第十九話 ガザフの再登場
「実は、第十階層以降に行くために、上級魔法司書がもう一人必要だと上から言われたんだ」
執務机に戻ってきたレナードから先ほどの不穏な台詞の意味をすぐに教えてもらった。
「特級の魔法司書以外に、上級魔法司書が二人いればいいと規定ではあるんだけどね」
ハンスが顎のヒゲを撫でながら暗い声で呟く。
「私の経験不足のせいですね」
上の指摘はもっともだと思う。
第八階層ですら、一歩間違えれば危険がある状態だった。
フィオナが上級魔法司書の条件を満たせても、念のために人員を増やせという指示は、安全を考えれば当然だろう。
「誰かあてはあるんでしょうか?」
彼の曇った表情を見て、一抹の不安がよぎっていた。
「それがいつものメンバーがヤマト国との合同研究で人手が取られている状態なんだ」
「まさか、先日会ったあの人の?」
呪われたお面の人をすぐに思い出していた。
「そう、その人だ。本当は俺とカサドラ嬢に指名があったそうなんだが、俺たちは無理だってことで断ったら、別の人に話がいったんだ」
レナードはため息をつく。
「別の人に声はかけてみるが、流石に最深部となると、よほどの物好きしか興味を持ってくれなくてな」
そういうわけで、新しい人員確保のために行動することになった。
「えっ、最深部のメンバー募集? ごめん、ちょっとスケジュールが合わないかな」
また別の人に声をかけるが、
「セレスト君のメンバーに僕が? うーん、ごめんね」
さらに他の人に声をかけてみるが、
「いや、新人を抱えてなんて無理だよ」
全員似たり寄ったりな理由で断られてしまった。
「ど、どうしましょう!? 私の実績がないばかりに足を引っ張って申し訳ないです」
「いや、カサドラ嬢のせいではない。俺の母親の件も少なからず影響はあるんだ。しかし、困ったな」
「うーん、一応妻のアリスにもあてがないか聞いてみるよ」
そのハンスの提案が、まさに一筋の光明になるのだった。
次の日、フィオナが魔法省に出勤したら、話があると会議室に呼ばれる。
そこには、レナードだけでなく、ハンスともう一人の男性がいた。
「全然協力する気はないけど、一応メンバーの一員になってやるよ。ありがたく思えよ」
あのお騒がせな魔法司書のガザフだ。
とりつく島のない態度で、彼からやる気はまるで感じられない。
「ふん、お前の働きなんて期待はしていない。せいぜい足を引っ張るなよ」
レナードも彼に負けず劣らず塩対応だ。
「なんだと? 俺がいなかったら、目的の最深部に行けないくせに」
「そういうお前こそ、俺たちに同行することで、処分を目こぼししてもらえることになっているんだろう? これは取引なんだから、どっちが上とか、そういう話ではない」
「チッ」
レナードの反論にガザフは舌打ちで対応する。
「あの、取引と言ってましたけど、一体何があったんですか?」
「ああ、人事部のゴードンさんもメンバーを探してくれたんだよ。でも、なかなか見つからなかったから、彼に話を持ちかけてくれたんだ。前の勝手に魔法を使った過失をなかったことにしてやるから、探索メンバーになってくれって」
レナードの説明にフィオナは感嘆の声をあげる。
「なるほど、そういう取引だったんですね。それを思いつくなんて、さすがです」
「我が妻ながら、敵に回したら恐ろしいよね」
ハンスがヒゲを撫でながらしみじみと呟くので、家庭での力関係が垣間見えた気がした。
「ふん、人の弱みにつけ込みやがって。カンペを見せて新人に魔法をなんとか覚えさせることはできても、第十階層からはそんな簡単な話じゃない。新人の上級魔法司書をつれて最深部攻略なんて、レナードの頭がいよいよ本格的におかしくなったと噂されてるぞ?」
「まぁ、彼女のすごさは見れば分かる」
「ふーん」
ガザフはじろりとフィオナにぶしつけな視線を向けてくる。
「ただの可愛い子にしか見えないけどな。まぁ、俺の出番になったら、また声をかけてくれ」
「四日後だ」
「は?」
「だから、四日後に第十階層に行く。それまで準備をしておいてくれ」
「そんなすぐにか? マジかよ」
「本気だ。彼女はすぐに慣れる」
「ふん、お前がなんと言おうと、今月だけお前に付き合えばチャラになるだけだから、死なない程度に付き合うだけだ。じゃあな」
ガザフはさっさといなくなってしまった。
こんな険悪な関係で大丈夫なのかとフィオナは心配でたまらない。
「カサドラ嬢、大丈夫だ。あいつも君の実力を見たら、態度を改めるしかなくなる」
「そうだといいのですが。それよりも四日後に第十階層に行くらしいので、今日も頑張って本の猛攻撃に慣れようと思います」
「すまない、無理を言って。弱気な態度をあいつに見せたら、それこそ舐められると思ったんだ。それに、第五階層以降での魔法の取得が早く終わったから問題ないとは思ったんだ。でも、カサドラ嬢は今までどおり、自分のペースでやってくれて構わない」
レナードの優しさと冷静な分析力に触れて、フィオナはますますやる気になる。
「お気遣いありがとうございます」
「というわけで、会議は終わりだ。すぐに迷宮に行こう。時間がもったいないからな」
フィオナたちは今日も第八階層に向かう。
「思ったんですけど、取得済みの本はすぐに倒しましょう。囲まれたらこっちが不利になるので。新しい魔法に出会ったときだけ、本の攻撃を防ぎつつ、カンペを見ながら魔法を唱えます」
「それなら新しい本が出る第九階層に向かおう。前にも言ったが、第五階層から第八階層までは出る魔法の本が同じだからな」
「本の強さは変わらないのですか?」
「八と九では、あまり変わりはない感じただな。第十階層からは明らかに違うが」
話を聞くごとに第十階層は別次元なのだと感じてくる。
フィオナはいつまで加護の効果が通用するのかと、緊張しながら迷宮に向かった。




