第三十五話 質疑応答
「それでは、質疑応答に入らせていただきます。何かご質問のある方は挙手をお願いします」
事前にレナードから話が通っていた関係者は取り乱すことなく、ドラン夫人を無視して会を進行していく。
「無視するんじゃないわよ! これはドラン家への侮辱だわ! さっきのあの人殺しの息子のことも含めて名誉毀損として訴えさせてもらうわ!」
「会の進行を妨げるのはお止めください。この場には高貴な方々のご臨席を賜っております。適切な態度を取れない場合は、退場をお願いする場合がございます」
ドラン夫人は注意が効いたのか、真っ赤になった顔を歪ませたまま、黙って再び椅子に腰を下ろした。
「では質問のある方は、挙手をお願いします。はい、そこの方どうぞ」
「人物記は事件の証拠にもなる魔法ですが、どうやって本が本当に女神の魔法で作られたのか、分かるんですか?」
「神々の魔法で生成されたものには、その神の名前が刻まれます。それは修正や加工は不可能なんです。この人物記は魔法の仕掛けがあり、かつ女神の名前が刻まれている。これにより、女神の魔法で作られたものという証明になります。ご理解いただけたでしょうか?」
すると、参加者の視線がドラン夫人に集中する。
先ほどの質問で夫人の主張が完全に論破されたからだ。
周囲はヒソヒソと眉を顰めて夫人のことを話している。
夫人は顔を真っ青にして伏せ、身体を震わせていた。
他の参加者たちが普通に質問を続けてくれるので、会はつつがなく進行し、無事に閉会することができた。
来賓が会場を去ったあと、参加者たちが続々と退席する中、婚約者のダミアンがフィオナのもとに駆けつけてくる。
すかさずレナードが彼との間に立ち塞がり、触られないように守ってくれる。
「フィオナ、お母様のせいで大変なことになったけど、僕は全くの無関係なんだ! 親が罪を犯しても子供には関係ないよね!?」
泣きそうな顔でフィオナに縋る彼は、何も知らない人から見れば親のせいで人生を狂わされた可哀想な子だろう。
フィオナはニッコリと笑う。
「ええ、私は親がなんであろうと子供には関係ないと思います」
その言葉を聞いて、ダミアンは嬉しそうにする。
「でも、私はあなたが嫌いなので、そちらの有責で婚約を破棄したいと考えています」
フィオナの声は先ほどの拡声器の魔法のせいで、まだ大きいままだ。
「ぼ、僕が嫌いだって!? 婚約者なのに!?」
「まぁ、私たちは好き合って婚約したわけではないですよ。ドラン家から我が家に経済的な脅しがあって断りきれずに婚約しただけです。それでも私なりに義務を果たそうとしましたが、あなたは私のことをずっと無能だと言って貶してきました。そんな人を好きになるわけないでしょう」
「君が無能なのは事実だろう!? 奉公先で高価な道具をよく壊してクビになったんだから!」
「私が魔法の道具を壊してしまったのは、強すぎる魔属性に対する攻撃力のせいです。事情があったのに、あなたは私をよく調べもせずに無能だと断じました。他にも無能だから私の有責で婚約破棄をし、壊した道具の賠償金もあるから愛人になれと脅してきましたね。あなたを嫌いな理由をご理解いただけましたか?」
フィオナの事情を聞いた周囲の人々は、ダミアンをヒソヒソと非難し始める。
「ぼ、僕はそんなことを言ってない! 言ったのはお母様だ!」
「チチチチ!」
ダミアンが叫ぶと、フィオナの前にいたレナードの小鳥が、彼の頭の上で鳴いていた。
「あら、ドラン夫人だけでなく、息子のあなたも嘘つきなんですね。もうお話することはないです。夫人と一緒にお屋敷にお帰りになったらいかがですか?」
「そ、そんな……! 君に捨てられたら僕はどうしたらいいんだ!」
ダミアンがしつこく迫ろうとするので、レナードがサッと身を挺して彼の邪魔をする。
すると、一人の妙齢の女性がフィオナに近づいてきた。
以前フィオナが奉公でお世話になった家の夫人だ。
招待状を送ったから、わざわざ足を運んでくれたようだ。
「お取り込み中、失礼します。カサドラ嬢、お久しぶりね。先ほど賠償金と言ってましたけど、カサドラ嬢は当家に賠償する必要はないとお伝えしたかったんです」
「そうなんですか? ドラン夫人から賠償金の話が出ていたので、発生していると思ってました」
「魔法を使っているうちに効果がなくなっていくので、使い古した中古にそんなに価値はないんですよ。あなたの給料と相殺して話は済んでいたんです」
「給料が払われていたんですか? 知らなかったです」
「あら、そうなの? ドラン家から花嫁修行の一環でカサドラ嬢を送ったのだから、給料はドラン家に小切手で送って欲しいと頼まれてましたのよ。婚家から報酬を出すところもあるので、特に不審に思わず処理したのだけど、他の家でも同じことをしているか調べたらいかがかしら?」
「はい、お気遣い感謝いたします」
すると、会場には他にもフィオナの招待状を持って元奉公先の人が出席していて、全ての家で賠償金が発生していなかったことが分かった。
フィオナが手紙に賠償金のことを書いていたので、戸惑っていたのだ。
「給料まで私を騙して取り上げていたなんて!」
ダミアンはこれ以上何も言えなくなったのか、弱々しい足取りで逃げるように会場をあとにした。
でも、帰った屋敷では、おそらく治安隊が待っていると思うが。
弟は男爵家嫡男として、平民のメリルではなく、婚約者のメリルが行方不明になったと治安隊に相談したのだ。
フィオナが成果発表会の妨害をドラン家の夫人と息子から指示されたと下剤の薬と共に。
弟のアルに昨日提案されたときは、弟とメリルの関係に驚いたが、フィオナが彼女をよく振り回したせいで男運が下がって出会いがないと思っていたので、二人のことはすごく嬉しかった。
あとで色々二人から話を聞くのが楽しみである。
「カサドラ嬢、これでようやく婚約破棄できそうで良かったな」
声をかけてくれたレナードの表情も明るい。
「はい! セレストさんのおかげです」
フィオナの話す声がようやく元に戻っていた。
まだまだ事務的な手続きはあるが、これでお互いに大きな肩の荷が降りた感じだ。
フィオナはレナードと労り合うように見つめ合う。
『カサドラ嬢! 婚約破棄するとお聞きしました!』
聞き覚えのある声にフィオナの肩が大きく震える。
なんと一旦会場から去ったはずの来賓客フユキが再びフィオナの前に現れていた。




