第十五話 形から入ります
レナードの今後の方針は以下のとおりだった。
「比較的安全な第五階層で新しい魔法を取得してもらう。主に攻撃と防御系だ。第五階層から第八階層までは出現する魔法の本は同じだと、調査がすでに出ているからな」
「はい、分かりました」
先人たちの調査のおかげでフィオナは効率よく動ける。
改めて調査の重要さを実感したのだった。
フィオナは第五階層で魔法をいくつか取得したあと、定時よりも少し早く魔法省の職場に戻ってきた。
「朝にも話していたが、魔法司書の服装の規定について教えよう」
ハンスと別れたあと、レナードの執務机で説明を受ける。
基本スーツだが、黒みたいに暗い色はダメ。
暗いと瞬時に迷宮内で見つけづらいからだそう。
スカートは浅い階層なら構わないが、深くなるごとに本の攻撃が激しくなるため、スカートが捲れる恐れがあるらしい。また、布地に余裕がある服だと、生地を引っ張られる恐れもあるようだ。
そのため、細身の平ズボンを推奨しているとのことだ。
本が服を引っ張るなんて、今は想像もつかないが、そのうち見て分かることはあえて質問しなかった。
「女性なら乗馬用のズボンを使う者も多いな。服に素材強化の付加魔法をつける人もいるぞ」
「素材強化は便利そうですが、私には使えないですね。セレストさんが調べてくれたおかげで、事前にそういうのが分かって回避できてありがたいです」
フィオナの言葉にレナードは「確かにそうだな」と呟く。
「制服は支給されないが、年に一回だけ仕事用の服を新調する際には補助が出る。提携している店があるから、そこを紹介しよう」
「まぁ、補助はありがたいですね。是非お店を教えてください」
「ああ、もちろんだとも。二日後に休みが入っているから一緒に行こう。俺も店に用があったんだ」
休日は義務で週に二日は取らなくてはならない。
取得日はそのときの班によって異なっていた。
「はい、是非! ありがとうございます!」
知らない店に紹介もなしで行くのは勇気がいるので、彼の申し出はとても助かった。
そういうわけで、引き続きレナードたちと第五階層でひたすら魔法を取得した二日後、フィオナはレナードと仕立て屋に行くことになった。
※
休みの日の午前、フィオナがメイドのメリルを連れて待ち合わせ場所に行くと、すでにレナードはいて待っている状態だった。
「お待たせして申し訳ございません!」
足早に近づいた。
レナードの頭には相変わらず小鳥が乗っている。
服装は、ネクタイはしてなくて仕事よりはラフで、上着とスラックスの色は出勤時とは違って暗めだ。
雰囲気が少し違うので、彼が新鮮に感じる。
「いや、俺も来たばかりだ。後ろは誰だ?」
「メイドです。同伴させますのでご了承ください」
フィオナが紹介すると、後ろに控えていたメリルは彼に無言で会釈する。
「ああ、構わないとも。ついてくるといい」
「はい、よろしくお願いします」
フィオナはレナードの案内で仕立て屋に向かう。
「髪型を変えてメイドを連れていると、いかにもご令嬢という感じがするな」
フィオナは仕事の際は髪を地味にまとめているが、今日は髪を下ろしていた。サイドをメリルに編み込んでもらい、髪飾りをつけておしゃれをしていた。
中に着ているブラウスもフリルがついている。
「そうなんです。お母様が体裁を気にする方なので、メイドの同伴は厳しく言われているんです。今日は少しはまともに見えて良かったですわ」
本を殴る日常を思い出す。全く令嬢らしくない振る舞いばかりだから、レナードの感想はもっともだ。
「いや、いつもカサドラ嬢はまともに見えるぞ。今日はその、雰囲気が違っていると思っただけだ。……華やかな装いもいいな」
レナードは女性を褒めるのに慣れてないのか、表情がぎこちなくて視線が少し泳いでいる。
フィオナは年上の彼の不器用さを可愛く感じる。胸が少し落ち着かなくなる。
「ありがとうございます。セレストさんの今日の装いも素敵ですわ」
少し緊張しながら彼のこともお返しに褒めると、意外そうに驚いていた。
「そ、そうか?」
「そうです」
そう頷くフィオナに彼は戸惑っていたが、微笑みを向けると、彼もつられるように口元が照れくさそうな笑みが浮かんでいた。
でも、すぐに気まずそうに視線を逸らすと、レナードは前を向いて歩き続ける。
案内されたお店に着き、ドアをあけようとしたとき、中から誰かが出てきた。
「ひぃ!」
顔色が青ざめた女性が、外にいたフィオナたちに驚いて悲鳴を上げていた。
怯えて逃げるように店から去っていく。
ただごとではない様子にフィオナはレナードと顔を見合わせる。
そっと店の中を窺うと、入り口のそばにいた女性の店員も先ほどの客のように顔色が悪かった。
「あの、入っても良いですか?」
「ええ、きき、気にならなければお入りください」
震える店員の言葉に引っかかりながら、店に警戒しながら入る。
広い店の中には既製品や展示用の服が沢山置かれていた。
テーブルとソファが置かれた空間がいくつかあり、その一つに先客が座っている。他に客はいなかった。
でも、唯一の客の装いが異様だった。
異国のデザインの服だけでなく、お面も被っていたからだ。
白い動物をモチーフにした、目元と耳の部分が赤い、顔が上半分隠れていた。
黒い長髪を一つに束ねた客の首の骨格は、よく見ると太くて丈夫そうなので、どうやら男性のようだ。
彼は何かカタログらしきものをソファに座りながら眺めていた。
彼の周囲には同行者たちがいて、立って彼の背後にいた。
その一帯から冷気のような空気が漂っている。
レナードを見ると、彼も青ざめている。
メリルは特に変わりはない。
「セレストさん、大丈夫ですか?」
「カサドラ嬢は何ともないのか?」
質問に質問で返されたが、彼が戸惑っていたので、まずは彼を安心させるために頷いた。
「私は平気ですよ。ちょっと涼しいくらいでしょうか」
「涼しいか。これほど異様な気配の中で」
「異様ですか?」
「あの仮面の男の方角から、恐ろしい気配を感じる。先ほどから悪寒が治らないんだが。たぶんだが、何か呪われた道具を持っているのかもしれない」
再びお面の男を見ると、彼は顔を上げてフィオナたちを見つめていた。




