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2/12

優しい投資家

雨は、翌日も降っていた。


まるで、昨日の出来事を洗い流す気もないかのように。


朝食の席で、真由はいつも通りだった。


トーストを焼き、コーヒーを淹れ、僕に笑いかける。


「今日、帰り遅い?」


「たぶん。」


僕は目を合わせない。


昨夜から、僕の中で何かが決定していた。


怒らない。

問い詰めない。

責めない。


その代わりに――


近づく。


会社に着いてすぐ、僕は資料を取り寄せた。


高橋涼太。

三十歳。フリーランスの写真家。

二年前から徐々に仕事が増えている。


スポンサー一覧の中に、やはりあった。


三和クリエイト基金。


うちの会社と業務提携している投資ファンドだ。


僕は理央を呼んだ。


小林理央。財務担当。

数字に強く、僕の意図を読むのも早い。


「三和クリエイト、最近の出資案件を全部出して。」


彼女は少し首をかしげる。


「急にどうしたんですか?」


「新しい企画を考えてる。」


嘘ではない。


企画だ。

ただし、目的が違うだけだ。


数時間後、データは揃った。


涼太の個人事務所は、三和経由で小規模な制作支援を受けている。


額は大きくない。


だが。


依存している。


僕はその数字を見て、初めて小さく笑った。


壊すのは簡単だ。


でも、それでは面白くない。


壊す前に、持ち上げる。


期待させる。


安心させる。


その上で、切る。


夕方、僕は三和の担当に連絡した。


「若手クリエイター支援の枠、拡大しませんか?」


「突然ですね。」


「会社のイメージ戦略です。投資額はうちが負担する。」


電話の向こうで、相手の声が明るくなる。


「それはありがたい。」


もちろんだ。


僕は、優しい投資家になる。


夜、帰宅すると、真由はリビングでスマートフォンを握っていた。


僕の足音に気づくと、画面を伏せる。


「おかえり。」


「ただいま。」


沈黙。


彼女の目の奥に、わずかな緊張がある。


罪悪感か。

それとも、期待か。


「今度、若手アーティスト支援のプロジェクトやるんだ。」


僕は何気なく言った。


「写真家とか、応援したいと思って。」


彼女の肩が、わずかに動く。


「へえ……いい企画だね。」


声が、少しだけ高い。


僕は続ける。


「もし知り合いに困ってる人いたら、紹介してよ。」


一瞬。


ほんの一瞬。


彼女の瞳が揺れた。


でもすぐに微笑む。


「うん。考えとく。」


考えなくていい。


もう、決まっている。


その夜、真由は久しぶりに僕に触れた。


「最近、なんか優しいね。」


僕は彼女の髪に手を伸ばす。


「そうかな。」


優しさは武器だ。


彼女は気づいていない。


僕が怒っていない理由。


僕が冷静でいられる理由。


僕はもう、夫として戦っていない。


投資家として、動いている。


雨はまだ止まない。


でも構わない。


濡れるのは、彼らの方だ。

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