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「いやー最高だったよ、ジリアン、ブラック!ブランクを感じさせない圧巻の演技!ブラボー!」
「は、はあ?」
監督がほくほく顔で近付いてくる。
他のスタッフたちもみんな労いの言葉をかけてくるのを見るに、全員この展開を知っていたようだ。
……たぶん、私以外の全員。
「ちょっと、ここまで芝居だったの?私、聞いてないんだけど!?」
「安心しろ、規定路線だ」
「はあ!?」
と次に進み出てきたのは脚本家のヒゲメガネだった。
「本当は次の話の冒頭でホワイトからジリアンへ告白する予定だったが……まあ、この方がドラマチックでいいよな?監督!」
「はい!撮れ高バッチリです!!」
「……ちょっと、説明してもらえますか」
怒りがふつふつと湧いてくる。
復帰後一発目だからいつもより気合入れて演技をしていたのに、フタをあけてみたら知らされていないラストシーンの追加。
一体どういうことだ!と室長に食って掛かろうとしたら、
「いや、先に治療室に行こう。君の怪我の手当をしないと」
私を抱えたままのブラックがはじめて口を開き、そう言った。
「あ、オレも……」
「いい。おれが連れて行くから」
着いてこようとするホワイトをぴしゃりと跳ねのけ、ブラックは翼を広げた。
「言っただろう、お前に彼女は渡さないと」
そう言い残した後、思い切り地面を蹴ってブラックは飛び立った。
天使の癒しの力で傷口はすぐに治った。
何事もなかったかのようにきれいになった胸元を確認し、服を着替える。
ひょいと衝立から出ると、仏頂面のブラックと目が合った。
「どうしてこんな無茶をしたんだ」
「無茶って?」
「ホワイトの奴に斬られたことだよ!初期の台本では血糊を使うってことにしてたじゃないか!」
「それ、私が断ったの。リアリティがないでしょ作り物の血は」
それに、斬られても死なないんだから平気、と続けるとブラックは頭を抱えた。
「はあああ……そうだよな、ジリアンならそう言うよな……」
「ホワイトも驚いていたけど、演出としては絶対この方がよかったと思う」
「あのな、芝居のためなら何をしてもいいってわけじゃないんだ、もっと自分を大事にしてくれ」
「はいはい」
わかってないよな、ぜったい、とブツブツ呟くブラックを連れ、治療室を出る。
撮影を始めたのは日中だったが、外はもう薄暗くなってきていた。
「で、あのラストシーンについてだけど」
「それだ。おれたちはあのペテン師に騙された」
「は?」
「立ち話はマズイから、一旦この間のダイナーにでも行こう」
とブラックは私の手を掴み、ずんずんと歩き出した。
彼の歩調は速く、なんだか怒っているような感じがした。
「君とおれが『消えた』後、ここで何が起こったか知ってるか?」
ダイナーに到着し、席についてすぐにブラックはそう問いかけてきた。
「知らない。何?」
「空前の恋愛ブームだ」
思わずドリンクを吐き出しそうになった。
何だ、それは。
「れ、恋愛……?子どもたちの間で?」
「そう。最高視聴率を取ったあの回の後、おれと君は正義と悪を超えた愛で結ばれ、駆け落ちしたってことになっている」
「そ、その噂は私も聞いたけど……本気で?」
「ああ、室長が言いふらした」
「……あの野郎」
室長の奴め、やはり私とブラックが生き返ったことを『駆け落ちした』と誤魔化したのか。
どうりで復帰後の天使スタッフからの視線が全体的に生温かかったわけだ。
「で、そのブームを見て天界のスタッフどもは『これは使える』と思ったらしい。つまり『天使戦隊ヘブンレンジャー』は今後恋愛モノに路線変更するそうだ」
「れ、恋愛モノぉ!?」
「もともと正義が悪に打ち勝つストーリーっていうのは『争いを想起させるからよくない』とか言って反対する奴らがいたようだ。だが、正義も悪もお互いを愛し、平和にやろうっていうラブ&ピースな脚本には文句が出なかったらしい」
「…………。」
――『死んだ後も、恋愛はできるかもしれねーぜ?』
脳裏に室長の台詞が蘇る。あれはこういう意味だったのか、くそったれ。
「はあ、確かにろくでもないわね」
ため息を吐きながら、皿に盛られたポテトを取って口に放り込んだ。
塩味が疲れた体に染みわたる。
「だろ?そういうわけだから今すぐ下界に帰ろう。付き合ってられないだろ」
「え?なんで?私はこのまま続けるつもりだけど」
「は!?」
とブラックは大声を上げた。
「っなんでだ!?」
「だって、三か月はここにいるって契約だし」
「そんなのは今すぐ契約破棄だ!アクション俳優として仕事するつもりだったのが、急にそんなことを求められるなんて詐欺だろ!?」
「まあ室長は後で殴るけど、でも一回決めたことはやりきらないと」
「……クソ、君は本当に真面目だな。憎たらしいくらいに」
「逆になんでブラックはそこまで嫌がるの?路線変更はしたけど、仕事としては今まで通り役者を演じるだけでしょ?」
と聞くと、ブラックは苦虫を噛み潰したような顔を作った。
そして低い声で唸るように言った。
「……ジリアンのことだから、今後も真面目に役作りとかするんだろ」
「まあ、そのつもり」
「おれは、演技でもアイツと恋愛なんてしてほしくない」
「アイツって、ホワイトのこと?」
「そうだ。クソペテン師の脚本では、君とホワイトの恋愛を軸に今後話は進む」
「そうなんだ」
だからあの告白か、と思った。
しかしあんな無理やりな脚本で、子どもたちは騙されてくれるか、と心配にもなった。
「……樹里亜は」
「あ、ちょっと!名前」
下界の名前はタブーのはずだ。
こんな人のいる店の中で、と私は慌てたが
「樹里亜は、ホワイトが好きなのか?」
「え」
続いたその言葉に目が点になる。
「確かにあいつは背が高いし、演技力もすごかった。おれにはないものを持っているが……」
「ちょ、ちょっと待ってよ!誰もそんな話してないでしょ」
「じゃあ何でだ?路線が大幅に変わるってのに、ずいぶん前向きじゃないか」
じとっとした目でこちらを睨む男に、嘆息する。
あまりこれは言いたくなかったんだけれど。
「私、今まで恋愛をしたことがないから、これを機にどんなものか学ぼうと思って」
「……学んで、どうするんだ」
「ん?下界に戻ったら広弥と試すつもりだけど」
「!!?」
するとブラックはこれまで見たことのない珍妙な顔をした。
驚きと嬉しさの混ざったような複雑な表情で、みるみる顔も赤くなっていく。
「え、何驚いてるの?告白してくれたんだから、当たり前でしょ」
「な、なら!『ヘブンレンジャー』でもおれと恋愛すればいい!!室長に言って相手役を変えて……」
「ダメだよ。ブラックは人気者なんだから、そんなことしたらアンチに狙われて私のPが貯まらないでしょ」
「く、守銭奴……」
「何か言った?」
「イエ」
とブラックは頭を振った。
そしてソファに深く腰をかけ、天を仰いだ。
「じゃあおれは全力でお前とホワイトの仲を壊す役になるしかないのか……」
「別に壊さなくてもいいんじゃない?ブラックはほら、ピンクと別軸で付き合うとか」
「いやだ、絶対にぶっ壊す。そんでホワイトから君を奪う」
「コワ……たかが芝居なのに」
「芝居じゃない。アイツは絶対本気だぞ、本気で君が好きになったんだ」
「それはない。私、楽屋で敵意を向けられてたんだから」
「はあ……」
分かってないよなあ、とブラックは深いため息を吐いた。
馬鹿にされているみたいで、私はむっと口をとがらせる。
「何。何が分かってないって?」
「自分の魅力だよ。あまりにも魅力的すぎる……君が悪いわけじゃないけど」
「は?冗談でしょ?私そんなモテたことないし」
「そうか、学校で手紙をもらったことは?」
「まあ何回かあるけど。でもあんなのイタズラでしょ?」
「じゃあ、コンビニでバイト中に何人に連絡先渡された?暗い夜道で何人に後尾けられそうになったか知ってる?」
「え」
私は目を瞬かせた。
こいつ、なんでそんなことを知っているんだ。
「ほぼ毎週連絡先つきのレシートもらってただろ、おれが回収してたけど」
「え、もしかしてあの黒フードの客、アンタだったの?」
「そーだよ。全然気付いてなかったみたいだけど」
おれがこれまでどれだけ君につられた害虫を排除してきたか……と遠い目をする男。
それはありがとうと言うべきなのか、それともこいつこそがストーカーだと警察に突き出すべきか。
どうしたもんかと迷ってしまう。
正義か悪か分からない奴とは、きっとこの男のことを言うのだろう。
食事をすませてダイナーを出ると、辺りは真っ暗で空にはちらちらと星が浮かんでいた。
「樹里亜、おれはやっぱり反対だぞ。今すぐに下界に戻った方がいいと思う」
「まだ言ってんの、広弥。何度言われても契約中は仕事を続けるから」
などと言い合う私たちの前に、ふいに人影が現れた。
「……ジリアン」
「!」
反射的に顔をあげると、そこには白髪の男性が立っていた。
「ほ、ホワイト!?なんで」
「心配で着いてきたんだ、君はオレのせいで怪我をしたから」
「それで店の前で待ち伏せか?ストーカーかよ」
嫌悪感を露わに吐き捨てるブラック。
ホワイトもお前にだけは言われたくないと思うが。
「そんなことより……ジリアンは生きているのか?」
「え……」
ドキリと心臓が鳴った。
そうか、ホワイトに聞かれてしまったのだ。
今、私とブラックがお互いの本名で呼び合っていたところを。
彼の真剣な眼差しに誤魔化すことはできないと思い、私は慎重に言葉を選んだ。
「……騙したわけじゃない。自殺して天界でキャストとして働いていたのは本当」
「じゃあ何で」
「生き返ったの」
「は?」
「ホワイト。この天界で生き返る方法がひとつだけあるの、知ってる?」
「おい、ジリアン」
と隣のブラックが止めようとするが私は首を横に振った。
「ブラックも天界に来て最初に室長から聞いたんでしょう?ホワイトが知らないのはフェアじゃないから」
「なんだ、その方法って」
「アンタが下らないって言ってるP集めよ。十万貯まったら生き返れるの。私もブラックもそうして蘇った」
「……そうなのか」
するとホワイトは考え込むような顔を作った。
「ジリアンは自殺したんだろ」
「そう」
「生き返るのが怖くなかったのか?」
核心をついた質問だった。
しかし、私は思いのほか冷静に
「本音を言えば、生き返りたくなかった」
と答えた。
あの世界に絶望した。
どれだけ真面目に頑張っても報われない世界なんていらないと、羽もないのに飛び降りた。
そのことに後悔なんてひとつもしていなかったはずなのに――この黒いヒーローと『ジリアン・ルージュ』が無理やり私を救ってしまったのだ。
「でも色々あって、今ではちゃんと生きてみようって思ってる。ブラックに借りも返さないといけないし」
「…………。」
「もちろん、決めるのはアンタ自身だけどね」
と、おどけた調子で付け加えた。
ホワイトは少し前までの私だ。
私も転生までのわずかの間、子ども向け特撮の役者をやるなんて面倒だとばかり思っていた。
でも私は天界に来て、『天使戦隊ヘブンレンジャー』の役を演じることで、また生きていく覚悟ができた。
できればホワイトもそうあってほしいと、祈るばかりだ。
「……じゃあ、君に『お迎え』は来ないんだな」
「え?まあ、そうだけど」
「それに、生き返った後もヘブンレンジャーを演れるんだ」
「うん、最近そうなったみたい」
「ならよかった、オレにも生きる希望ができた」
と言うと、ホワイトは服の袖をまくってP表示ブレスレットを見せてきた。
「今、八万くらいだ。あと数回の撮影で十万に届くと思うから、オレも生き返ってみせる」
「そう」
よく分からないが、どうやら前向きになってくれたようだ。
よかった、とホッと胸を撫でおろす私に、ああそうだ、とホワイトがまた声をかけてきた。
「これだけは言っておくけどさ」
「何?」
「君を好きだと言ったのは演技じゃないから」
「え」
目を丸くする私に、ホワイトはいたずらっ子のような笑顔を見せた。
「ジリアンと同じ台本しか渡されてなかったんだ、ラストシーンのあれはオレのアドリブだよ」
その台詞に、ヘブンブラックは激怒した。
突然私の手を引き、ぎゅっと腕の中に閉じ込められた。
「ホラ見たことか!だからこいつは本気だって言っただろ!?ぜっったい、ジリアンは渡さないからな!!」
「それを決めるのはジリアンでしょ。これからは遠慮しないから、先輩」
と、私を挟んでギャーギャーと騒ぎまくる男たち。
騒がしい。今日はもう疲れたから帰って眠りたいのに、と思いながら二人の会話がおさまるのを待つ。
――さて、次回はどんな台本になるのやら。




