第14話 カサドラ家 ☆
「セレストさん、今日はありがとうございました」
買い物が終わって店を出たあと、フィオナが緑色の瞳をレナードに向けている。
まっすぐに謝意が伝わってくる誠実な目だ。
「いや、気にするな。色々と予想外なことがあってお互いに驚いたな」
そう軽口を言って笑うと、フィオナも微笑む。
その眩しい笑みに異国の男も魅せられていた。
「では、また明日職場でお会いしましょう」
「いや、家まで送ろう」
提案に驚いたのか、フィオナは目を見開いていた。
「これで帰りに何かあったら目覚めが悪いからな。無事を見届けさせてくれ」
助けた男に速攻で求婚されている姿を見て、生半可ではない男の引き寄せ具合を実感していた。
あのドラン家と婚約したのは男運が悪いだけではなかったらしい。
「まあ、セレストさんったら、意外に心配症だったんですね」
「君は少しは慎重になったほうがいいと思うが」
レナードの反論に後ろにいるメイドが無言で頷いているので、彼女も色々陰で苦労しているに違いない。
フィオナは美人過ぎるのに警戒心がなさすぎる。
無防備に他の男に微笑みすぎだろう。
愛想を振り撒くのは、問題ない相手に絞ったほうがいい。
「ではご足労をおかけしますわ」
「ああ」
彼女の屋敷は思ったよりも近かったので、徒歩で大丈夫な距離だった。
特に何事もなく家の前に着いた。
古くてこじんまりとしているが、よく手入れされている趣のある一軒家だ。
「セレストさん、良かったら昼食をご一緒しませんか? 今日お付き合いくださったお礼をさせてください」
「いや、しかし——」
急な訪問は迷惑だと思って躊躇したが、一方でフィオナの家庭環境にも興味があった。
迷宮で常識から外れた行動を取り、新発見を続ける彼女の背景を迷宮の探索者として知的好奇心を刺激されていた。
別に彼女に近づきたいとか、異性として見ているわけではない。
「いきなり訪れて迷惑でないか?」
「とんでもないです! 母も喜びます。セレストさんを気にしていたので。メリル、お母様を呼んできてくれる?」
「はい」
「では、お入りください」
外観どおり部屋の中もこじんまりとしていて、台所と食堂が同じ間取りだ。
「あら、よくいらしてくださいましたね。娘がいつもお世話になっております。娘から上司のセレストさんについてよく聞いていたので、お会いできて嬉しいですわ」
フィオナの母親らしい女性がエプロンをしたまま声をかけてくる。
親子なので、目元が彼女によく似ていた。
「初めまして、カサドラ夫人。彼女にはいつもよく助けてもらってます。まだ入ったばかりなのに、迷宮に詳しくて知的好奇心を刺激されています」
「あら、ご迷惑をおかけしてないか心配だったんですけど、お役に立っているようで安心ですわ。良かったら、そちらに座ってくださる?」
椅子を勧められて着席すると、家に元からいたメイドがお茶を給仕してくれる。
「お嬢さんは昔から迷宮に興味を持っていたんですか?」
「ええ、大きくなったら迷宮で魔法を沢山覚えたいと言って、沢山迷宮関係の勉強をしておりました。でも、それで大人しく座っていてくれればいいのに、お転婆すぎて一緒に行動するメリルが可哀そうで、ズボンをはくことを禁止したくらいです」
「もう、お母様ったら余計なことを言わないで」
「あら、セレストさんにはもうすでにぼこぼこの件はバレているんでしょう? なら、今さら隠し事なんて不要じゃなくて?」
母親の切り返しにフィオナは反論できなかったようだ。口をとがらせて黙っていた。
「道理でズボンを持っていなかったわけだ」
「実はそうなんです」
観念したのか、フィオナは正直に答えていた。
「今、パイを焼いていますの。もう少しで焼き終わるから待っていてくださいね」
フィオナの母はそう言うと、再び台所に戻っていく。
「母のミートパイは、とても美味しいんです。たまにしか作らないから、セレストさんは運が良かったですね」
「そうか、それは楽しみだ」
確かに美味しそうな香ばしい匂いが強くなっている。
食卓に出来上がった食べ物が続々と運ばれて、一気に賑やかになる。
遅れてフィオナの弟もやってきて、フィオナ家族三人との食べながらの食事となった。
フィオナは家族に何でも話しているようで、第五階層で魔法を取得中なことも家族は知っていた。
彼女の素直さは、こういう何でも話せる仲の良い家族関係が影響しているのだろうか。
彼らの会話に笑いが絶えなかった。
部屋の壁に飾られた家族の絵、棚に飾られた下手くそな木彫りの置物。大事に埃をかぶらず置かれているので、家族の誰かが作ったのかもしれない。
一つ一つが温かかった。
「セレストさん、お代わりはいりますか?」
空になった容器に気付いたのか、フィオナが声をかけてくれる。
「私に負けずに沢山食べてくださいね」
先ほどからパイ全体の半分を食べているフィオナは、次のお代わりに手を伸ばしていた。
「いつも私が沢山食べるから、もう一つ焼いたものがあるんですよ。気にせず食べてくださいね」
「ああ、ありがとう。もうお腹がいっぱいだから大丈夫だ」
フィオナの口に次から次へと入っていっては消えていくので、その見事な食べっぷりに目がつい向いてしまう。
すると、彼女の顔についた赤いパイの肉に気づく。下に落ちたら大変だと、つい無意識にナフキンで拭っていた。
彼女の驚いた顔で、やらかしたことに気付き、すぐに謝ったが、かなり気まずい。
彼女の顔がパイの肉みたいに真っ赤になっていて大変申し訳なかった。
レナードも彼女の顔をまともに見られなくなっていた。
食事のあと、デザートまで用意されていたので、お茶と一緒にいただいた。
「セレストさんのお母様のことも娘から聞いております。エインズワース子爵夫人のことは、当時話題になってましたから、よく存じておりますわ。娘共々、亡き夫人の汚名の返上を私も願っております」
いきなりの話題で驚いたが、フィオナの母は男爵家は味方だとわざわざ教えてくれたのだろう。
母は宮廷で仕えていた父を早くに亡くしたので、婚前に勤めていた職場に復職し、亡くなるまで魔法司書として働いてレナードを育ててくれていた。
「ありがとうございます。お嬢さんの協力があれば、まだまだ先だと思っていた魔法取得がすぐに叶うかもしれないんです。彼女の望みも同時に叶うかもしれないので、今月の忙しさはどうか目をつぶっていただけますか?」
「今が頑張りどきというわけね? それなら応援するしかないわ。でも、身体には気をつけてくださいね」
「それはもちろんです。身体あっての仕事ですから」
「それなら良かったです。娘をどうかよろしくお願いします。情けないことに親の私では、娘を助けることができなかったんです。でも、あなたのおかげで娘にも希望が見えてきたんです。本当にありがたい話です」
「お礼を言うのは、こちらもです。お互いに望みが叶えばと強く願っています」
婚約破棄の話は家同士も絡む。フィオナが親に話を通しているのも当然だった。
フィオナの母親の口ぶりから、彼女の婚約はかなりの圧力をかけられて結ばれたのだろう。
「セレストさん、私も頑張りますから、引き続きご指導お願いします」
気合いを入れたフィオナの目には、強い意志が宿っていた。
それから帰ると切り出すと、「良かったらパイの残りを持っていって」とフィオナと母が台所に取りに引っ込んでいった。
玄関に残されたとき、メイドのメリルが音もなく近づいてくる。
「お嬢様が自由になった途端、すぐに次の申し込みが殺到すると思うので、優柔不断な方は機会を逃すと思うんです」
「何の話だ?」
「なんでもありません」
メリルがまた音もなく離れていったと思ったら、フィオナたちが紙袋を持って戻ってきた。
「これ夕飯の足しにしてください」
「ありがとう」
屋敷の前まで見送ってもらい、レナードは自宅の寮に戻っていく。
先ほどのメイドの忠告が耳から離れなかった。
次の日、出勤してきたフィオナの様子はいつもと変わりはなく、昨日の礼を改めて言われる。
「実は、昨日セレストさんと別れたあと、弟とメイドと一緒に迷宮に入ったんですよね。おかげで魔法がまた増えました。ミートパイを食べたあとは、攻撃力がいつもより増すみたいで、調子がいいんですよね」
「おいおい、また面白そうな研究材料を増やしても、今は手が回らないぞ」
「ええ、どういうことですか?」
フィオナはきょとんとした顔をしている。
「あくまで推測だが、加護に"みなぎる力は食事から"があっただろう? あれは摂取物を攻撃力に変える効果があったが、食べるものによって効果が違うんじゃないのか?」
「なるほど! さすがセレストさんです」
「褒めても何も出ないぞ」
「それは残念です」
冗談を返してくる彼女が微笑ましい。
彼女は本当に興味が尽きない。




