中
「おらおら、ぶっ殺しであげるぜぇ!あっはは!」
大学の裏庭を走り抜ける。あのブロンドの狙いがこっちなら、十条も危ないし離れたほうがいい。夕方になれば運動部が使う校庭を目指す。後ろから俺たちを追うそいつは、乱暴に物や木をぶっ倒しながら走ってくる。同じ人間とは思えない怪力。いや、人間なんだろうか。あんな細腕なのに、恐竜にでも追われているみたいな気持ちだ。そんな奴を蹴りで足止めしたチョコも、なんだか人間とは思えなくなってきた。
「オルトギュウス……」
チョコはぽつぽつと思い出したように呟く。記憶を少しずつ取り戻しているのかもしれない。
「みやびをまもるために、なんとかしなきゃ…。どうやって?…ことば?
ことば……チョコのことば…」
走るチョコは速い。尋常じゃない速さで俺の手を引いている。情けないが引っ張ってくれないと、運動不足の俺は立ち止まってしまうだろう。次第にチョコの呟きも聞いている余裕がなくなってくる。校庭はまだなのか、校庭は…。
ざっ、とチョコの脚が止まる。急に止まられたので、一気に息があがってしまう。その場で膝をついて、うずくまった。
「チョコの…ことば……」
荒い息のまま横目でチョコを伺えば、向かってくるブロンドに視線を向けている。堂々と、射るように。そして浅く息を吸い、柔らかな発音で『言葉』を紡いだ。知っている文章を、読んでいるように。
「—…はためく赤き気配、
来るは激痛、
果てより現る美しき御名、
月に辱めるは友愛、
過ぎ去りし暁の刻印、
優美なる逆鱗と愛された君、
身二つに別たれた路、
一つは快楽、一つは戦慄、
束縛の鎖、哀れみの見返り、
これなるは愚帝に捧げし供物…
我に従い、拘束の指を舐めよ!」
辺りが静かになる。チョコの言葉に神経が集中していく。しかし言葉を向けられているのは俺ではない。俺の後ろに立つ、ブロンドの『オルトギュウス』。言い終わるとぱんと一度手を叩いた。
ブロンドはびくり、と反応する。
「……………ちぇ」
ブロンドの両手首に手枷が現れて、ぱきん、とはまる。目を疑う。その手枷は宙から現れた。事の次第についていけないが、チョコは一段落ついたように息を吐いた。
「チョコ?」
「みやび、ありがと。これでチョコのいうこと、きくよ」
なんで?と聞く前にチョコは倒れてしまった。地に頭を打つ間前に、その躯を受けとめるブロンド…オルトギュウス。
「…弱いくせに。おい、お前。こいつを寝かせる場所に連れてけ」
とりあえず使われてない教室を探す。それまでずっとチョコを抱えているオルトギュウス。椅子にそっと寝かせ、一息つく。
「安心しろよ。もうこいつに手は出さない。拘束されたからな」
ブロンドをぐしゃぐしゃと手で掻いて、軽く欠伸をしている。だめだ、理解できない。
「状況が飲み込めないな…」
チョコは眠ったまま、しかし苦しそうな素振りはない。単に疲れてぶっ倒れたんだろう。突然すぎる展開についていけないが。
「だろーよ。…だが俺はもうあれこれ自由には言えないし行動できない。枷をはめられちまったからな。詳しい事はお預けだ」
そういう訳らしい。幸い次の授業は出席を取らないので、そのまま家に戻った。夕食を作っている最中も、チョコは眠っていた。オルトギュウスはずっとチョコの隣で寝そべりながら欠伸をしていて、全然俺を手伝わない。
「オルトギュウス、お前手伝えよ。腹へってるだろ」
え、と大きな声。目を見開いて驚いている。
「それ、俺の分入ってるのか?」
ため息を吐いて頷く俺。
「なんでお前だけ作らないんだよ、そんなわけないだろうが。とにかく洗い物、片付けてくれ」
「…おう」
珍しく素直に返事をして、流しにある油物やザルを任せた。最初こそやり方を聞いてきたが、吸収が早いのかなかなか手際も良い。チョコより使える奴だ。
「あらいものしてる……」
とか思ってたら、チョコが目を覚ましている。三人で夕食を囲み、事の次第を説明してもらった。
「チョコ、まず記憶は戻ったのか?」
ふるふると首を横に振るチョコ。
「まだ。穴だらけでかんぜんじゃない。よくわからない」
「じゃあ……とりあえず、こいつはなんなんだ?」
俺の作ったロールキャベツを旨そうに頬張っている、オルトギュウスを指差す。
「えと……うーん…」
「俺が喋るよ。もともと喋る機能とか疎いからさ、こいつ」
口の周りにトマトスープを垂らしまくりながら、オルトギュウスは言う。
「この人と俺は一緒に生まれたけど、俺は肉体的に実験過程が長かったから。それに機能が違う。
人間だけど、人間じゃない、んだよなぁ」




