第九話 いざ図書館迷宮へ
正直に話す魔法は一時間後には解け、元通りに戻った。
それから二日かけてフィオナの魔法使用テストと、取得状況の聞き取りが終わる。
ついに実際に可能かどうかの現地での検証をフィオナ自ら行うことになる。
魔法省の一階受付のホールで待ち合わせしていると、スーツ姿のレナードが男を連れてやってきた。
「やぁ! 検証立ち合い人に立候補したハンス・ゴードンだよ! よろしくね」
細目の彼はレナードよりも一回り年上に見える。
整えられたヒゲがとてもダンディだ。
柔らかそうな茶色の長髪を一つに束ねていた。彼のスーツの肩にはなぜか黒い子猫が乗っている。つぶらな丸い目が可愛い。
彼の隣にいるレナードの頭には相変わらず小鳥が乗っているので、愛らしい様子にフィオナは思わずほっこりする。
「初めまして。フィオナ・カサドラです。アリス・ゴードンさんと家名が同じですが、もしかしてご家族の方ですか?」
「そうだよ! 僕は夫だよ。面白い方法で魔法の取得をしたと聞いて興味を持ったんだ」
「まぁ、ありがとうございます。奥様にはとても良くしていただいて、いつも助けてもらってます」
アリスも優しいが、夫のハンスも同じように優しそうだ。
おかげで緊張していた気持ちが少しほぐれて、世間話ができる程度にはリラックスできた。
「肩にいる猫はペットですか? お利口さんですね」
フィオナをじっと見ていた猫に微笑みかける。
「えっ、僕の猫が見えるの?」
驚いた声が予想外で、フィオナはハンスの琥珀色の目を見つめる。
質問の意図が分からなかった。
「当たり前ではないですか。肩の上にいるんですし」
猫は隠れているわけではなく、小さすぎて見えにくいわけでもない。
「いや、そういう意味ではなくてね、普通の人には見えないんだよ。契約した使い魔は。魔力がよほど高くないとね」
「使い魔?」
聞いたことがない単語にフィオナの頭は疑問符だらけだ。
それに魔力が高いとも言われたが、心当たりは全くなかった。
「見えるほど魔力が高いのに知らないの? 精霊と契約すると使い魔として働いてくれるようになるんだよ。もしかして、カサドラ嬢は他の迷宮には行ったことがないのかな?」
「はい、王都と故郷の土地しか行ったことがないです」
王都とカサドラ家の男爵領は割と近いので、他の土地を経由して見て回ることもなかった。
「他の神々が作った迷宮では、変わった能力をくれることがあるんだ。それが僕の使い魔ってこと。もしかして、レナード君のも見えていたりする?」
「セレストさんの頭の上にいる可愛い小鳥も実は使い魔なんですか?」
慌ててレナードの小鳥を見ると、話題の彼は驚愕の顔で見返していた。
「カサドラ嬢も見えていたのか。なぜ今まで指摘しなかったんだ?」
「いえ、だって、誰も小鳥に触れないので、そうすべきだと思って空気を読んでました」
フィオナの答えにハンスが肩を震わせて笑い出す。
「確かに冗談も言わない真面目な男が、頭に不似合いな可愛い小鳥を乗せていたら突っ込みしづらいよね」
「悪かったな、不似合いで」
レナードはハンスの言葉に微妙な顔をする。
「さぁ、メンバーが揃ったし、行こう」
フィオナたちは、図書館迷宮に向かう。
「それにしても大きなリュックだね。何が入っているの?」
ハンスの視線の先にあるのは、フィオナの背中にあるリュック鞄だ。
「お弁当と飲み物ですよ」
「えっ、それにしては大きくない?」
「はい、恥ずかしながらそうなんです」
動くので、消費が激しいのだ。
ハンスは納得できず不思議そうな顔をしていたが、本当のことなので、他に何も言えない。
すぐに迷宮の入り口に着き、魔法省の職員が受付で対応してくれる。
一般人として迷宮に入るときは、いつもここで入場料を支払っていた。
レナードが書類を出すと、受付の人が受け取り、ポンっと捺印する。
「お疲れ様です。どうぞお入りください」
あっさりと手続きが終わり、中に入っていく。
すると、道の壁際にある女神像の前でレナードは立ち止まる。
女神フェルテナータ像の前には像の説明書きの看板があり、この像は迷宮が創られたときから存在しているらしい。
レナードが女神像に一礼するので、フィオナもそれに倣って後に続いた。
迷宮の中は洞窟のような外観だ。ひんやりとしている。
フィオナはよく訪れるので、勝手知ったる場所だ。
第二階層までは一般向けとされているため、内部にはトイレや休憩所まで用意されている。
「カサドラ嬢の行きたいところに進んでくれ。慣れているんだろう?」
「はい!」
レナードの指示にフィオナは頷く。
途中で魔物の本に出会う。
タイトルが青く光っている。魔法を取得できる本だ。
本はふわふわと浮いて移動して、フィオナの周りを挑発するように近づく。
本は開いたり閉じたりするが、フィオナは全く反応せずにスルーで通りすぎる。
「あれで検証しないのか?」
レナードの問いにフィオナは振り返って微笑む。
「ええ、場所が悪いので。ひと目につきにくい、ぼこぼこできるスポットがあるんですよ」
「ちょっとカサドラ嬢の笑みが怖いんだけど」
「すみません、つい」
ハンスに突っ込まれて、フィオナはぼこぼこしたい気持ちを少し抑える。
奥まった行き止まりの場所を覚えているので、フィオナはそこに二人を案内する。
目的地に近づいたときに遭遇した別の魔物の本を追い込む。
ちょうど他からの死角となった瞬間、フィオナは動く。
『可愛いあの子にひとっとび』
本へ間合いを詰める。対象にいきなり近づける便利な魔法なので、取得してからよく使っている。
それから、気合いとともに本に拳で一撃喰らわす。
鈍い衝突音と、本とぶつかった際に生じた空気圧を感じる。
本はふわふわと浮いたまま、動かなくなる。
「ほら、動かなくなりましたよ?」
「速すぎて何をしたのか見えなかったんだけど」
あとからやってきたハンスが困ったような顔をしている。
「俺もだ。カサドラ嬢が角を曲がって見えなくなった瞬間、何かぶつかったような音がしたら、本が動かず浮いていた感じだ。何をしたんだ?」
レナードは本を観察しながら口を開く。
「一発殴っただけです」
「一撃か」
レナードは言いながら、本に触れる。ペラペラとページをめくったり、閉じたりする。
「確かに読み放題だな。これは無駄本だから、何も魔法は取得てきないがな」
この本は赤くタイトルが光っている。
『おじさんのポエム集』
そう書かれている。
確かに魔法は取得できない。
そのため、図書館迷宮では、無駄本と呼ばれている。
「では、なんでぼこぼこにすると言ったんだ? 何発も当てたような表現だが」
「えーと、ぼこぼこにして本を破壊していたからです」
今さら嘘を言っても無駄かと思い、正直に答える。
「えっ、破壊?」
「壊した、だと……?」
男性二人だけではなく、子猫と小鳥にまでドン引きされて、フィオナは自分の判断が間違っていたと気づいた。




