシーは、穏やかに見つめていた。
「奥様、マーカス様にお会いできてよかったですね」
「ええ。とても、安心したわ。お兄様は相変わらずだったわね」
「はい。奥様への溺愛ぶりは健在でしたね」
「でもね、不思議なの……」
「?」
「以前は、お兄様に頭をなでてもらうのもすごく恥ずかしかったのに……今日は、とっても、落ち着いているわ」
アルマは胸に手を当てた。
「ドキドキ、しなかったの……」
「奥様になられたからじゃないですか? 今は、ヘイリー家のお嬢様じゃございません」
「ふふっ。そうね」
アルマは窓の外へ目を向けた。いつもよりも明るく感じた。そこには、晴れ間が見えた。
「えっ?」
慌てて窓辺に立った。
「ルーシー……青空が見えるわ……」
「はい。私にも見えます……」
アルマはそっと胸元に手を添えた。
翌日、アルマは神殿へと足を運んだ。
「何か変わりましたか?」
「ええ。泉をご覧ください」
「わずかに、薄くなったかしら……」
「はい。昨日のことです。それまでは変化は見られませんでしたが……」
「昨日、ですか……」
アルマは静かに頷くと、一つ深呼吸をし、心を落ち着かせた。
「聖女様……。聖女様は、もう、加護の発現にお心当たりがおありのようですね……」
アルマは顔を上げると、にっこりと微笑んだ。
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