第24話 決戦前日☆
夕飯後にレナードによって再び鑑定をしてもらったところ、フィオナの攻撃力は無事元どおりになっていた。
「むしろ前よりも上がっているな」
「食事がすごくおいしくて豪華だったからでしょうか? すごい力が漲る感じで、元気もりもりです!」
フィオナは食事の心配がなくなり、次の日の朝食を楽しみにしながら、その日の夜はぐっすりと眠った。
それ以降の道のりは順調で、フィオナたちは予定どおり第十五階層までついに辿り着いた。
休憩所に到着したのは、夕飯前の十八時の鐘が鳴る前だ。
食堂の時計を見れば十七時半だったので、荷物を慌てて下ろし、壁にある絵を見てテーブルに皿などをセットし出す。
時間に余裕がなくて急作業だったが、みんな慣れたもので、手分けして行動する。
最後の小皿を置いたのが一分前でギリギリだったが、なんとか椅子に座る。激しい緊張の中、息を凝らして待てば、お待ちかねのご馳走が目の前に現れた。
「こんな大きな海老は見たことがないわ!」
半分に切られた見事な海老に白いソースがかかっている。
添えられた野菜の彩りも洗練されている。丁寧な仕上がりだ。
出来立ての湯気が上がっていて、見ているだけで口の中で涎が出てくる。
今回もフィオナたちは豪華な食事に舌鼓をうつ。
「こんなに食事が美味くて贅沢できると、つい迷宮に長居してしまう人が出てきそうですね」
「いや、そんな楽しそうに長居できるのはカサドラ嬢だけだと思うぞ」
「レナードと同感だ。明日は最深部のボス本との戦いだと思うと、あまり食欲が湧かないな。てっきり途中で新人に泣きが入って引き返すもんだと思っていたから、正直ここまで来ることを全く想定していなかったぜ」
食事をするガザフの表情は暗い。
「そういえば私はボス本との戦いは初めてなんです。今回のボス本を突破するために歴代の魔法司書たちが百年も挑み続けているなんて、どれほど強敵なんでしょう。私がお役に立てればいいのですが」
フィオナにとって未知の敵だ。
できるだけ前情報はあるにこしたことはない。
「食後に打ち合わせをしよう。それまではこの食事を楽しむことにしないか?」
「そうだな。せっかくカサドラ嬢が楽しみにしていたのに、暗い話をして悪かったな」
「いえ、大丈夫です。それだけ明日は大事ということですから」
フィオナは気合いを入れて食事をとる。少しでも攻撃力が上がるように祈りながら。
「カサドラ嬢。良かったら、僕の分のデザートを食べないかい? さすがに毎日甘いものを食べたら年齢的にキツいから」
「ゴードンさんありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね。このケーキ好きなので嬉しいです」
フィオナはデザートの生クリームたっぷりのフルーツケーキを二人分も食べられて不謹慎だと思いながらも喜んでいた。
「好きなら、俺の分も食べていいぞ」
スッとレナードもケーキの皿を差し出してくる。
「えっ、いいんですか?」
「ああ、俺は美味しそうに食べるカサドラ嬢を見ているだけで十分だ」
「あ、ありがとう、ございます」
なんかとんでもなく恥ずかしいことを言われた気がするが、気のせいだろうか。
レナードは特に何も変わった様子はなく、いつもどおりだが、ハンスがニヤニヤしてフィオナを見ている。
意味もなく、意味深なことを言わないで欲しいわ!
顔が熱く感じながら、フィオナはケーキにフォークを刺して食べ始めた。
食後にお茶を自分たちで淹れて飲みながら明日のボス本戦についてフィオナたちは話す。
「ボス本はとにかく攻撃力が強すぎる。複数人で防御魔法を使っても、あっという間に防御壁を壊される」
レナードが腕を組んだ状態で眉間に皺を寄せながら説明する。
頭の小鳥が座り込んで大人しくて寝ているみたいだ。
「しかも、ボス本の使う魔法はひどく強力でね、特に第十五階層は火水風土の四元素全てを使うから、元素に合わせて防御魔法を使わないと攻撃を防ぎきれない。見極めが必要なんだ」
ハンスもヒゲを撫でながら難しそうな顔をしている。
「そうそう、防御魔法をひたすら使うだろう? すぐに魔力が切れて部屋の外に撤退しても、背後は書斎部屋で、そこで本に囲まれてとどめを刺されるってわけだ。ボス本の攻略がなかなか進まない理由がこれなんだ。だから、誰も行きたがらないのに進んで参加するレナードはかなりの変人扱いだったぜ」
ガザフに酷評されたレナードが彼をジロリと睨む。ガザフは視線を逸らし、わざとらしくとぼけていた。
「なるほど。それなら書斎で私が本を一掃するのは正解だったわけですね。あと、偶然連続で魔法を使うときに魔力の消費を軽減する加護をもらえて良かったですね。おかげでボス本攻略が楽になります」
「ああ、カサドラ嬢のおかげで以前とは状況がかなり好転している。我々が気をつけるのはボス本からの攻撃のみだ。なんとか本を読むために尽力しよう」
死に物狂いの読書の時間がいよいよ明日到来だ。
フィオナはようやくボス本の実態を理解したので、みんなより遅れてやっと緊張してきた。
「ボス本は他の本よりも非常に分厚く、ページも多い。読み取る作業は非常に困難だ。カサドラ嬢の活躍には期待しているが、敵はとても手強い。無理は決してしないでほしい」
「セレストさん、ありがとうございます……」
レナードは自分の目的よりも部下のフィオナの身を案じてくれる。
そんな彼の優しさに改めて気づいて、彼のためにも頑張りたいと強く感じる。
もし今回失敗しても、魔法司書に正式になれたことでダミアンに評価され、愛人は回避されるはずだ。
でも、あんな性格に問題があって顔だけしかフィオナを見てない男と結婚するなんて、拷問だと感じるくらい嫌だ。
万が一、結婚が決まってしまい、式の準備が始まったとき、ますます彼と縁が切りづらくなる。
ダミアン母の罪を暴くためには、この階層の魔法が必要なのだ。
しかも今回失敗して、後で挑戦した他の魔法司書に魔法を取られると、作戦に支障が出るのではないだろうか。
だから、今回の探索を成功させて、さっさとダミアンと婚約破棄したいとフィオナは考えていた。
「おい、大丈夫か? 何かかなり思い詰めてないか?」
何も知らないガザフがフィオナの暗い顔に気付いたようだ。
心配をかけないように笑顔を浮かべる。
「すみません、色々と考えてました。明日は頑張りましょうね」
フィオナは密かに気合いを入れる。
絶対に本を拳で大人しくさせてみせると。
でももし——。それが本当に無理なら、母に厳しく禁じられている方法を使うしかない。
そう考えていた。
※
レナードは食堂から部屋に下がったフィオナを見送った。
油断しないで欲しいと第十五階層のボス本の危険性について伝えたが、彼女の思い詰めたような表情を見て、怖がらせてしまったのかと後悔の念が湧いてくる。
怪我をしないように、ただ警戒して欲しかっただけなのだが、説明の難しさを感じる。
今までのように彼女は拳で直接本を攻撃するはず。
しかし、接触の機会が多いほど怪我はしやすくなる。
心配でたまらなくて、無理をするなと言葉が自然に口から出ていた。
彼女なら本を止められ、本を読むことを可能にしてくれる。
その期待を叶えて欲しいと願っているにもかかわらず、それ以上に彼女に傷ついて欲しくなかった。
いつもなら明日が待ち遠しいはずなのに、レナードは入り混じる感情に戸惑っていた。




