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シープルおばさまは名探偵〜秋のパン祭り殺人事件〜  作者: 地野千塩


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お色気大作戦編-4

 亜弓と幸子がお色気大作戦!をやっているころ、自室の窓辺に張り付いて再びオペラグラスで隣家を覗いていた。


 カーテンは閉め切り、あかりも消えている。人影がない。


 仕事は新作のシンデレラストーリーの企画が通りそうだと亜弓に言われた。本格的に執筆に入ったらよりメンタルが崩壊していく事だろう。本音ではコージーミステリが書きたくて仕方ない。でも事件の捜査でコージーミステリのヒロインも真似事をしている今は、ほんの少しメンタルが安定している。


 こうしてオペラグラスで隣家をのぞくだけでもワクワクする。容疑者に会うのは亜弓と幸子に任せたわけだが、きっと美女二人に容疑者たちも口が軽くなる事だろう。我ながらお色気大作戦はうまいアイディアだと思ってニヤニヤとしてくる。その笑顔は羊の皮はすっかりちと剥がれ、狼のようだった。


 桃果は今日はお菓子作りに熱中し、林檎のパイを作っていた。さっき一欠片だけ味見したが、今までで桃果が作ったスイーツの中で1番美味しいと思える出来だった。亜弓や幸子が帰ってきたらみんなで食べよう。今日は雪也もいい事があったと自慢しにメゾンヤモメのやってくると言っていた。いい事と言ってもたいした事では無いだろうが、雪也にも林檎のパイをご馳走しよう。死んだ夫のの息子で、正直なところとても可愛いとは思えないが、憎んでいるわけではない。


 去年、雪也の母も亡くなってしまった。栗子からすれば死んだ夫の元妻ではあるが、まだ若い息子を一人残しての死を思うと胸が締め付けられる思いだ。夫が事故で亡くなった時は、正直なところ自由になった開放感も感じたが、微妙に近いものの死は栗子を切なくてさせた。


 今日子の事も無念だ。親しかったわけでもない、単なるお隣さんではあるが、死んで嬉しいわけではない。遺族の夫である光の事を思うと、余計に胸が痛む。


 そんな事を考えていると、隣家の前を工藤が歩いているのが見えた。トラブルメーカーのクソジジイであるが、今日は顔色が悪い。心なしかいつも以上に腰が曲がっているようにも見える。


 栗子はオペラグラスをほっぽりだし、すぐさま工藤の元へ走った。


 工藤は今日子に突っかかっていた。お祭りのお菓子を当てたの不正だと怒っていた。


 栗子は工藤が犯人かは判断ができなかったが、今日子と何かトラブルがあった可能性が高い。事件についても何か知っているのかもしれない。


「工藤さん!」


 突然話しかけられた工藤が、明らかにギョッとしていた。


「な、なんだよぉ!」


 いつもは威勢いせいがいい工藤だが、栗子が近づきとのけぞっていた。やっぱり怪しい。コージーミステリでは、町のトラブルメーカーは被害者には良くなるが、キーパーソンになったり、犯人になる事は意外と少ない。コージーミステリ好きの栗子は、工藤は別に犯人ではないと思っていた。


「工藤さん、お茶でもしません? うちの桃果が林檎のパイを作ったんだけど、いかが? トロトロの林檎ソースにシナモンの香り、きつね色の表面、サクサクのパイ生地…。夢のような美味しさ…」


 小説で描写するようにあのアップルパイについて話すと、工藤の表情に変化が見られた。こちらの警戒心を明らかに解いてきている。


「俺は金はないぞ!」

「そんな、お金は取りませんよ。ただ、ちょっとお茶しませんか?」


 ぶつぶつと文句を言っていたが、工藤は大人しく栗子にしたがい、メゾンヤモメの向かった。


 桃果に事情を早口で話し、林檎のパイを切り分けて貰う。


 キッチンでコソコソと工藤は犯人じゃないのかねぇと桃果は話していたが、それを無視そてポットのお湯を注ぎ紅茶を淹れた。手早くお盆に林檎のパイと紅茶を乗せ、工藤の待つ客間に早足で向かった。


「どうぞ」

「おぉ、これはうまそうだ」


 工藤は、珍しく目が輝いていた。やはりコージーミステリに書かれているように美味しい食べ物があると、容疑者達の気が緩むようだ。実際こういった工藤の表情を目の当たりにするとコージーミステリのそんな描写もあながち嘘ではないのかもしれない。


 ああ、コージーミステリが書きたい!栗子は改めてそう思う。


「どうぞ召し上がって」

「悪いな」


 フォークで林檎のパイを崩し食べ始めた。工藤の頰はみるみると緩み始めた。


「うまい」

「よかったわぁ。お口にあって」


 ここで単刀直入たんとうちょくにゅうに今日子の話題に入るのも躊躇われて、お祭りの事でも話そう。栗子がお祭りの出店で買ったキムさんのチヂミやベーカリーマツダの塩バターパンやソーセージパンが美味しいというと、工藤の同意していた。


「マツダさんのところのパンはどれも絶品だ。俺はあそこのファンだ」

「そうなの。私はあそこのシナモンロールが一押しよ! 柔らかで、本当に年寄りに優しい食感で」

「俺もだ! シナモンロールはマツダさん以外のところでは絶対食わん」


 意外と気があってしまったが、チャンスだ。栗子はここでパン祭りのシールの話題を出す。


「工藤さんはお皿たまった? パン祭りの。私は桃果と一緒に一枚もらえる予定なんだけどね」

「おお。俺が二枚貰えるぞ。実わな、こんなのを作ったんだ」


 工藤はポケットの中からA 4サイズの紙を取り出して広げて見せた。


 そこにはパン祭り攻略法がまとめられていて、ベーカリーマツダとケーキ屋スズキのセールの日に買うのが効率的に貯められるとか、おつとめ品セットを買うとシールを一枚余計に貰えるとか栗子も知らない裏情報も細かくまとめられていた。


 同時に工藤のパン祭りの並々ならぬ執念しゅうねんも感じるほどだ。景品の白い皿がいかに割れにくいか、デザインもシンプルで良いかという事も書いてある。これではパン祭りヲタクである。微笑ましいとは思うが、栗子はちょっと呆れてしまった。ただ意外とイラストや字は上手で工藤の無駄な才能を感じた。もっと別なものに生かせば良いのにとも思う。


「じゃあ、今日子さんが景品を当てた時は悔しかったでしょう。しかも私達が景品を貰ったの。ごめんなさいね、知らなくて」

「そうだ! あの女は不正してたんだからな。色目使って松田さんや鈴木さんの息子を丸め込んでシールを貰ってるのを見たんだ」


 その点についてはちょうど今、幸子や亜弓が調査している。調査結果はまだわからないが、この様子だと今日子が不正を働いていた可能性も大かもしれない。何より幸子も見ている。不正というより、今日子は美人ゆえに店員の過剰かじょうなサービスを受けた結果なのかもしれないが。コツコツシールを貯めていた工藤にとって、嫌な気持ちになるのはわかる。


「それは酷いわね」


 栗子は過剰かじょうの痛ましい表情を作って工藤に同情するフリをそた。


 人の良い羊のようなルックスのせいで、工藤は栗子の演技に全く気づいていなかった。それどころか少し心を開き始めている。やはり桃果の林檎のパイの効果大だったようだ。


「パン祭りは俺の唯一の息抜きで楽しみだったんだ。実は俺は病気もあるし、妻もここのところ体調が悪くてな…」


 だからといって今日子にイチャモンをつけるのは違う気もするが、近所のお祭りが唯一の息抜きだった栗子としては、工藤の気持ちも痛いほどわかった。だからこそ、殺人事件に発展するのかは謎だ。そんな騒ぎになったらパン祭り自体も中止になる可能性だってある。それに腰が曲がり痩せた老人である工藤が撲殺ぼくさつするだろうか。殺すにぢても毒を飲ませるとか、突き落とすとか力が要らない方法を選ぶのではないか。


 そして何よりコージーミステリでは、町の嫌われものは犯人にはならない。被害者である事が多い。コージーミステリだったら意外な第三者か、お金か痴情のもつれが動機になり、配偶者はいぐうしゃか仕事相手が犯人という事が多い。


「その気持ちはわかるわ。ねえ、工藤さん。これからもこの家で一緒にお茶しましょうよ。桃果と一緒に。奥さんも体調が良ければ、良いんだけどね。美味しいお菓子と紅茶をみんなで食べれば少しは気が紛れないかしら?」

「う、それは」


 工藤は目が潤み、少し泣きそうな気がした。根っからの悪人ではないようだ。ただ少し正義感が変な方に暴走して、ストレスも多いのだろう。コージーミステリの老人は元気なキャラクターが多いが、日本の老人が寝たきりも多いと聞く。その点もコージーミステリは羨ましい点の一つだったが。


「いつでもいいわよ。私は幸い、仕事の時間は会社員よりは融通が効くし」

「そうだな…。じゃ、たまに伺わせてみ貰うよ」


 工藤は、少し戸惑いを見せながらも栗子の提案に同意していた。


 工藤が帰ると、お茶やお皿を片付けた。結局工藤は紅茶も林檎のパイも完食した。味を絶賛ぜっさんされた桃果は喜んで、林檎のパイを箱に包みお土産もあげていた。


 キッチンの洗い場で皿をスポンジでこすりながら考える。


 根拠はないけど、工藤が犯人の可能性は低い。やはり今日子の不倫相手が1番怪しい。まずこの男を探さないと!

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