第23話 夕飯の結末
お昼の鐘が聞こえてくる。
迷宮の時計は十二時を指している。
フィオナはお粥以外の食材で試してみたが、鑑定の結果は少し良くなっただけで、前の調子が良かったときとはほど遠かった。
食堂にメンバー四人が集まっていた。
「カサドラ嬢、大変申し訳ない。今回の君の能力の低下は、俺の認識が甘かったせいだ。俺がきちんと加護を調べておけばこんなことには——」
「いいえ、私のせいです。私が大喰らいのくせに舌が無駄に肥えているばかりに粗食に耐えられない根性なしのせいです」
レナードたちは、色々気を利かせて自分たちの食材まで提供してフィオナの食事を豪華にしようとしてくれたのだ。
でも、どうしても、乾物、乾パンなどの保存食ばかりで、味が二の次なのだ。
フィオナの味覚を満足させることができなかった。
「本当にごめんなさい」
日帰りでないと役に立たない能力と分かり、レナードとの約束を果たせなくなった。
しかも、せっかくの婚約破棄のチャンスが、あと一歩のところで消え失せた。
フィオナの落胆と失意は非常に大きかった。
「少し一人にさせてください」
フィオナは個室に逃げるように向かう。レナードの呼び止める声が背後から聞こえたが、足を止められなかった。急いで扉を閉めたあと、堰を切ったように泣き出した。
感情のままに声を上げて泣き叫び、抱えきれない辛さを吐き出すように涙を流し続ける。
やがて、落ちるところまで気持ちが落ち切ると、今度は加護の理不尽さと厳しさにも不満が募り、憤りを感じてくる。
「こんなに立派な宿泊施設まであるのに、なんでご飯は用意してくれないのよ!? あの壁にある絵のようにご飯があれば問題は解決したのに!」
フィオナはそこまで口にして、ふと気づく。
無駄本のように何か条件次第で、食事が得られるのではないかと。
「もしかして、食堂も女神の仕掛けがあるのかも!?」
思いついたら居ても立っても居られず、フィオナは部屋を飛び出した。
「セレストさん、聞いてください!」
「死にそうなほど暗かった新人が元気に戻ってきたぞ!?」
ガザフはフィオナの姿を見て、慌てて席を立つ。
「どうしたんだ、カサドラ嬢」
同じように驚いたレナードも席から立ってフィオナを出迎える。
彼は無言でハンカチを出したと思ったら、フィオナの目元を拭いてくれる。
「大丈夫か?」
フィオナの顔色を窺うように尋ねられる。かなり心配かけてしまったようだ。
「ご心配をかけてすみません。もう大丈夫です。それよりも、この三つの壁の絵、とても怪しいと思いませんか? 美味しそうなご馳走の絵です」
「そ、そうか?」
フィオナが勢いよく話しかけるので、レナードの腰は引き気味になる。
「絵の中のテーブルと時計は、ここの食堂のレイアウトと同じです。使われている食器も、全部は把握していませんが、たぶん食器棚に同じものがあると思います」
「すまない、結論を言ってもらえないか?」
「ご飯も、条件を満たせば出てくるのでは?と思ったんです」
フィオナを見下ろすレナードの表情が固まった。
「今朝、時計の針と同じ六時の時間に着席していましたが、それだけでは何も起きなかったんです。だから、他にも条件があると思うんです」
「ある前提で考えるんだな」
「そうです。絶対あります。こんなに快適な休憩所なのに、ご飯だけ用意されてないなんて不自然です。しかも、メニューが異なる三食の絵まで各階層ごとに用意されているんです」
熱弁するフィオナに対して、見下ろすレナードは逆に静かだ。
彼は考え込むように眉間に皺を寄せる。
「……チャンスは十八時の夕飯のときだけだ。成功したら、探索は続行するが、失敗したら探索は中止する。それでいいか?」
「はい! ありがとうございます!」
フィオナはやる気に満ちた声で返事をした。
「食事が絶対あるなんて、常識を打ち破ってきたカサドラ嬢だからこそ説得力があるよね」
そう話すハンスは、にこにこと微笑んでいる。
「着席以外の条件か。というか、この絵を真似してみればいいんじゃね? 飯以外で」
絵を見ながらガザフが言う。
「それ、すごくいいと思います! 食器を並べてみますね」
みんなで手分けして食器探しが始まる。
まず仔牛の丸焼きがのった大皿を探したら、食器棚に仕舞われていた。
他にも食器を探せば、絵と同じものが確かに存在していた。
「本当にあるな。絵と同じ食器が」
「カテラリーも忘れないでね」
「おい、ナプキンも使っているぞ」
失敗は許されない。そんな緊張感があり、絵をくまなく調べて、何が使われているのか把握して、同じものがあるか探した。
すると、台所と食堂内を調べたら、全て合致するような道具があったのだ。
見つかった物を使って、テーブルの上を絵と全く同じ配置にする。
何度も点検し、完全に用意し終わったあとは、時間が来るのを待つだけだ。
それまで時計を気にしながら、各々時間を過ごした。
やがて、時刻は十八時をもうすぐ迎える。
食堂のテーブルに着席して、フィオナたちは固唾を飲んで卓上を観察していた。
結果が怖くてフィオナは両手を顔の前で握りしめ、目を瞑って成功を祈っていた。
耳に聞こえるのは、迷宮内の鐘の音だ。
誰も何も話さなかった。
ところが、香ばしい脂の匂いを感じて、フィオナは目を開ける。
先ほどまで空だった皿の上に豪華な食事が贅沢に盛られていた。
みんな唖然として固まったまま食卓を見つめ、次に互いに顔を見合わせて、頷き合う。
やがて、沸々と湧き上がる興奮によって、金縛りが解けたみたいに感情を露わにする。
「やりましたわ!」
フィオナは思わず拳を握りしめて叫んでいた。
「結果は予想していたとはいえ、やっぱり新人ヤベェよ」
ガザフは引き気味に笑う。
「迷宮の歴史をまた変えたね。僕はすごい瞬間に立ち会えてすごく光栄だよ」
感慨深そうなのはハンスだ。
「カサドラ嬢の最後まで諦めない心は、本当に尊敬に値するぞ」
レナードの感心した声を聞きながら、フィオナは涙を流していた。
「すごく美味しいです」
「食べてるのかよ!?」
ガザフの突っ込みどおり、フィオナは泣きながらひたすら食べていた。
「夢にまで見た仔牛の丸焼き、もうたまりません!」
ナイフとフォークで切って自分の皿に取り分けては、口に入れる動きが止まらない。
「パンも焼き立てなんですよ! ふわふわですごく香ばしいんです!」
「泣くか食べるか、忙しいやつだな」
ガザフの呆れた声が聞こえてくる。
「カサドラ嬢の様子から、食べても大丈夫みたいだね」
それぞれ食事に手を伸ばしたときだ。
「あっ、レルトニーさん、その果物はダメです!」
「あ? 新人が独り占めする気か?」
ガザフがムッとした顔をする。
「違います! それだけ絵にはないんです。なんか怖くないですか?」
「うわっ、それは絶対ヤバい予感しかない。教えてくれて助かったぜ」
置いたはずのない皿の上に山盛りの果物があったが、絵にはデザートはタルトしかない。
フィオナたちは怪しい果物をテーブルの端に避けて、夕飯を食べ続ける。
「特に違和感はないな。美味しく食べられる」
レナードはまじまじと観察しながら口にしている。
「女神の魔法はすごいね」
「腹がいっぱいになったぜ」
それぞれが満腹になり、全員がテーブルから席を立ったときだ。
残っていたおかずと皿や使ったナプキンなどが綺麗さっぱり消え去ったのだ。
怪しいと疑っていた果物だけが残っている。
「どういうことだ?」
レナードが果物に手を伸ばして触れたときだ。
指先が触れたところから果物が崩れ去り、粉々になっていった。
レナードが指で粒を摘んで確かめる。
「これは砂だ。食べなくて正解だったな」
みんなレナードの言葉に顔色を悪くする。
「明日の予定だが、朝食後にすぐ出発する。明日中に第十三階層まで行こう。明後日には第十五層に到着したい」
「確認だけど。それだと帰りの分の日程を含んだら、滞在期間が八日ギリギリにならないかい?」
「ああ、上が長期滞在を許してくれなくて実はもう日数に余裕はない。できるだけ先を急いで欲しい」
食事の問題で余裕が全てなくなってしまったのだと、フィオナは理解して俯く。
「でも、もしかしたら、ボス本を倒したら、なんとかなるかもしれない。ボス本を倒さないと行けない部屋の奥に二つの扉が見えたんだが、その扉の一つに"地上行き"と書かれていたんだ。一気に上がれる階段があるのかもしれない」
「なるほど。その推測があっていることを祈っているよ。帰るだけでも一苦労だからね」
ハンスの意見にレナードは苦笑する。
「ギリギリのスケジュールになって申し訳ないが、俺はカサドラ嬢ならやれると信じる。迷宮の中では、君は何でも可能にしてしまうから」
「そうだね。異常な魔法数と加護まで取得しているだけでなく、食料問題まで解決したからね」
二人に期待されて、いつまでも落ち込んではいられなかった。
前を向き、フィオナは自分の仕事を精一杯やろうと改めて決意する。
「そんなに褒めてくださって光栄です」
「ああ、よろしく頼むよ。特にボス本はカサドラ嬢の拳が頼りなんだ。まだ本を読んでいる途中だから、ページを破損できない。なんとか動かないように止めて欲しいんだ」
「そうそう、だから攻撃魔法は使えないんだよ」
「なるほど。承知いたしました!」
フィオナは倒せば良いと思い込んでいたので、読むために本を完全に静止させようと改めて心に留めた。
「第十四階層でボス本から魔法を取得してから百年が経っている。十五階層の攻略は魔法司書たちの悲願だ。今回の探索でそれを成し遂げよう」
そう語るレナードの目は真剣で、揺るぎなかった。




