第34話 特級の資格改定(新規追加)
成果発表会の片付けが終わったあと、フィオナたち探索班は魔法省の上層部の一人である部長に呼ばれて会議室に集まっていた。
部長はとても貫禄のある中年男性だ。
彼は探索班の班員たちを一人ずつ見つめたあと、おもむろに口を開く。
「みんな、この度はご苦労だったな。魔法省の悲願となっていた第十五階層のボス本から魔法を取得できただけでなく、新発見も複数あり、魔法省はかつてないほど活気づいている。君たちの功績は、今までの規則では測れないほどだ」
彼の目はとても輝いていて、心から言葉を発しているようだ。
今回の探索の結果を多くの人に喜んでもらえて、フィオナは本当に良かったと心から感じる。
すると、部長はフィオナに視線を送る。
「特にレナード君が見つけたカサドラ嬢という逸材を上級魔法司書という肩書のままでいいのかと、魔法省の上層部内で議論になったのだ。レナード君の報告にあったとおり、カサドラ嬢の力がなくては、今回の功績は成し得なかったと」
それを聞いてフィオナは頭を振った。
「いいえ、それは違います。私はボス本攻略の全てを担ったわけではありません。ほんの一部です。ほとんどは歴代の魔法司書たちのおかげです。先人たちが資料をたくさん残してくれたおかげで、私たちは迷宮内をスムーズに進め、ボス本の一ページを確認できただけで、魔法の取得呪文を完成させることができたんです。そして、その全ての呪文をセレストさんが完璧に覚えて冷静に唱えられなければ、成し得ることができなかったんです」
フィオナの言葉を聞いて、部長はフッと楽しそうに笑った。
「君のような新人が入ってくれて、本当に良かったと思うよ。確かに、君の言うとおりだ。これまでの皆の積み重ねがあってこそだ。だが、カサドラ嬢のような優秀な人材は他に例がない。魔法本を簡単に撃破する攻撃力だけでなく、無駄本や食堂での大発見は、女神にも注目されるほどだからだ。だから、魔法省として、君を正当に評価するためだけでなく、身分を守るためにも規則を改めることになったんだ」
「規則を改める、ですか?」
フィオナの問いに部長は頷く。
「そうだ。通常なら、ボス本の魔法を取得したことで特級の魔法司書だと定めていたが、カサドラ嬢のように魔法本を一人で撃破するような突出した能力で迷宮攻略が可能であるなら、特級相当に該当すると規則が変更になったんだ」
その部長の言葉を聞いて、ハンスとガザフが「おお」と反応して感嘆していた。
一方でフィオナは、そんなすごい階級に自分が本当になっても良いのかと、驚きのほうが強かった。
「特級魔法司書は、国外への永住は認められない。これで海外からの求婚は跳ねのけられる」
部長の言葉を聞いて、フィオナはヤマト国のフユキの存在を思い出していた。
「それに、国内の王族からの求婚も断れる。魔法省の後ろ盾があると思って安心していい。なにしろ、魔法省のトップは王弟殿下だ」
「え?」
心当たりがないフィオナが目を丸くすると、横に着席していたレナードが耳打ちしてくる。
「さっき来賓で第二王子殿下が出席していただろう? カサドラ嬢のことを尋ねられたらしい。是非君に会いたいと言っていたらしいぞ」
「はぁ」
フィオナは思わず顔を顰めていた。
それを見た部長は苦笑いを浮かべる。
「貴重な人材をわざわざ他に取られるなんて、とんでもない話だ。カサドラ嬢だけでなく、君たちにはとても期待しているよ」
そして、帰り際に部長はレナードをわざわざ呼び止める。
「レナード君、母君の無実を晴らせて良かったな。私もあの発表会は胸がすく思いがしたよ」
その部長の言葉にレナードは言葉を詰まらせていた。
黙ってうなずいて、口元を手で覆う。彼の肩が震えていた。
やっとの思いで、「ありがとうございます」と返事をする彼に近くにいたハンスが背中をさすり、ガザフが肩を軽く叩く。
フィオナは彼を再び抱きしめて慰めたい衝動を我慢しながら、彼に自分のハンカチを渡していた。
長い間、辛い戦いを続けてきた彼にこみ上げるものがあるのは当然だ。
みんな彼を温かく見守っていた。
そして、やっとレナードが顔を上げたときには、もう晴れやかな顔をしていた。
「すまない。心配をかけたな」
そうフィオナを見つめながら話す彼の目元はすごく優しい。
フィオナは彼から愛情を感じて、応えるように彼をまっすぐに見つめながら微笑んだ。
※
廊下に出てフィオナたちは歩いていたが、フィオナは先ほどとは一変して浮かない顔をしていた。
だから、他の班員たちは、どうしたのかと気にかけていた。
探索課の執務室に戻る途中、フィオナは戸惑いがちにハンスに視線を送る。
「一緒に探索したのに、ゴードンさんだけ特級でないなんて、なんか納得がいきません」
すると、ハンスは安心したように破顔する。
「なんだ、そんなことを気にしていたんだ。僕のことは大丈夫だよ。むしろ、特級はないほうが楽だからね。この仕事は好きだけど、僕には家庭があるから、そこまで仕事人間でいたくないんだよ。ボス本から魔法を取得する前に、レナード君から事前に声をかけられたけど、わざわざ断ったくらいだしね」
「そうだったんですか?」
「そうそう、だからカサドラ嬢、素直に喜んでいいんだよ」
「はい、ありがとうございます! 嬉しいです!」
フィオナが速攻で満面の笑みを浮かべると、分かりやすい子だなぁとハンスたちもつられるように笑っていた。
※
フィオナが自宅の屋敷に帰ると、家族みんなが出迎えてくれる。
「メリル! 良かった!」
フィオナは真っ先に彼女に抱き着いていた。
彼女には巻き込んでしまったことを真っ先に謝った。
メリルはメリルで、弟のアルとの関係を黙っていたことを謝罪してきた。
どうやら男運最悪の加護がなくなった影響なのか、メリルは他の男にデートに誘われたことがあったらしい。
それを見て密かにメリルに想いを寄せていたアルは、彼女に告白をしたとのことだ。
「姉上に寄ってくる男たちを一緒に追い払っているうちに、その、だんだんメリルに惹かれていったんです」
てっきりフィオナのせいでメリルの男運を悪くしたと思っていたので、フィオナをきっかけで二人が結ばれたと思うと、すごく嬉しかった。
「実はね、私からもめでたい知らせがあるの! 私もね、魔法司書の中でも一番上の特級になったのよ!」
「ええ! すごいじゃない!」
家族みんなが驚愕していた。
「確かに、フィオナの功績はすごかったものね。階層の攻略という、すごい実績があったものね。よく頑張ったわ」
みんなしみじみと納得して感動していた。
そんな雰囲気の中、フィオナはなんでもないように次の話題をさらっと切り出す。
「あとね、前にうちにご飯を食べに来てくれたセレストさんと婚約破棄後にお付き合いすることになったの」
「えっ!?」
家族全員が一斉にフィオナに視線を送り、ガン見する。
その目には、喜びよりも心配が先に来ていた。
「あっ、大丈夫よ! 普通に両想いになっただけだから! 無理やりは迫られてないわよ!」
フィオナが必死に説明して、やっと問題ないと受け止めてくれたようだ。
「良かったわ。ようやくフィオナが自分の人生を選べるようになって」
母がしみじみと呟くので、フィオナも同じように感慨に浸る。
ダミアンとの婚約はフィオナの本意ではなかった。
花嫁修行として高位貴族の屋敷で奉公に上がったが、それもフィオナの好みと適性とは全く異なる仕事だった。
無理やり決められて、従わざるをえなくて、フィオナ自身の気持ちはどこにもなかった。
でも、今は違う。
ずっと憧れていた魔法司書として働き、自分でも信じられないほど評価された。
しかも、想いを寄せていた人と気持ちを通わせることができた。
「本当に、私はとんでもなく幸せで、すごく自分らしく生きられているわ」
フィオナの目元に涙が溢れる。
そんなフィオナを母は黙って抱きしめてくれた。
※
そのあと、知らせを受けたフィオナの父が領地から速攻で王都までやってきた。
「さぁ、ドラン家に婚約破棄をしに行くぞ!」
「あなた、関係書類は既に全部用意したわ。散々下位貴族のうちを馬鹿にした態度をとっただけでなく、フィオナを散々苦しめてきたんだから、毛を全部むしり取る勢いで賠償金を請求してやってちょうだい!」
「当たり前だよ!」
ドラン家は脅迫まがいの婚約だけでなく、フィオナを不当に貶めた。
成果発表会のあと、元奉公先から丁寧な手紙をもらったのだが、ここにも予想外なことが書かれていたのだ。
奉公先がよその家の婚約者を預かる場合、その子がフィオナのように身分差の婚姻で高位貴族の生活に耐えられないと判断したとき、その子のためを思って低評価をつけることがあるらしい。
要は、周囲がその結婚を止める意味もあるらしい。
特にフィオナの場合、魔法の道具を壊す以外は真面目に働いていたが、目に輝きが全くなかったので、本人は全く結婚に前向きではないと分かったようだ。
「普通の方なら、それで結婚を諦めるのですが、まさか脅して愛人にしようと考える方々いるとは思いもしませんでした」
そう手紙に書かれていて、フィオナたちはさらにドラン家の非道さを理解してしまったのだ。
母は弁護士まで用意して、その人と父がドラン家に向かった。
フィオナは母と留守番だ。
無事に帰ってきた父によると、ドラン伯爵しか屋敷にいなかったらしい。
夫人は逮捕。息子のドランは事情聴取で治安隊に連れて行かれたようだ。
消沈した伯爵と手続きを交わして、無事に婚約破棄に同意する書類に署名してくれた。
慰謝料や賠償金も父が請求したどおりに払う代わりに、ドラン家のことを今後他で話さないでほしいと要求されたようだが。
「確かに、終わったことをいつまでも話すのは良くないですよね。婚約破棄したことだけ周知しますね」
フィオナは仕事が楽しくて仕方がない。
ドラン家のことは、もう過去のことになっていた。




