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シープルおばさまは名探偵〜秋のパン祭り殺人事件〜  作者: 地野千塩


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お色気大作戦編-5

 桃果が作った林檎のパイは工藤のお土産に消えてしまい、結局手元に残らなかった。


「ちぇ、これだけかよ!」


 小さなカケラほどの林檎のパイを見て、雪也は不満を漏らした。


 夕方、亜弓と幸子も帰ってきて、同時に雪也もやってきた。


 こうして食堂でメゾン・ヤモメの全員と雪也が集まり、軽くお茶をしていた。


 亜弓はすかさず雪也の隣の席をキープしていたが、雪也はぶつぶつと小さな林檎のパイに文句をつけていた。


「雪也くん、ごめんねぇ。またおばちゃん作ってあげるから」


 桃果が宥めて、ようやく雪也は笑顔を見せていた。


「ところでこのあたりで殺人事件があったんだよな」


 雪也はこの話題を出すと、食堂の空気がピリリと緊張感が出る。さっき栗子亜弓から調査の結果を軽く聞いたが、予想通り今日子はパン祭りの不正シールを得ていたようだ。マッサージ師の大地との関わりもあるらしいので、こちらも調査しなければ。


「あれだろ、オバタリア達、ミス・マープルの真似事して殺人事件を調査してるんじゃないだろうね。まさかな!」


 雪也のその憶測おくそくはあながち間違っていないので、亜弓や幸子はお互い顔を見合わせて少々苦い笑顔を浮かべていた。


「やめろよ。警察にまかせろよ」


 もぐもぐと林檎のパイを咀嚼し、あっという間に完食していた。


「ユッキーは何か知らない? 被害者はお隣の香坂今日子さんだったんだけど」

「ふーん。知らんね。俺は動画やラノベ作成で忙しいから、そんな町の事知らんよ」


 幸也にあたってもやはりめぼしい手がかりはなかった。栗子はため息をついて紅茶を啜った。


「雪也くん、ちょっと機嫌いいね? 何かいい事あった?」


 栗子達はきづかなかったが、幸子の目にはそう見えるらしい。というか雪也はいつも自己中心的に振る舞っているので、栗子の目にはいつも機嫌が良さそうに見えるのだが。


「よくぞ聞いてくれたよ、幸子さん」


 雪他はとっても偉そうに胸を張った。その姿が亡くなったモラハラ夫そっくりで栗子はげんなりとした表情を隠せなかった。


「実は俺、株の動画がバズってな」

「本当ですか! すごーい!」


 亜弓は大袈裟おおげさに喜んでいた。栗子や桃果は雪他が言っている事がさっぱり分からず、目を点にそている。

「本の依頼が来たんだ。しばらく執筆で忙しい。やっぱり俺は天才だよな!」


 自画自賛する様子も死んだ夫を連想させ、栗子の表情はどんどん曇っていく。死んだ夫は偉そうでよく栗子を見下していた。あげく陰謀論にハマり、栗子の事を「シープル」と呼んでいた。


 男はもともとプライドが高いとは聞くが、死んだ夫は異様にプライドが高かった。自分を高めるためにそれを使うことはなく、身内に当たってストレスを解消していた。ろくでもない。


 雪也には夫の性質を色濃く受け継いでいるようだ。母親が死んだ事を同情していたが、やっぱりそんな気持ちは失せてくる。


「ねえ、しーちゃん。バズるって何?」

「私もさっぱり。令和ワードわからないわぁ」

「令和ワードって! やっぱりオバタリア連中は、頭がバブルで昭和だな〜」


 こんな口の悪い様子を見ても亜弓の目はハートで、その事も栗子を少々苛立たせた。頭がバブルで何が悪いと栗子は思う。あの頃のキラキラ感に比べれば今は灰色の世界のよう。雪也などの若者は、不景気な日本しか知らないので可哀想に思う。


「バズるっていうのは、ネットで人気になって数多く拡散されることで良いのかしら?」


 ギリ昭和生まれの幸子が、雪也や亜弓に質問した。


「そうそう、そういう意味。なんでバズるっていうかは知らんけどな」


「そんな意味だったの? 普通に人気出るって言えば良いじゃんない」


 バズるの意味が大した事ないと知って栗子は一気に力が抜ける思いがした。


「オバタリア連中だってナウいとか使ってだろう? 親父もよく昭和の死語を使ってたな…」


 懐かしそうに父の話をする雪也を見て、栗子は怒る気持ちは失せてくる。ムカつく事はムカつくが、根っからの悪意はない。


「それにしても執筆なんて大変じゃない、ユッキー! 私が何か料理作りに行ってあげようか?」


 亜弓はぐいぐいと肉食女子の顔を見せていた。ただ、雪也は鈍感どんかんなのか全く気付いていなかった。


「タッキーはお料理できたっけ?」


 つかさず桃果が突っ込んだ。確かに亜弓が料理をそているところ栗子も見た事がなかった。リモートワーク中のお昼は、ほぼレトルトカレーかカップラーメンだった。キッチンに立っている姿も見たことがない。もちろん桃果の手伝いや当番の日は皿洗いもやっているが、率先して料理をやっている様子がなかった。


「えっと、それは」


 亜弓は口籠もり、下を向いている。この様子では桃果のツッコミは、図星だったのだろう。


「いや、別に料理作りに来なくていいから。俺、実はハウスキーパー雇う事にしたんだよ。この町の家政婦の事務所行って契約してきたところ」

「え!? ハウスキーパー?」


 亜弓は動揺しはじめていた。せっかくのチャンスが活かせないようだし、そのハウスキーパーといい感じになってしまったら…と考えられるのだろう。栗子は別に洞察力が高いわけでがないが、亜弓の態度は裏表がなくわかりやすいと思う。


「ハウスキーパーって誰?」


 幸子が聞いた。


「及川さんかしら。私の母も昔お世話になった事がある家政婦さん」


「いや、幸子さん、違う。緑澤優馬みどりざわゆうまっていう男だってさ」


 家政婦が男と聞いて亜弓はあからさまにホッとしていたが、雪也は全く気づいていなかった。


「誰? 聞いたことない名前ね。この町の人じゃないのかな」


 栗子は首を傾けた。


「さあ。でも有能で料理上手なんだって。さっそくカレーやグラタン作ってくれって伝えてあるから楽しみだよ」


 そう言って雪也は無邪気むじゃきに笑っていた。




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