第四話 異常な面接
「私が魔法司書に応募したのは、今よりももっと地下図書館迷宮を知りたかったからです。普段からよく迷宮を訪れていましたが、話で聞く以外にも不思議な現象に触れてきました。だから、専門家になって自分自身で謎を解き明かしたいのです」
面接官に志望動機を尋ねられたフィオナは、正直な気持ちを述べていた。
「地下迷宮をよく訪れたとおっしゃられましたが、行かれた階層はどこまでですか?」
面接官の一人が質問してくる。
フィオナより一回りくらい年上の女性だ。彼女は人事部の人間だと名乗っていた。落ち着いた色のダークブロンドの髪を編み込み、結び目の先を彼女のスーツの肩に流している。
「一般開放の階層だけです」
「つまり、第二階層までですね。申し訳ないのですが、魔法司書を目指すなら、地下第五階層までは降りているのが目安となっているんですよね」
「そうだったんですね。知らずに応募してご迷惑をおかけしました。お恥ずかしい限りです」
フィオナは謝りながら顔から火が出そうだった。
早く回れ右して帰りたい。
そんな胸中だったが、美形の面接官レナードはテーブルに置かれた紙をめくって見たあと、フィオナに険しい視線を向ける。
小鳥も首を傾げてフィオナを見ていた。可愛い。
いくら彼の視線が怖そうでも、この子のおかげで気にならなかった。
「履歴書に書かれていた取得済みの魔法ですが、これは本当ですか?」
おそらく疑われているのだろう。
一般より多い魔法を覚えているから。
「はい、本当です」
「我々は魔法省の人間です。我々に嘘を言えば、罪に問われるんですよ。今ならまだ目を瞑れます」
「嘘ではないです。信じられないかもしれませんが、本当です」
レナードはため息をつく。
「いくらあなたが主張しても、鑑定すれば一発で嘘かどうか分かるんですよ」
「まぁ、そんな魔法があるんですか? 是非可能なら見てみたいです」
知らない魔法にフィオナは興味津々である。
目を輝かせて答えると、レナードは戸惑った顔をする。
「レナード君、一体何が問題なんだい? 一般開放された階層で得られる魔法なんて、たかがしれているだろう?」
面接官の中で一番年長者の中年男性が不思議そうにレナードに尋ねていた。
「それがですね、彼女の取得数が異常なんです。一般開放の階層で確認されている魔法は五十二個ですが、彼女はそれを超えた六十個の魔法を申告しているんです。常識で考えてありえないんですよ」
「なんですって!?」
「なんだと?」
レナードの言葉に二人が驚愕する。一方で、フィオナ自身も驚きの情報に目を丸くしていた。
全種類網羅しているかも、と思ってはいたが、まさかそれ以上だったとは、当の本人であるフィオナも予想していなかったからだ。
「どれどれ、私が知らない魔法があると言うのか?」
中年男性がレナードから履歴書を取り、読み始めていく。
「なんだ? "乙女たちの黄色い悲鳴"などという魔法は!?」
「室長、この"女三人いれば姦しい"も私初めて見ましたよ」
横から女性も履歴書を覗き込んでいた。
三人は顔を見合わせる。
前者はメイドのメリルと一緒のときに現れた魔法の本で、後者はメリルと他のメイドも加わった三人の若い女子たちのメンバーだったときに現れた本だった。
「カサドラ嬢、質問だが、"乙女たちの黄色い悲鳴"という魔法は、一体どういう効果があるんだ?」
室長が興味深そうに尋ねてくる。
「声が変わる魔法です。良かったら、試しにかけてみましょうか? 数時間くらいで効果が切れます」
「おお、それは面白い。やってくれたまえ」
『乙女たちの黄色い悲鳴』
フィオナが古代語で室長を指差しながら魔法を唱える。
すると、指先から小さな光が放たれて、室長に飛んでいき、彼の身体に吸い込まれる。
「もしもし、声が変わったかな?」
「ブッ!」
室長の声を聞いた隣の女性が、勢いよく吹き出して笑っている。
フィオナはもう慣れたから冷静でいられるが、中年の男性が強制的とはいえ、女性の声色のように裏声で話す姿は滑稽である。
「本当だったのか」
唖然とした様子でレナードがつぶやく。頭の上の小鳥は毛づくろいを初めていた。
「プププ、室長のおかげで彼女の履歴書が真実だと証明されたようですね。それにしても、未確認の魔法の名前が女性に関係するものが多いですね。もしかしたら、迷宮に入る人の条件を満たせば、現れる本の種類が変わるのかもしれない……?」
「若い未婚の女性ばかりで迷宮に入ったことはあったか?」
「私の記憶ではないですね。ベテランの方が必ずついてましたから」
「なるほど、それは盲点だったな」
フィオナを放っておいて、興奮気味な面接官たち。
他の初見の魔法にも喰らい付いている。
フィオナはその間どうしたら良いのか困っていた。
階層の件で失格なのは確かなのだ。
「あの私、帰ったほうがいいですか?」
フィオナの申し出に面接官たちは速攻で首を横に振る。
「とんでもない! いや失礼したね。あなたから色々話を聞きたいくらいですよ」
「でも室長、彼女は規定によれば、不採用なんですよね。到達階層を満たしてないので」
「古代語のテスト結果は、どうだったの?」
室長に問われて、女性はぺらぺらと机上の紙をめくって確認する。
「えーと、あら結構いいじゃないですか。これは合格基準を満たしてます。満たしてないのは階層だけですか。えー、これで切ってしまうのは、あまりにももったいないですね。個人的には」
「うーん、レナード君はどう思う?」
話を振られた彼は、じっと探るような赤い目をフィオナに向けてくる。
小鳥も一緒に見つめてくる。
彼の沈黙は息が詰まりそうなほどフィオナに緊張を与えていた。
固唾を飲んで見守っていると、彼の眉間に皺が寄る。秀麗な顔が苦痛に歪む。
「私が責任を取りますので、彼女を採用してください。正式な司書ではなく、見習いとしてなら規定に反しないでしょう」
フィオナは実は夢ではないかと、彼の言葉をすぐに信じられなかった。
「なるほど。見習いね。それなら臨時採用でなんとかなるわ!」
「うむ、それなら大丈夫だな。カサドラ嬢、正規な魔法司書ではなく、見習いの身分で良ければ、我々と一緒に働かないか?」
室長の言葉を聞いて、やっと採用の話が本当なのだと理解できた。
「あの、こちらこそよろしくお願いします。一緒に仕事に携われるなんて光栄です」
思わず涙ぐみそうになる。
まさかストレス発散の奇行が評価されるとは思ってもみなかったからだ。
ただ、和かな二人とは異なり、採用を決定してくれたレナードの表情がひどく強張っていることに、フィオナはこのとき強く違和感を覚えていた。




