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天職、悪の女幹部  作者: 西山ありさ
第三幕
13/16

2


ー*ー



撮影は三日後だった。

私が出演するにあたってすべて書き直しになったのに、相変わらず無茶なスケジュールだ。

いい加減スタッフはここの労働環境に文句を言った方がいい、と思いながら渡された衣装に袖を通す。


「あれ」


と、違和感に気付いた。

ジリアンの衣装が以前と変わっている。

ヘソ出しボンテージスーツに網タイツだったのが、ぴっちりしたバイクスーツとブーツ、さらにその上に長い黒いマントを羽織る形になっていた。

露出度が下がったので私としてはありがたいが、だいぶ路線変更したな、と思った。


「また付けることになるとは思わなかったけど」


最後に(ポイント)表示ブレスレットを右腕に装着し、ボタンを押した。

楽屋から出ると、タバコをくわえた男が廊下に立っているのに気付く。

禁煙だと何度伝えてもルールを守らないロクデナシ上司である。

私を目にすると、彼はよう、と手を挙げた。


「ジリアン、準備は大丈夫か?」

「大丈夫ですけど……コスチューム、結構変わりましたね」


と尋ねると、室長はゲンナリとした顔を作った。


「ああ、『不必要な露出だ』やら『情操教育に悪影響』やら、ブラックの野郎がネチネチ口出してきてな……あいつ、前はあんな奴じゃなかったと思うんだが」

「そういえば、その彼は結局どうなったんです?」

「出すことになったよ。もう戦隊の人数は足りてるって言ってんのに、最終的に上を全員説き伏せちまった。どーなってんだ、あいつの弁舌は」

「はは……」


その光景が目に浮かぶ。『ブラック』は一度やると決めたら、ものすごく強引なのだ。


「そんなことよりジリアン、お前とブラックのことは他の奴らには絶対に秘密だからな。肝に銘じておけよ」

「秘密というと?」

「生きた人間だってことだ。生者を天界に呼べるなんて知られたら、他の死人たちが騒ぎ出すだろ。『下界にいる家族にまた会いたい』とかな」

「なるほど……分かりました」

「それと、ブラックや自分のことを本名で呼ぶのも禁止だ。死人は生前の名を奪われるモノだから」

「はい」


となると、ブラックに対しても以前の『ジリアン・ルージュ』のように振舞うべきだな。

まあ、元よりそのつもりで役作りはしてきたけれど。


「あの、ついでにもう一個聞いていいですか?」

「なんだ?もうすぐ本番だぞ」

「すぐ終わりますから。室長は私を天界に呼ぶとき、こう言いましたよね?」


――『死んだ後も、恋愛はできるかもしれねーぜ?』


頭に響いたあの言葉は、確かに室長の発したものだった。


「あれ、いまだに分からないんですけど、どういう意味だったんですか?」

「あ?そのままだよ」

「え?」

「まあそのうち分かる。今後のお楽しみにとっておけよ」

「は?」

「じゃー行ってこい!期待してるぞ、ジリアン!」

「ちょ、嘘!?ちゃんと説明せえええ!!」


絶叫する私を男はいつぞやのように無理やりスタジオに押し込み、次の瞬間、私は眩しい光に包まれた。



今回の舞台は工事現場のような場所だった。

ヒビ割れたコンクリの地面に、積み上がったブロック塀。大型重機とヘルメット、『立入禁止』の看板、黄色と黒のシマシマテープ。

私はカツ、とブーツを鳴らしてその上に降り立った。


「……なんだってのよ」


長い黒髪をバサリと払い、眉間に皺を寄せる。

不機嫌の理由はもちろんここに来る前にあのヒゲメガネに言われたひとことだ。


「今後のお楽しみって何。意味不明」


金に釣られて引き受けてしまったが、やっぱり断るべきだったか、と後悔する。

だがキャストも集まってくるし、今からボイコットはさすがに悪い。

この撮影をやり切った後、下界に戻ろう。

そう決意を固めていると、


「アンタが『ジリアン・ルージュ』?」


ふいに上から男の声が降ってきた。

顎を上げて声の方を仰ぎ見ると、建物の隙間から人間のシルエットが見えた。


「…………。」


私は無言で腰から鞭を取り出した。

それをピシッと振り上げ、壊れかけた水道パイプや屋根瓦を使って伝って移動。

あっという間に屋根の上に登り、ストンと綺麗に着地する。


「へえ」


振り向くと、そこには一人の若い男がいた。


「身のこなしが軽い、それに美人」

「……褒め言葉として受け取っておく。そっちは、最近入った追加戦士?」

「そう。俺は『ヘブンホワイト』」


よろしく、と手を差し出してきた男は見上げるほど背が高い。

ヒールを履いた私よりもさらに頭1.5個分は上……ということは、百九十センチはあるだろうか。

男性にしてはやや長めの白髪。

チームカラーを意識してか白シャツにホワイトジーンズと服装も真っ白。

どことなく気だるげな様子で、ふせがちな目に長いまつげの影が落ちる。

ブラックとはまた違うタイプでモテそうな感じがした。


「『ジリアン・ルージュ』よ、よろしく」


握手に応じると、ホワイトはぐっと握り返してきた。

背もデカいが手もデカい。こいつと戦闘シーンやるの大変そうだな……と思いながら手を離した。


「あのさ、聞いていい?」

「何?」

「撮影ブチ切ってブラックと駆け落ちしたって聞いたけど、ホント?」

「……は?なにそれ!?」


驚いて目を剥く。

が、ホワイトはきょとんとした顔で首を傾げた。

冗談を言っているわけではなさそうだ。


「違うの?」

「違う!」

「でも二人で消えたのは事実だろ。オンエア観たら最後は二人とも霧に包まれて見えなくなった」

「そ、そういう演出だったってだけ!それに、死人がどうやってここから消えられるっていうの?」


実際はあの場から本当に消えたわけだが、それを明かせば今ここにいる『ジリアン・ルージュ』の説明をするハメになる。

私は現在も死人であるということを強調して言った。


「……まあ、それもそうか」


とホワイトはつまらなさそうに呟いた。

表情があまり変わらないので納得したかどうかは微妙だ。

どうも掴みどころがないな……こいつも。


「まったく、ちょっといない間に変なウワサになってるみたいね。困ったモンだわ」


はあ、と息を吐きながら周囲のスタッフを見ると、彼らもチラチラ私を気にしているようだった。

……本気でみんなにブラックと駆け落ちしたと思われてる?

うわ、面倒クサ。

というか、室長は関係者に私と彼のことをどう説明したんだか――


「ジリアン!」


そこに、私の名を呼ぶ男がもうひとり。


「本当に帰ってきたんだな!」


と叫びながら突進してくる全身黄色の男。

男に抱き着かれる寸前に、私はサッと横に避けた。


「久しぶり、イエロー」

「おおこの塩対応、やっぱジリアンだ!」


とイエローは満面の笑みを浮かべた。

ニコニコ喜んでんじゃない、気持ち悪いな。


「アンタ、今回は出番ないんじゃないの?」

「室長から今回はジリアン復活回だって聞いたからよ、俺もちょっとだけ出してもらえるように頼んだんだ!」

「オフならゆっくり休んだ方がいいのに、物好きね」


ハッと鼻で笑ってやったが、それでもイエローは嬉しそうな顔を崩さない。


「……どうしたのよ、さっきから気色悪い」

「普通にお前の復帰が嬉しいからな」

「え?」

「お前が抜けた後のヴァリアー、ひどかったからなあ。敵がザコいせいで俺たちも全然(ポイント)貯まんねーし、子どもたちからはブーイングがくるし。やっぱ女幹部はお前じゃねえと」

「……そう」

「急に消えたもんだからてっきり『お迎え』が来たのかと思ってたが、またこうして会えてよかった!これからもよろしく頼むな!」

「あっそ。まあよろしく」


それだけ言って会話を終え、スタンバイのために現場を目指す。

カツカツと足音を鳴らして目的地に向かう途中、心の奥から嬉しさがにじみ出てきているのに気付く。

正直悪い気はしなかった。

真面目に役に取り組んだ結果、『ジリアン・ルージュ』は視聴者にも役者仲間にもある程度認められていたようだ。

――私も現場に復帰できて、アンタらと再会できて嬉しい。

とは、彼らには絶対に言わないけど。



室長の描いた台本では、『天界獣との闘いの後、ジリアン・ルージュは天から落下して酷いダメージを負った。

回復するまで地底に潜伏していたが、ようやくアジトに戻って幹部として復帰した』という筋書になっていた。

それに伴い衣装も武器もリニューアルしてパワーアップ、古参ファンには嬉しい展開だぜ!とかなんとか。

私の方はといえば、特に支障はなかった。

『ジリアン・ルージュ』の撮影は天界の人々にとっては数か月ぶりだろうが、私にとってはつい昨日までの日常だ。

ジリアン・ルージュは、いつも通り完璧に仕事をこなす。

与えられた役を真面目に演じる、それが私がずっとやってきたことなのだから。


「カットォ!さっすがジリアン、完璧だ!文句のつけようなし!」

「そ、ありがと」


カチンコが鳴り、シーンが終了。

監督に簡潔に礼を言い、次の指示を受ける。

次のシーンはヒーロー側と下っ端怪人のアクションで、私は後半の登場まで待機らしい。

休憩していていいということだったが、私は見学を申し出た。

自分の出番の前に、新人のホワイトがどんな立ち回りをするのか確認しておきたかったからだ。

イエローにはああ言った癖に、私もたいがいワーカホリックだな、と自嘲する。

カメラの近くにスタッフに椅子を用意してもらい、マントを畳んでそこに座った。



「いたぞ!ヘブンホワイトだ!」

「またお前らか、懲りないな」


どこからともなく現れた怪人に、ホワイトは顔をしかめた。


「うるさい!今日こそやっつけてやる!」

「この人数だ、いくらお前でも無事ではすむまい!」


下っ端の怪人の言う通り、彼は二十人の怪人にぐるりと取り囲まれていた。

ごちゃごちゃと路上に道具の置かれた狭い工事現場、黒いボディスーツを着た怪人の中に真っ白なホワイトはひどく目立った。

多勢に無勢、大ピンチの状態だが、


「何の問題もないね」


ホワイトは自信満々にそう言って、自身の武器に手をかけた。

ホワイトは身長に見合った大剣を扱う戦士だった。

巨大な剣を軽々と扱い、大胆に敵をなぎ倒していく様は、確かに画面映えする。

何より目を惹かれたのは。


「すごい……」


路地で大立ち回りを披露するホワイトの演技力だった。

まるで彼のために舞台があるような、それ以外のすべてが彼の引き立て役になっているような、圧倒的なオーラがあった。


「……監督。彼、生前も役者かなにかやっていたんですか?」

「いや、室長は素人だって言ってたよ。でもこっちが何も指導することなく、台詞も動きも覚えて自分のものにしてしまうんだ。天才ってやつかね」

「天才……」


再び撮影に目を向ける。

ホワイトが華麗なステップで敵の攻撃を避け、タイミングをずらしてカウンターを食らわせるところだった。

今分かった。

ホワイトが票を集めているのは、単なるキャラクター人気だけが理由ではない。

この芝居の巧さに視聴者も魅了されているのだ。


「ジリアン。次は彼とのアクションシーンだけど、大丈夫?」


と監督が耳打ちをしてきた。

人気はともあれ今までヴァリアーの紅一点として目立ってきた私が彼に食われるのではと心配しているのだ。

確かに、この才能の塊に飲み込まれる可能性は全然あり得る。だが


「愚問ね。平気に決まってるじゃない」


私は監督に向かって不敵に笑ってみせた。


「やってやるわよ、今回は『ジリアン・ルージュ』が主役なんだから」


天界での演技経験はこちらの方が上なのだ。

簡単に食われてたまるか、と私は闘志を燃やした。



「お疲れ」

「……ジリアン」


楽屋の扉が開き、演技を終えたホワイトが入ってきた。

私は彼を待ち伏せしていた。

宣戦布告――というわけではないが、一応これから一緒に芝居をする仲間に声をかけてやろうと思ったのだ。

近付いてくるホワイトに、私はタオルと水を渡した。


「見てたわ、アンタの演技。やるじゃない」

「ああ、そう」

「演劇素人なのにあんな動きができるなんて、監督も天才だって言ってたわよ」

「へえ」


私にしては精いっぱいの労いの言葉をかけたが、対してホワイトは興味なさそうなリアクションだった。

あれ、と思い、ふらりとまた部屋を出て行きそうな彼を引き留める。


「ちょっと。せっかく褒めてるのに、何その気のない返事は」

「どうでもいいから」

「え?」

「下らないって言ってんだよ。ただ言われた通り演じてるだけだし、褒められるようなことはしていない」


そう吐き捨てたホワイトは、ぞっとするほど暗い目をしていた。


「こんな撮影、なんの意味もないだろ。生まれ変わるまでの間付き合ってやってるだけ。(ポイント)集めごっこも全然興味ないから」

「そう、なの」


意外だった。あれだけの演技力をもつホワイトがそんなことを考えていたなんて。

そして、この口ぶりから察するに、ホワイトは。


「『ジリアン・ルージュ』は撮影をブチ壊して消えたって聞いて、面白そうだから会ってみたいと思ってたんだ。けど、当てが外れた。アンタも楽しみながらこのバカげた撮影に参加してるキャストだった」

「……ちょっと、私はそんな」

「いい。もう放っておいてくれ、オレはアンタとは違うから」


バタンとドアの締まる音とともにホワイトは出て行った。

残された私は、呆然とドアの先を眺める。


「――あいつ、自殺者なんだ」


ぽつりと呟いた言葉は無人の室内に思いのほか響いた。




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