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休憩が終わり、いよいよメインの戦闘シーンを撮る段になった。
立ち位置のチェックをしている私に、ホワイトが近付いてきた。
「……さっきはゴメン。ちょっと、気が立ってた」
意外に素直に謝ってきた白髪の男に、私は別に、と返した。
「そっちの事情も知らずにベラベラ話してた私も悪いから」
「でも」
「そんなことより、今からの撮影に集中して」
何か言いたげな男を遮り、下から睨みつける。
「今日は私の復帰回。アンタにやる気があろうがなかろうが、半端な真似は許さないから」
「……わかってる」
撮影前のやり取りはそれで終わった。
監督の合図とともに、私たちは『ヘブンレンジャー』の世界へと身を投じた。
「何をやっているの、アンタたち!情けないわね!」
ホワイトに倒され地面に伏せる悪役たちは、突如降ってきた声に顔を上げる。
「そ、その声はまさか」
「あ!あそこだ!」
立入禁止のテープを飛び越え、ひび割れたコンクリートの上にスタッと着地する黒いバイクスーツの女。
「じ、ジリアン様!ジリアン様だ!」
「生きてらっしゃったのか!」
途端、歓声をあげる雑魚怪人たち。ホワイトはぐっと眉を寄せた。
「……誰だ、お前は」
「ジリアン・ルージュ、ヴァリアーの幹部の一人よ。はじめまして新入りさん」
「女……」
「フン、女だからって甘く見ていると痛い目を見るわよ!」
言うが早いか、私はムチを振り上げた。
一振りごとにバチバチ!と電撃が走る。
室長の言う通り、復帰して武器がパワーアップしたようだ……主に、電流の強さという意味で。
「チッ」
ジリアンの巧みなムチの攻撃を受け、防戦一方になるホワイト。
白い衣装をはためかせながら、激しい攻防は続く。
「どうしたの?この程度かしら!」
ジリアン・ルージュは真っ赤な口紅をゆがめてそう挑発した。
だがホワイトも黙ってやられてはいなかった。
「!」
電撃を躱し、一瞬の隙をついてジリアンの手からムチを叩き落とした。
丸腰となった女幹部に、ヒーローは大剣をつきつける。
「お前の負けだ、ジリアン・ルージュ」
「やるわね、ヘブンホワイト。惚れ惚れするような太刀筋だわ」
「減らず口をたたいていないで、自分の心配をしたらどうだ?」
「心配?なぜ?」
だが、自身の武器を失くしたのに関わらず、黒いマントの女は余裕そうに微笑んでいた。
不可解な顔をするホワイトに、ジリアンは一歩近づいた。
「残念ね、アンタはひとつミスを犯したわ」
「は?」
「この私の能力を知らなかったことよ」
「な――」
瞬間、怪しい光に全身を包まれるホワイト。
ジリアン・ルージュの特殊能力、催眠術の発動だった。
紫色の光が収束して元の風景に戻った後、ジリアンは白のヒーローに声をかけた。
「――さて、聞こうかしら。ヘブンホワイト、アンタのご主人様は誰?」
「……ジリアン・ルージュ様、です」
「いい子ね」
己の足元に跪くホワイトの頭を撫で、高らかに笑い声をあげる復活の女幹部。
これにて前半部分が終了だ。
実際の放送ではアイキャッチが入り、CMに入る。
だが、
「このまま次のシーンいくぞ!レンジャーたちは出てくれ!」
監督の指示で撮りの方は続行となった。
「ここか、ホワイトが最後に救援信号を出していたのは」
「工事現場……でも誰もいないな」
「ホワイト、無事だといいけれど」
行方不明になったホワイトを探そうと現場に駆けつけたのは、レッド、ブルー、グリーンの初期メンバーだった。
彼の痕跡を見つけるため、手分けして辺りを見渡す。
すると、すぐにグリーンが声をあげた。
「見て!レッド!」
「どうした、グリーン」
「所々、地面や壁が削れている。ホワイトはここでヴァリアーと戦ったんだわ」
とコンクリートに深く刻まれているキズを指さす。
「やはり、そうか」
「レッド、こっちにも激しく争った形跡がある」
ブルーもそう報告した。
地面に走る亀裂と鋭く裂けたビニール片を見て、グリーンがハッと気づく。
「この跡……ムチかしら」
「ムチだと?そんなものを使う奴はヴァリアーには……」
レッドは顎に手を当てて思案する。
と突然、バチッ!と地に電流のようなものが走った!
「っで、電気!?」
「みんな、敵だ!気をつけろ!」
警戒を強めるヘブンレンジャーたち。
「ひどいわね、ヘブンレッド。私のことを忘れるなんて」
元凶は、悠々と歩いて登場した。
長い黒髪をバサリとなびかせて笑う女に、レンジャーたちは全員息を飲んだ。
「じ、ジリアン・ルージュ!?馬鹿な!お前はあの時、天から落ちて……」
「そう。地の底から這い上がってきたのよ、文字通りね」
まったく酷い目に遭ったわ、とぼやくジリアン。
「でもいいわ、ようやくアジトに戻って復帰できたんだもの。そんなことより、せっかく再会したのだから遊んでもらおうじゃないの――私の新しいお人形とね」
そう言って背後から出てきたのは白のヘブンレンジャーだった。
「ホワイト!」
「よかった、無事だったのね!」
ヒーローたちはホワイトの無事を喜んだが、彼の様子はどこかおかしい。
目はうつろで焦点が合っていない。
そして、自分たちの声に何の反応も示さない。
「ホワイト?」
「馬鹿ね、アンタたちも私の能力のことを忘れたってワケ?」
「何?」
「主人の命令よ。戦いなさい、ヘブンホワイト。かつての貴方の同僚たちとね」
「……承知しました」
ジリアンの言葉にホワイトは淡々と答え、レッド、ブルー、グリーンに向かって剣を構えた。
「じ、ジリアンの催眠術!ホワイトは操られているんだ!」
説明的な台詞を口走ったブルーめがけて、ホワイトは攻撃する。
「ブルー、危ない!」
「うわぁ!?」
間一髪でそれを避けることには成功したが、その切先は一瞬前にブルーが立っていたところに下ろされた。
「ま、マジか、ホワイト!」
「どうしよう、レッド!このままだと私達も……!」
「落ち着けみんな!ホワイトからの攻撃を避けながら、作戦を考えるんだ!」
ヘブンレンジャーは、レッドの言葉に態勢を立て直す。
そして、どうすれば操られた仲間の意識を取り戻せるか、必死で頭を回し始めた。
そこから、撮影はシナリオ通り順調に進んだ。
ジリアン・ルージュの催眠はヘブンレジャーにも効果がある強力なものだが、解く方法がないわけではない。
何か本人の自我を強く揺さぶるようなものを見せれば、自分を取り戻せるのだ。
ホワイトの場合、それは胸のロケットに入った『妹の写真』だった。
事前プロフィールによれば、ホワイトは病気で入院中の妹の元気を取りもどすという目的があるらしい。
なんともベタな設定、とは思うが、子ども向けだからそれくらい分かりやすい方がいいのだろう。
ともかく、肌身はなさず提げているロケットの写真を目にした瞬間、ホワイトは苦しみだした。
「どうしたの、ヘブンホワイト!そんなものが一体なんだっていうの!?」
ホワイトの催眠が解けかかっていることに気付いたジリアンは声をあげた。
「ホワイトはね、妹さんのことを一番大事に思っているの!」
「悪には分かんねーかもしれねえが、愛の力は憎しみを凌駕する!」
「あい、ですって……?そんなものに私の催眠が!」
「――そういうことだ。悪いな、ジリアン・ルージュ」
「!!」
刹那、ホワイトは完全に催眠から目を覚ました。
ジリアン・ルージュに向き直った彼は、大剣を構え、そして。
「――?」
そこで、私は違和感を覚えた。
ここは催眠の解けたホワイトが悪のジリアンをバッサリと斬るクライマックスシーンだ。
だが、ホワイトの間合いは遠すぎるとすぐに分かった。
これでは私の身体に傷ひとつ付けることはできない。
どうするつもりだ、とホワイトを見ると、彼の手に血糊の袋が見えた。
斬るモーションと同時にタイミングを合わせて袋を破り、私が斬られたように見せるというのか。
――ふざけるな。
ザシュッ!
「きゃああああああ!!」
「!!――なっ」
ジリアン・ルージュの断末魔が辺りに響く。
だが、ヒーローの方はそれ以上に驚いたようだ。
ホワイトは私の体から吹き出す赤を見て目を見開いた。
血糊ではない、本物の私の血だ。
私はホワイトが上から下へ剣を降ろした瞬間、前に躍り出てそのまま斬られたのだ。
「な、なん、で」
驚きに固まったヘブンホワイトに、
『――舐めるんじゃないわよ』
私は彼だけに聞こえるよう、内部通信をつけた。
がくりと膝をついて俯く私の顔はカメラには映らない。
それをいいことに、言ってやりたかったことを全部ぶちまける。
『血糊なんて使わない。言ったでしょ、半端な真似は許さないって』
『っでも、そこまでする必要なんて、』
『いいことを教えてあげる、ホワイト。私もアンタと同じ自殺者よ』
『!』
『P集めには興味なかったし、嫌々撮影に参加していたのも一緒。でも』
ホワイトはその才能とは裏腹に、この仕事を転生するためのつなぎの仕事、自殺者としての労働としか思っていない。
確かに、かつての私もそうだった。
そうとしか思っていなかったけど――アンタと私では、決定的な違いがある。
『仕事として引き受けたからには、ちゃんと演るのよ。当然でしょ』
私はそこでブチッと内部通信を切った。
「この私としたことが……お前たちを甘く見ていたようね」
血を噴きだす胸をおさえながら、ジリアン・ルージュはよろりと立ち上がった。
「今回のところは引いてあげるわ、覚えてらっしゃい!」
という捨て台詞とともに、下っ端を引き連れて舞台から去って行く。
「待て!……うわ!」
レッドが翼を広げて追おうとしたら、急な落雷で阻まれた。
「ジリアンの雷だわ。飛んでいくのは危険よ、ここは後追いはやめて……」
というグリーンの台詞を最後まで聞かず、今しがた我に返ったばかりのホワイトは羽を出した。
そして一気に上昇し、雷の攻撃を避けながらジリアンが消えた方に向かっていく。
「ちょっと、ホワイト!?」
残された仲間たちは、あっという間に見えなくなった彼の背中を見つめるばかりだった。
「……なんか、見た目重傷なのに痛みがないって変な感じ」
どくどくと流れ出る鮮血をおさえ、私は独り言ちた。
室長曰く、今の私の身体は死人の時と同じらしい。
だから、血は流れるものの痛みはなく、死にもしない。
ただ傷口を塞ぐ必要はあるので、この後治療室に連れて行かれるようだ。
あと、ワンシーンを撮った後に。
「……ジリアン」
主役のお出ましだ。翼をたたんで降り立った男は、真っ直ぐ私の方へ歩いてくる。
私はゆっくりとそちらを振り向いた。
「ヘブンホワイト」
――と、今話では負傷したジリアンとホワイトのアップで幕引きとなるはずだった。
だが、監督からのカットはまだかからない。
壁にもたれかかるジリアンとホワイトが対峙して数秒が過ぎた後、ちょっとした悪戯心がわいた。
この天才俳優を、すこし試してやるのはどうだろう。
「何よ、トドメをさしにきたわけ?」
「…………。」
「ヘブンレンジャーも頭が回るようになったってことかしら。ま、見ての通り、今はチャンスかもね」
「…………。」
「どうしたのかしら、何突っ立てるの?」
ジリアン・ルージュの台詞にホワイトは無言を返した。
当然だ。これは台本には載っていない、私のアドリブだ。
今回は前みたいに生じゃないからカットして編集できる。
ここで私が何をやっても後から修正可能、気楽なものだ。
ま、監督にはあとで謝っておくとして――こいつは、一体どう出る?
「――痛むか?」
「え?」
しかしホワイトの口から出たのは予想外の一言だった。
血まみれの私を見て顔を歪めた彼は、さらに驚きの行動に出た。
「ちょ、アンタ何を……!」
「何って、手当」
ホワイトはビリッと自分の衣装を破き、ジリアンの傷口に巻き付けはじめたのだ。
包帯のように細く引き裂いた衣装に血が付き、赤に染まっていく。
「一体なんのつもり?トドメをさすんじゃなかったの?」
「そんなことしない。ヴァリアーは敵だけど……ジリアンを傷つけたくはない」
「は?」
ちょっと本当に意味が分からない。
言っていることも、こいつが何をしたいのかも。
というか、カットはまだなの!?いい加減止めてくれない!?
「な、何よ。催眠はもう解けたはずなのに」
「そうだ、もう催眠はかかっていない」
「じゃあ、なんで」
「わからない?」
ぎゅっと止血帯を結び終えると、ホワイトは私と目を合わせた。
「ジリアン・ルージュ、お前を好きになったんだ」
「!?」
ドオオオン!!
途端、轟音が響き、背後の建物が音を立てて崩れた。
今度は何だ!?と私とホワイトは同時にそちらを向いた。
一瞬で瓦礫と化したコンクリの上に立っていたのは。
「――おれのいない間に好き勝手やりやがって、クソ新人が」
闇よりも黒い漆黒の衣装を身に纏ったヒーローだった。
「……誰だ」
「ヘブンブラック。お前の先輩だよ」
言いながら、ブラックは私たちの方に歩み寄り、
「わっ!」
ホワイトから引きはがすように私を抱え上げた。
黒いマントにくるまれ、完全に私の視界は閉ざされる。
「お前にジリアンは渡さない」
と冷たい声がブラックから発されると同時に、
「カット!!はい、オーケー!!」
カァン!と小気味のいいカチンコの音が鳴り、撮影が急に終わった。




