第11話 魔法司書
この日の午後、善は急げと言わんばかりに第五階層までやってきていた。
見た目の雰囲気は解放されている階層と変わらない。
階段で降りている最中、踊り場に階層の数値が彫られていた。
見慣れない数に違和感しかない。
「ほ、本当にいきなり来ても大丈夫なんですか?」
「カサドラ嬢は誰よりも強いんだから安心してくれ」
レナードがなんともない口調で答える。
「カサドラ嬢、頑張ってね」
再び付き合ってくれたハンスの言葉が優しい。
ウロウロと歩いていたら、さっそく本が出てきた。
迷宮内の宙に浮いて移動していた。
「あっ、青くタイトルの文字が光ってる! 魔法の本ですよ」
この階層で出会う初めての本だ。
どんな本だろう。思わず観察してしまう。
「あれは、"心が折れないための考え方エッセイ"本だ」
「リアルで欲しい本ですね!」
レナードの解説にフィオナは興奮気味に感想を述べる。
観察していると、本が近づいてきて一瞬だけ本の中身を見せびらかしてくる。
その中で、一部光る文字を発見するが、それを読む前に閉じられてしまう。
本が開いているうちに、光る文字を読み上げれば、魔法を取得できるが、やはりページを巡る速度は一般開放されている階層の本より段違いで速い。さっぱり追えなかった。
しかも、背表紙を向けてくる。逃げる直前の動きだ。
「えいっ! ごめんなさい!」
時間がないので、逃げられる前にさっそく拳で本をのした。
ピクピクと浮いたまま動かない本を好き勝手めくって文字を読む。
すると、『負けないで、応援してる』という光る古代文字が本から発せられて宙に浮かび、フィオナの中に一気に吸い込まれていった。
役目を終えた本は、音もなく消える。
「うわー、正攻法を知っているだけに、このやり方は見ていてもなかなか信じられないよね。普通だったら本の逃げ足が速くて手間取るのに」
ハンスが後ろで唖然としている。
きっとそのうちに慣れるだろう。メイドのメリルのように。
「さっきの本、なんて書いてあったのか気になるので、時間ができたらじっくり読みに来たいです」
「まさかカサドラ嬢は迷宮内に現れる本を実際に読んだことがあるのか?」
レナードがまた驚いている。
「はい、全部の本に女神の名前が刻まれているので、きっと中身もご自分で書かれているんですよね。文才もあるなんて羨ましいです」
「俺はその読もうと思った好奇心がすごいと思うぞ」
「そ、そうですか? えへへ」
レナードに褒められて、フィオナは照れ笑いを浮かべる。
初めての階層で警戒していたが、この階層の本は遭遇したばかりはおとなしめなので、全く危険なく三種類の魔法を早々に取得することができた。
「やはり、この階層くらいだったら、楽勝だったな。階層の縛りはこれでクリアできたから、魔法司書への昇進おめでとう」
「あ、ありがとうございます?」
喜んでいいタイミングなのか自信が持てなくて、つい疑問系で答えてしまった。
そんな間の抜けたフィオナを見て、レナードとハンスは微笑む。
「カサドラ嬢だけだよ。そんな返答をするのは」
「さっそく人事部に申請するから、すぐに戻ろう」
こうして魔法省の職場に帰還したのだ。
「あら、皆さんお揃いで今日はどうしたの?」
三人で人事部を訪れたら、アリスが出迎えてくれた。
「実はカサドラ嬢が魔法司書の条件を達成したから、資格取得申請に来たんだ」
「あら? 今日は鑑定をするってハンスから聞いていたんですが、一体何があったんですか?」
「アリス、実はカサドラ嬢の能力値を見て第五階層まで行っても問題ないとレナード君が判断したから、今日の午後にさっそく行ってきたんだよ」
アリスのレナードへの質問にハンスが答えていた。
「異常な速さね。この階層でも普通ならカンペがあっても、本は一瞬しか開かないし、あの初級泣かせの逃げ足の速さだから、一つの魔法を取得するのに一ヶ月はかかってもおかしくないのにね。第五階層でも彼女のやり方は通用したのね」
アリスが出来たてほやほやの書類を受け取り、確認する。
「確かに条件は満たしてますし、体裁は整ってます。では、さっそく手続きに入ります」
アリスは手際良く事務処理を行い、すぐにフィオナ用の身分証と資格証明書を発行してくれた。
「おめでとうございます。今日からあなたは魔法司書ですよ」
「ありがとうございます」
胸につけ変えた名札から見習いの文字が消えている。
まだ実感はできないが、仕事で認められた魔法司書という肩書きは、無能と言われて何も誇るものがなかったフィオナにとって、特別なものになった。
それを手伝ってくれたのは、嬉しそうに微笑んでくれる周囲の人々。
あのとき、勇気を出して応募して良かったと心から思った。
憧れの魔法司書に自分もなれたのだ。
子供の頃に夢を見て、大きくなったら、図書館迷宮でいっぱい魔法を覚えるのだと、古代語を必死に勉強していたこともあった。
でも、大きくなるにつれ、その実現の難しさを知り、金銭的な問題が大きく立ちはだかった。でも、フィオナは自分の境遇を恨むわけでなく、できる範囲で一般開放の階層での探索を楽しみ、満足していた。
そんなごく普通な自分が、まさかこうして魔法司書として認められて働いているなんて。全く別の世界が広がったような気分だ。
でも、気を抜いている暇なんてない。
フィオナの目標は最深部である。
そこにある魔法の本が目的なのだ。
そこに行くための切符をなんとしても得なくてはならない。
「明日から日帰りで第五階層より下に進みながら魔法を取得するから、そのつもりで来てくれ。じゃあ、明日は迷宮の受付で待ち合わせよう」
「はい、分かりました」
レナードの指示にフィオナは余計なことは言わずに答える。
少しの時間も無駄にはできない。
彼への気持ちは一旦忘れて、目的に没頭しなければ、万が一失敗したときに後悔しそうだったからだ。
フィオナが家に帰ったあと、家族に魔法司書になったことを報告する。
もちろん家族みんなも喜んでくれた。
「これで、あの家から無能だと言われずに済みますね!」
何よりも喜んでくれたのは、散々フィオナの愚痴とストレス発散に付き合わされたメリルだ。
「これで無料で第三階層に行けますね」
「そうですお嬢様、私の付き添いは日帰りができる範囲でお願いします」
「まぁ! あなたたちが困らないようにちゃんと調べておくわね」
弟のアルフィオとメイドのメリルから頼られる魔法司書を目指そうと改めて思う。
「でも、私は愛人回避だけではなく、婚約破棄も目指したいの。だから、結婚話を進められないように魔法司書になったことは今はまだドラン家に伏せて、今月末までドラン夫人の犯罪証拠を探す予定なの」
身内から重罪の犯罪者が出たら、婚約破棄の正当な理由となる。
今のところ、レナードとともに行動できるのは、魔法省で許可された今月までだ。
それ以降は分からない。
フィオナが最深部まで行けるように短期間で到達階層と取得魔法数を増やし、規定を達成する必要がある。
今月中がフィオナの将来を左右する大事な時期なので、忙しくなるとは家族に伝えた。
「あとね、以前取得した"モテすぎて困っちゃう"という加護だけど、実は男運最悪な効果があると判明したの。同行者のメリルもきっと加護を取得しているから、取得方法を他の人に教えて早く消して欲しいの」
「なるほど。ではさっそく」
メリルは近くにいたアルに話して加護を消去していた。
「道理でお嬢様を狙う不埒な奴らが多いと思っていました。お嬢様の見かけに惹かれたのかと思っていたんですが、加護の影響もあったんですね」
「不埒な奴らなんていたの!? 全然知らなかったわ」
「ええ、全部お坊ちゃまと内密に処理していたので」
「まぁ、僕はおまけですけど」
「まぁ! あなたたちに万が一のことがあったら大変でしょ? 今後は危ないことはしては駄目よ?」
「はい、全然危なくないので大丈夫ですよ」
「それなら良かったけど」
慎重なメリルが問題ないと言っていたのだから、心配は杞憂だったと安心できた。
※
翌日、お弁当のリュックカバンを背負って約束どおり図書館迷宮の受付に向かう。
フィオナはすぐにレナードとハンスの二人と合流できたが、二人はフィオナの格好を見て、何か気づいたような顔をした。
「どうかしましたか?」
フィオナの格好は、いつものようにスーツ姿だ。男性二人も変わらない。
「いや、言うのを忘れていたけど、スカートではなく、ズボンのほうが良かったな。明日から気をつけてくれ」
「えっ、ズボンですか? すみません、持っていないので、すぐには用意できないです。スカートのままでは無理でしたか?」
「持っていないだと……?」
「レナード君、見習いだったら服装の規定は必要なかったけど、魔法司書になったら教えないといけないんじゃなかったの?」
「そうだった……すっかり失念していた」
レナードは眉を顰める。
「すまない、今日はその格好でいいが、あとで規定について説明する」
「はい、お手数をおかけします」
まさかその服装のことで、レナードと出かけることになるとは、このときのフィオナは夢にも思わなかった。




