第三十三話 届けられた弁当
「もしかして、ドラン家から何か言われたのか?」
いきなり核心を突かれて、フィオナは返答に困ってしまった。
視線を逸らし、ただ頭を下げる。
「今は言えません。すみません、失礼します」
そう言って去ろうと席を立ったときだ。
「分かった。打ち合わせしよう」
レナードの手がフィオナの肩に乗せられていた。簡単に逃げられないように。
「そんな、セレストさん忙しいのに」
「ゴードンさん、悪いが会議室を確保してくれ」
「そんな、私のために貴重な時間を使うなんて!」
フィオナが慌てて遠慮するが、近づいてきたガザフにまで逃げ道を塞がれ、フィオナを連行しようとレナードとは反対側の肩を掴まれる。
「カサドラ嬢があの目立つ弁当を持たずに死んだ目をしていたら、誰だっておかしいと思うぞ。ほら、移動しようぜ」
ガザフに言われて気づいた。弁当を忘れたことに。
いつも出勤するときにお供をしてくれて、あの重い弁当を運んでくれたのはメリルだ。
そして、魔法省の前に来たとき、メリルはフィオナに渡してくれるのだ。
「お嬢様、いってらっしゃいませ」
そう優しく言葉を添えて。
彼女のオレンジ色のおさげ髪は、いつもお日様に当たるとキラキラした綺麗で、はにかむピンク色の頬はとても血色が良くて健康的で、一緒にいて元気をもらえる。
たまに素っ気ないのは照れ隠しで、フィオナのことをいつも気にかけてくれて、子供の頃からフィオナのそばにいてくれた親友でもある。
思い出しただけで駄目だった。
我慢しきれず、涙がぼろぼろと溢れ出す。
フィオナは泣いたまま周りの人たちによって移動させられる。
気づいたら椅子に座らされ、そのまま号泣していた。
ひとしきり泣いたあと、やっと落ち着いてきて、話せるようになっていた。
「ずびまぜん。ご迷惑をおがげして……」
「大丈夫だから、落ち着くまで無理して話さなくていい」
レナードの穏やかな声のおかげで、少しずつ気持ちが元に戻ってきた。
前回の探索チームの三人が会議室に集まってくれていた。
「実は昨日、ドラン夫人に呼び出されたんです」
フィオナはこんなに迷惑をかけてしまった以上、このまま隠しておけないと、正直に打ち明けた。
「マジひでぇな!」
ドン引きしながら憤ってくれたのはガザフだ。
「人質をとって脅迫なんて犯罪じゃないか……」
血の気が引いているのはハンスだ。
「俺の亡き母もあの女のせいで罪をなすりつけられたんだよ。あの女なら、やりかねない。すまないカサドラ嬢、俺のせいで、こんな目に遭わせてしまって」
暗い顔をするレナードにフィオナは慌てて口を開く。
「いいえ、悪いのは全部ドラン夫人です! 今日はなんとしても夫人の罪を暴きましょう! メリルなら、危険をきっと回避できるはずです。私は彼女を信じてます」
「ありがとう、カサドラ嬢」
フィオナの言葉にレナードは目を細める。
「そうか。レナードとカサドラ嬢が協力体制にあるって聞いていたが、そういうことだったのか。婚約者の母親の罪を暴けば、あっちが原因で婚約破棄できるからな」
フィオナはガザフに何も説明してなかったが、今までのやり取りで気づいたようだ。
「そうなんです。彼は母親と一緒に私のことを責めたてて、愛人にしようとまでしてくるので、縁を切りたいくらいなんです」
「あー、そうだよな」
ガザフまで納得の非道なドラン家だ。
「でもよ、どうしたらいいんだ? カサドラ嬢の言うメリルさんがあっちに人質に取られているわけだろ?」
ガザフが心配そうな目をフィオナに向けてくる。
そのとき、部屋の扉がノックされる。
「お取り込み中に失礼します。カサドラ嬢はいますか?」
探索課の人が、わざわざ訪ねてきた。
「はい、何のご用でしょうか?」
「カサドラ嬢の使用人からお届け物がありました」
そう言っていつもの大きなお弁当と手紙を渡される。
その手紙を読んだ瞬間、フィオナの顔に歓喜の色が浮かぶ。
「お嬢様へ
メリルです。先ほど屋敷に無事に戻ってきました。
ご心配かけて申し訳ございません。
実は昨日のうちに逃げようと思えば逃げ出せたんですが、発表会当日まで何もしないで相手を油断させたほうが良いと勝手に判断して脱走を今日まで待ちました。
お嬢様が今日まで耐えてきたのですから、私も協力したかったんです。
きっとお嬢様のことだから、泣いているかもしれないので、新しいハンカチも袋の中に入れてあります。
どうか自由を勝ち取ってください。
追伸
おぼっちゃまの作戦を聞いて私も驚きました。隠していたわけではないのですが、ご不快だったことでしょう。申し訳ございません。あとで説明させてください。」
最後の文章を読んでフィオナは笑みを浮かべる。
成果発表会が終わったあとにメリルと弟と会うのが楽しみだ。
「メリルは自力で脱走して、家に帰ったみたいです」
フィオナが心底安心して笑顔で説明すると、ガザフが目を丸くする。
「はぁ!? 自力で脱走? メリルさんって何者なんだ?」
ガザフの言葉にフィオナたちは苦笑する。
「私並みの能力をメリルもたぶん持っていると思うんです。ちゃんと確認したわけではないですが、魔法省に入る前に私が加護を取得していたときに、たいていメリルもお供でいたものですから」
「カサドラ嬢並みの攻撃力があるなら、全然心配なかったんじゃね?」
「私もメリルなら大丈夫だと信頼はしていたんですけど、メリルは私みたいに本と戦っていたわけではないですし、悪意のある相手に囚われていたわけですから、万が一のことがあったらと怖くて仕方がなかったんです。無事で本当に良かったです」
メリルはただのメイドなのだから、荒事には無縁で、脅されて彼女もとても怖かっただろう。
「すみません、家の事情でお時間を取らせてしまって」
「いや、カサドラ嬢が元気になってなによりだ。さぁ、これから発表会に備えるとしよう」
みんなレナードの言葉に頷き、それぞれ持ち場に戻っていく。
いよいよドラン夫人の過去の罪を暴くときがきたのだ。




