第三話 地下図書館迷宮にて
フィオナたちが現在滞在するフェルテニア王国の王都テロンには、地下迷宮がある。
この迷宮は悪戯な賢者とも呼ばれる知恵の女神が作ったとされ、本の魔物しか現れず、その本の魔物を指定された呪文で倒すと魔法を取得できるので、人々はその迷宮を図書館迷宮と呼んでいた。
「もー! むかつくのよぉぉぉ!」
うら若き乙女の声とは思えないほど感情的な声が地下迷宮に響く。
ここは一般人も多く訪れる地下第一階層だ。
人々が簡単な生活魔法を習得できるように第二階層まで広く開放されている。
岩を切り抜いてできたようなダンジョンは、ところどころ設置されている灯りのおかげで視界が確保されている。
そこでランダムに現れる本たちを求め歩くのだ。
そのダンジョンの一角。人気のない場所で、フィオナは現れた本をタコ殴りにしていた。
令嬢らしいお淑やかなスカート姿で、こんな攻撃をしているなんて誰も想像できないだろう。
フィオナのか細い腕で殴られ続けた本は、頑丈な製本だったにもかかわらず、ぼろぼろになり、縫われていた背表紙すら剥がれ落ちて、元の姿を留めていなかった。
すると、大きな破裂音とともに本は消えてしまう。
普通の令嬢には、こんな攻撃力はない。
フィオナの特殊な能力ゆえだった。
「ふー、すっきりした。はー、やっぱり止められないわね」
フィオナは額に流れた汗を爽やかにハンカチで拭う。
世の中の本はたいてい貴重で高価である。
だが、フィオナはその本をストレス発散でぼろぼろしていた。ある種の背徳的な刺激があったのだ。
「もー、お嬢様、誰かに見つかったらどうするんですか」
「そうならないようにメリルが見張ってくれているでしょ。いつも付き合ってくれてありがとうね」
婚約してからというもの、フィオナは嫌なことがあると、この図書館迷宮でストレス発散をしていた。
今日もメイドのメリルに同行を頼んでいた。
オレンジ色のおさげ姿とメイド服が可愛い同い年の女子である。
若い令嬢が一人で外出してはいけないと両親に言われたので、使用人をお供にしているだけなのだが、付き合わされているメリルは心底嫌そうである。
「もー、お嬢様、万が一バレたら大変なんですよ」
「ごめんね、今日もケーキを沢山おごるから!」
「し、仕方がないですね。お嬢様も息抜きが必要ですからね」
メリルが大の甘党で簡単に説得できて良かった。
一緒にカフェに入っても、年が近いので会話が尽きずに楽しいので、お互いに良いことしかなかった。
でも、迷宮内で本の魔物をこんな風に傷つけてはいけないと言われている。
『武器を持ち込み、本を攻撃するなかれ』
この女神の言葉があるからだ。
本の魔物の中でも、魔法を扱う本は、一瞬だけ中の文章を見せる。
その文章を暗記して本の魔物に向かって唱えれば、魔法の取得条件を満たし、魔法が使えるようになるのだ。
だから、本来なら本を攻撃する必要はない。
しかも、迷宮の本は女神が作り出した魔法を授けてくれる尊き本。
本に女神の名前まで刻まれているので、そんな大事な本を粗末に扱うなんてありえない。
そんな価値観が常識なのだ。
でも、たまたまフィオナは知ってしまったのだ。素手で殴っても大丈夫だと。
それどころか、フィオナが拳で本に一撃を喰らわせたところ、いつも速攻で逃げる本がなぜかフリーズして動かなくなり、なんと本は「読み放題」状態になったのだ。
今回ぼこぼこにした本は、既に取得済みだったので、速攻で倒しても問題なかった。
しかも、フィオナが以前倒した本も同じように何度も見かけたので、次から現れないという制約がないのだ。
つまり、倒したい放題なのである。
「それにしてもあの男、腹が立つわね。なにがお母様を見倣えよ! 魔法司書の経歴があるくらいすごいのに、真似できるわけないじゃない!」
「いえいえ、お嬢様も十分すごいですよ。魔法司書を狙ってみたらいかがですか? ちょうど新聞で募集しているのを見ましたよ」
「えっでも、本をぼこぼこにできるだけで、そんなにすごい魔法を覚えてないし……」
図書館迷宮は地下に行くほど難易度の高い魔法を習得できる。
でも、地下に潜るためには、一般開放されている階層以外は、魔法司書の同行が必須で、それには高額な料金がかかる。
貧乏男爵家には、厳しい話だった。
魔法司書にとても強い憧れはあったが、採用はとても無理だと思っていたのである。
「そんなことはないですよ。お嬢様が今まで何回こちらに来ていると思っているんですか! 来るたんびに本から魔法を取得して、この階層の魔法は全部網羅しちゃったんじゃないですか? それは誇ってもいいくらいですよ!」
「そ、そうかしら……?」
「そうです。ダメ元でもいいじゃないですか」
力強いメリルの褐色の瞳に背中を押された気がした。
「そうね。分かったわ! 私、やってみる!」
メリルのおかげで、ちょっとだけ自信がついてきたフィオナは、あの婚約者に脅されているのもあり、こうして難関の魔法司書の仕事に応募してみたのだ。
そして、あの面接官である、小鳥を乗せた美貌の男性と出会ったのだった。




