第20話 第十一階層
ボス部屋と思われる広い部屋には何もなかった。
先に下り階段が見えるだけだ。
レナードたちが迷いなく進むので、フィオナも彼らに続く。
階段を降りた途中で踊り場があり、十と十一の数字が壁に刻まれていた。
足音だけが響く中、第十一階層に到着した。
第十階層と同じように白い石畳が敷き詰められた広い廊下が広がっている。
明るい方向へ進むと、大きな吹き抜けがまた見えた。
「第十一階層は、上の階層とは少し部屋の配置が違うが、休憩所は同じようにある。そこまで移動して本日の活動は終了しよう」
「はい」
格子状に整然と作られた廊下を警戒しながら進み、途中で遭遇した本たちを難なくフィオナが対処しながら無事に目的地である休憩所に到着した。
「明日の朝食後に再び活動を再開する。それまで各々休みだ。好きに過ごしてほしい」
リーダーのレナードからの言葉で、フィオナは自由時間だと嬉しくなる。
迷宮内にいるから絶えず緊張はあるが、休憩所は安全だと保証されているので、一息つけるのがとてもありがたい。
「そういえば、あの書斎での謎な声はなんだったんだ? 燃費向上って言っていたけど」
ガザフが先延ばしにされた疑問を尋ねてくる。
「条件を満たすと、女神が加護をくれるんだよ。でも、取得済みの加護について詳しくは話せない。加護が消えてしまうからな」
「おい、それってスゲー大発見だろ!? なんで言わなかったんだよ!」
「本を倒すことが、他の人にはまず不可能だと結論づけたからだ」
頭に血が上った様子のガザフだったが、次のレナードの一言で、一瞬で鎮静化した。
「……ああ、そうか。それもそうだな。それで、燃費向上の効果ってなんだろうな?」
「おそらく、言葉の意味から、良い効果だと思うぞ。前にカサドラ嬢が”モテすぎて困っちゃう”という加護を持っていたが、あれは男運が最悪になる加護だったからな」
「げっ、最悪だな。その加護はもちろん消したんだろうな?」
「ああ、取得した状況は、"未亡人エリザベスと最低な男たち"という本を倒したときで、条件が魅力が一定以上あることだったらしい」
「魅力、ああ魅力ね」
じろりとガザフに見られるので、居心地が悪くなったフィオナは「色々と見回ってきまーす」とその場から逃げた。
言葉どおり、休憩所の中をぐるりと歩いて探索する。
個室があるので、そこにそれぞれ荷物を置き、宿泊に備える。
ベッドには綺麗に整えられた状態で布団まである。清潔そうなシーツには汚れや埃はない。快適に眠れそうだ。
風呂には湯船があり、湯気だった状態でお湯がたっぷり用意されている。
掛け流しの状態で、オブジェの女神像が抱えている壺から、絶え間なくお湯が供給されている。
フィオナは調理道具一式と食材を持って台所に行く。
台所には鍋ややかんなど調理道具が種類豊富に置いてあり、綺麗なので好きに使えるようだ。
ポンプ式の水場があり、そのレバーを下に押すと水が飛び出てくる仕組みだ。置いてある水瓶が綺麗なので、それを使って水を出す。
その水を使って鍋に入れた穀物を洗い、しばらく浸水させる。
刻んであった野菜の乾物を一緒に入れる。干し肉を置いてあった包丁とまな板で刻み、それも鍋に入れる。
フィオナが待っている間にレナードたちもやってきて各自夕飯の用意をしていく。
スープを作るつもりなのか、乾燥した具材を鍋に放り込んでいく。
かまどに薪はあらかじめ入っているので、火付け魔法で火を起こす。
掛け口は二つあるので、その一つに水を入れた鍋を置いて沸かしていた。
フィオナは食材に水を吸わせている間、持ってきた果物をむいてその場で食べていた。
台所が他のメンバーで賑やかなので、フィオナは隣にある食堂に向かう。
この部屋にも三つの絵が飾られている。この部屋と同じレイアウトの食事シーンを描いている。
絵にある時計の時間は上の階層と同じだ。六時と十二時と十八時をそれぞれに絵は指している。
上の階とメニューは異なっている。ここの十八時の夕飯のメイン皿は、仔牛の丸焼きだ。
「うわっ、湯気だっていてとても美味しそう」
柔らかそうなパンも添えてあり、瑞々しい野菜も用意されている。透明なスープには具が浮いている。どんな味がするんだろうかと、想像するだけで涎が口の中で増えていく。
「しかも、デザートはブラックチェリーのタルトだわ」
贅沢すぎる食事内容だ。
観察しているうちに鐘の音が聞こえてくる。
絵と同じように食堂には時計が壁に飾られている。振り向いて確認すると、時計に針は十八時ちょうどを指していた。
不思議なことに、まるで日が沈んでいるかのように天井の明かりが暗くなっていく。
部屋にあった灯りに火をつける。
フィオナは再び台所に戻り、穀物が十分に水を吸って膨らんだのを確認して自分のお粥を作り始める。
鍋を火にかけて沸騰したら、弱火で少し煮込む。出来上がったら味見をして塩気を調整する。完成だ。
台所にあった食器棚にはお皿まで用意されている。パーティでもするかのような大皿から、色んなサイズの皿があった。
ちょうど良い大きさの器を選び、お粥をよそって食堂に行くと、先にスープを作り終えていたレナードたちは乾パンを浸して食べ始めていた。
そこにお粥のフィオナも加わる。
「皆さんの食事はそれだけですか?」
「まぁ、そうだね。変わり映えのないメニューになるよ。しばらくの辛抱だ」
ハンスが苦笑して答える。
「新人こそ足りるのかよ。お粥なんて腹にたまらなくね?」
「そうなんですけど、私の場合、量がないと足りないんです。でも、カバンに沢山は入らないので、水でかさ増しする作戦できました」
「なるほどな。大喰らいは大変だな」
「そうなんですよ。迷宮で本をぼこぼこにするようになってから、食べる量が増えちゃって大変なんです。食べないと痩せちゃって」
心配した母に沢山食べなさいと注意されて量を増やしていったら、現在のみんなにドン引きされるような量になっていた。
フィオナは黙々とお粥を食べていたが、最初は問題なくても、同じものを食べていくうちに、味が単調でしかも大量にあるので、そのうち飽きてくる。
口直し用に塩漬けの野菜でも用意すれば良かったと今さら気づいた。
これを食事のたびに繰り返すのか。フィオナはあと六日間も耐えられるのか自信がなくなってきた。
「そうだ、カサドラ嬢。これをあげるよ」
暗い顔でお粥を口に運んでいたら、レナードが近づき、テーブルの上に小さな箱を差し出してくる。
箱には有名な菓子屋の店名スタンプが押されている。
「ええっ、どうしたんですか。ここのお店の人気なんで、早く行かないと売り切れるんですよ」
「先日家にお邪魔したときに土産までもらったからお返しだよ。いつも迷宮に行くときに自分へのご褒美でお菓子を買っているんだけど、ついでにカサドラ嬢のも用意したんだ。こういうの好きそうだから」
「ありがとうございます。大好きなんです、ここのお菓子」
先ほどまでの憂鬱な気分は吹き飛び、このときばかりは心は嬉しさで満ちる。
笑顔をレナードに向けると、彼もつられたように少し微笑んだ。
箱を開けたら、チョコレートを贅沢に使った焼き菓子だ。
食後に一つ食べると、口の中に甘さと少しのほろ苦さが広がる。絶妙なバランスに舌鼓をうつ。
幸せな時間だ。
食べ終わった頃、レナードに風呂を勧められる。
「新人なのに先に風呂をいただいてもいいんですか?」
「女性は風呂上がりのあとにも時間がかかるだろう? みんなそれでいいかな?」
レナードが他の男性たちに尋ねると、二人はそれぞれ頷いて同意してくれる。
「今日の一番のお疲れは新人だろ? 早く休め」
「おじさんのあとのお風呂に若い子を入れるのは、ちょっと可哀想だよ」
最後にハンスが哀愁を漂わせながら言う。
女神公認のおじさんがまだ後を引いているようだ。
「ではお言葉に甘えてお先にお風呂に入らせていただきますね」
フィオナは食事の後片付けをしたあと、風呂に向かった。
フィオナがいなくなった食堂で、男たちだけで込み入った会話が始まるとは知らずに。




