第十三話 鑑定
休み明けの出勤、フィオナは職場にいたレナードに借りていたハンカチを渡す。
「あの、お礼にクッキーをどうぞ。メイドと一緒に作ったんです。良かったら、奥様とご一緒に召し上がってください」
フィオナがそう言ったら、レナードに変な顔をされた。
頭の上の小鳥まで首を傾げている。
「結婚はしてないが」
「なら、婚約者様でしたか?」
「待て、どこでそんな話になるんだ?」
「昨日、お見かけしたんです。図書館迷宮の受付で。女性と仲良さそうにいらっしゃったので、てっきり……」
「いや、親戚だよ。探索に付き合っただけだ」
「あっ、そうなんですね。失礼しました」
「それより見かけたなら声をかけてくれれば良かったのに」
「いえ、お邪魔しては悪いと思いまして。プライベートなお時間ですし」
女性は誤解だと分かって安心できたが、喜べる状況でもないので複雑な心境を笑って誤魔化すしかなかった。
既婚者ではないなら、恋人はいるのかなんて、知るのが怖くて尋ねられない。
「チチチチ!」
元気に鳴く小鳥が今日も可愛らしい。
「え……?」
なぜか戸惑いの表情を浮かべるレナードと目が合う。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
そう答えるレナードの顔は意味ありげな様子だったが、本人が問題ないと答えたのだから、それ以上は踏み込めなかった。
それから場所を会議室に移動して、テーブルを挟んでレナードと向き合う。
二人きりではない。
先日に引き続き、ハンスが立ち合いとして同席している。
「では、今から鑑定を始める。俺の言葉をそのままゴードンさんに書いて記録してもらう」
「はい、分かりました」
「では、手を出して。魔法の対象者の手を握る必要がある」
「は、はい」
レナードに手を握られて、否応なしに胸の鼓動が激しくなる。
『知恵の女神フェルテナータの名のもとに全てを明らかに。迷宮で得た力を我に示せ』
聞いているだけで、随分と複雑な魔法だ。
よほど取得が難しい魔法だったに違いない。
レナードがじっとフィオナを見つめながら、口を開く。
「加護の名前がやたら多いな。ゴードンさん言うぞ」
「ああ」
「勇敢なる乙女たち、ステータス全て五十プラス」
「……」
ハンスが無言で筆記用具で書いている。
「魔を屠る者、魔法属性に対する攻撃力、プラス千」
ハンスからくぐもった声が漏れた。
「みなぎる力は食事から、摂取物を攻撃力に変える」
「……」
ハンスがカリカリと忙しそうに書き込んでいる。
「モテすぎて困っちゃう、男運が最悪になる」
「え?」
ハンスと同時にフィオナまでも声を上げていたが、レナードは全く動じない。視線はずっと動かずフィオナのままだ。
それから次々と加護を言っていく。
最近取得した"ブラックな職場で生き抜く"で、鑑定は終わった。
「全部でいくつだ? 二十五個か。呪いみたいな加護は、男運最悪なやつか。あとは、ステータス上昇系ばかりだ。道理で魔力や魔法使用回数が優れているわけだ」
レナードは疲れた顔をしているが、口調は楽しそうだ。
「モテすぎて困っちゃうの加護は、取得したときは説明がなくて、効果がそんなひどいものだとは知らなかったんです」
フィオナは話しながら血の気が引いていた。
「早く取得条件をバラしなよ。そうしたら、加護が消えるんだよね?」
ハンスが焦った様子で話しかけてくる。
「そうですね。ええと確か、あのときはデビュタント前で、メリルとこれで良い出会いがあるかもねと笑って話していたんです。倒した本のタイトルは、"未亡人エリザベスと最低な男たち"で、条件はなんだったかしら?」
「それ、忘れてたらマズイやつ!」
ハンスの慌てた声を聞いても、なかなか思い出せない。
帰ったらメリルに聞いてみようかと思ったときだ。
レナードの顔を見て思い出した。
「あっ、そうだわ。条件は同行者の魅力が一定値以上あることだったわ」
すると、フィオナから光が放たれて明るくなったと思ったら、光が集まり、字を空間に綴り出す。
『モテすぎて困っちゃう』
古代文字でそう書かれていた。すぐにその文字も消え、元通りになる。
「今ので加護が消えたのかしら?」
「すぐに調べる」
レナードが鑑定してくれたところ、やはり該当の加護が確かに消えていると教えてくれた。
「もしかして、この加護のせいで、あの人に求婚されてしまったのかしら……?」
「これでご縁まで消えるといいね」
ハンスがしみじみと呟く。
「そうですね」
思わず本音が漏れてしまった。
「あと、セレストさんが言っていた加護で、一つ気になる点があったんです」
「なに?」
「魔を屠る者とおっしゃってましたが、魔物を屠る者ではないんですか? 私はずっと古代語をそうやって翻訳していました」
「ああ、この単語は魔物という意味もあるけど、魔そのものを指す場合もあるんだよ」
「まぁ、そうだったんですね」
「だから、魔法が付与された道具にも、その加護が影響していたと推測される。魔法の道具が壊れたのは、そのせいだったんじゃないか?」
「た、たしかに」
レナードの指摘にフィオナは合点がいった。
「魔法属性に対する攻撃力がプラス千とおっしゃってましたが、その千って、どのくらいの影響力なんですか?」
「それは、普通の数値を見てから推測を述べたいと思っている。だから、次はゴードンさんの鑑定をさせてもらう予定なんだ」
「ゴードンさんも?」
「ああ、そうなんだ。昨日の帰り際にレナード君がやってきて同意書を書かされたんだよね」
同じようにレナードはハンスの手を握って魔法の呪文を唱える。
「やっぱりな。ゴードンさんも昨日加護を取得している。おかしいと思ったんだ。カサドラ嬢だけでなく、全体的に女神のお告げが聞こえたから」
「私だけではなく、同行者も加護を取得できたのなら、もしかして私と一緒に今までいたメイドたちも……?」
「ああ、君によく同行しているメイドも、最悪な男運がついていると思われるよ」
「まぁ! それは大変だわ! メリルに知らせなくっちゃ!」
勢いよく席を立ったら、冷静に制止させられた。
「座りたまえ。そんな今すぐに死ぬような状況でもないだろう? 彼女に男の影はあったのか?」
「そういえば、全くなかったです」
暇さえあればフィオナは迷宮行きに付き合わせてしまっていた。
それ以外の時間は屋敷で仕事をこなしているので、メリルの男運を最低にしているのはフィオナ自身だったのかもしれない。
そう気づいて、フィオナは心の中で彼女に頭を下げるしかなかった。
「なら安心だな」
「焦ってしまって申し訳ないです」
フィオナが素直に謝罪すると、再び話は鑑定に戻る。
「鑑定は本人の能力を数値化して、知ることができるが、数値の平均が百とされているんだ。ゴードンさんの魔力は三百で、一般人よりも多いことが分かる。そんな中、カサドラ嬢の魔力数値だが、加護が色々と加算されて、凄まじいことになっている」
「セレストさん、怖いのでもったいぶらずに教えてください」
「千だ。そりゃあ、疲れないで魔法を連続で使えるわけだ。しかも、抗魔属性攻撃がえげつない」
「聞きたくなくなってきました」
「攻撃力倍増の加護もあったから、二千五百にも上がっていたんだ。そりゃあ、本もひとたまりもない。素手で攻撃できるのは、おそらくカサドラ嬢だけだよ」
「そ、そんな……」
絶句していると、目の前にいるレナードが、身を乗り出してくる。
「ここで新たな懸念事項が発生する」
「なんですか!? これ以上怖い話があるんですか?」
「検証がこれ以上進められない可能性がある。加護の取得が、まず本を倒すことなら、カサドラ嬢しか起こりえない事象となる。つまり、迷宮に来る来訪者には不可能なことなら、検証の許可が上から出なくなる」
「レナード君、それじゃあ今のところ検証できるのは、同行者たちの属性で出現する魔法本が変わる点くらいか?」
ハンスが自分のヒゲに触れながら尋ねてくる。
「そうなんだ。それで許可を貰えたのは、今月中までなんだ。だから来月以降、堂々とカサドラ嬢をつれて迷宮に入る口実がなくなってしまうんだ」
レナードが表情を曇らせる。
「本を倒す方法は素手以外もあるのでは? 例えば魔法には女神は言及されていませんよ?」
「いやいや、抗魔属性攻撃二千五百の一撃で、本が動かなくなる程度なら、どのくらいの魔力で攻撃すればダメージになるのか想像もできないよ」
「なるほど。じゃあ、目的を検証ではなく最深部階層の調査にすればいいだろう? カサドラ嬢の能力なら可能だと申請すればいい」
「なるほど。ゴードンさんの方針で行こう」
「そんな難しい話になるなら、見習いの私は一体何ができるんでしょうか……? やる気はもちろんあるんですが」
見習いの立場がとても足枷になっている。
そう感じての発言だった。
すると、レナードがこちらを見るが、とても気まずそうな顔をしている。
「カサドラ嬢には申し訳ないが、大至急で魔法司書になってもらう必要がある。第五階層で魔法を三種類くらい取得してもらえないだろうか?」
「それは構いませんが、最深部階層はセレストさんのように特級の魔法司書だけが行けるのではなかったですか?」
「特級の俺は確かに必須だが、他は必ずしも特級でなければならないわけではない。でも、カサドラ嬢は経験が足りないと言われるかもしれないが、なんとか申請はしてみる」
「分かりました」
「急に話を進めてすまない。色々と俺に不満はあるかもしれないが、カサドラ嬢の期限の件もあるから、少し我慢してもらえないだろうか」
いきなりレナードがフィオナの顔色を窺うような発言をしてきて、戸惑いしかなかった。
彼に対して不快感を表したことがなかったからだ。
「あの、セレストさんどうされたんですか? 私は別に何も不満はないですよ?」
不思議そうに尋ねると、レナードはますます困惑した表情を浮かべる。
「いや、でも、俺のことが嫌いではないのか?」
「まぁ、誰に何か言われたのか知りませんけど、私は嫌いな方に協力するような人ではありませんよ? 誤解させるようなことを何かしましたか?」
「いや、それならいいんだ。変なことを言ってすまない」
そう答えるレナードの顔はまだ暗いままだ。
「もう、なんですか? そんな顔をされたら、今度はこっちが気になるじゃないですか。セレストさんのことは尊敬してますし、私のために色々動いてくれて感謝もしているんですよ。そんな方に変な誤解をされたくないです」
「あー、すまないが、僕は席を外したほうがいいかな?」
ハンスが気まずそうに苦笑いしている。
「いやいい。女性と二人きりは避けたいからな。彼女の名誉のためにも。ただ、これから俺が話すことは内密にして欲しいことなんだ」
「は、はい……」
「君とは協力し合う仲だから、なるべく隠し事はないほうがいいだろう? だから白状するが、実は俺は嘘が分かるんだよ」
「嘘、ですか?」
「だから、今日カサドラ嬢が俺に嘘を言ったのが気になっていただけなんだ。すまない、気の小さい男で。短い付き合いだが、君の裏のない素直な性格は分かっている。俺に何か原因があって気を遣わせたのかと反省しているんだ」
「私がいつ」
そう言いかけて、誤魔化したことを思い出した。
「いえ、お邪魔しては悪いと思いまして。プライベートなお時間ですし」
ヤキモチを焼いて、話しかけられなかったことを。
これを正直に白状したら死ねる。社会的に詰むヤツだ。
告白したも同然になってしまう。
「す、すみません。確かに誤魔化しましたが、それは個人的な事情なんです。今は言えなくて、すみません」
「事情があって今は言えないか。なら、後なら言えるということか?」
「ええと、そうですね」
「それじゃあ、俺たちの協力体制が終わったら、話してもらえるか?」
レナードはフィオナの嘘を見透かすようにじっと目を見つめてくる。彼の頭の上にいる小鳥も黙って見つめていた。
「は、はい」
誤魔化しは彼には効かないので、そう答えるしかなかった。
フリーの身になったら、告白まがいの白状をしても社会的にセーフなはずだ。
フィオナはそう自分に言い聞かせて、覚悟するしかなかった。




