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天職、悪の女幹部  作者: 西山ありさ
第三幕
12/16

1



次に目を開くと、そこは白い空間だった。

白い天井、白い壁紙。窓はなく、床はグレーのカーペットが敷き詰められている。

――って、ここは。


「天界……?」


見覚えのある光景にそう漏らすと、


「樹里亜!大丈夫か!?」


私の元に学ランの男子が駆け寄ってきた。

さっき名前を知ったばかりの同級生、元ヘブンブラックの黒野広弥。

彼も私と一緒にここに来たようだ。


「広弥……ここって、」

「ああ、どう見ても天界の室長の部屋だ。おれたちは生き返ったのに、どうして……」

「あれえ?お前までついて来ちまったのか」


第三者の声がした。

私と広弥が同時にそちらを向くと、いつの間にか回転椅子に眼鏡の男が座っていた。


「……やっぱりお前の仕業か、ペテン師」


広弥はそう言って男をジロリと睨みつけた。


「天使だっての。お前、いい加減その言い方やめろよ。『ヘブンブラック』の最後の台詞だーって、子どもたちの間でちょっと流行っちまってんだぞ」


参るよなあ、と男はタバコに火をつけながらぼやく。


「大体俺のどこがペテン師だ、ちゃんと願いは叶えてやっただろうが」

「それだ。願いが叶って、おれたちは生き返ったんだろ?何でまた天界にいるんだよ」

「特例で天界に召喚したんだ。お前じゃなくて、そっちの元悪の女幹部様をな」

「え?私?」


急に話を振られビックリする。

そうだ、と呟いて、室長はタバコをこちらに突きつけた。


「やっとこっちの稟議が通った。悪いがもう一仕事してくれねえか?」

「は?」

「もう一度、『ジリアン・ルージュ』を演じてほしい」


室長からの衝撃のひとことに、私も彼もぴたりと固まった。


「断る!!」


と私より先に我に返ったらしい広弥が噛みつく。


「お前に聞いてねえよ、必要なのはジリアンだけだ」

「それがダメだって言ってんだよ!大体、彼女はもう死人じゃないだろ、何でまた『ヘブンレンジャー』に出ないといけないんだ!」

「だからぁ、『生者を天界に呼んで役者をさせる』稟議書がやっと通ったんだって。大変だったんだぜ?前代未聞のことだし、神様までハンコもらいに行ったの初めてだったわ、俺」


面倒くさそうにつらつらと愚痴る室長。

……どうでもいいけど、日本企業みたいな組織なんだな、天界。ハンコて。


「でも、どうして『ジリアン』が……」

「んー、じゃあお前らには特別にデータを見せよう」

「え?」

「おい、スライド映してくれー」


室長のひとことで、どこからともなく天使たちが現れ、ガラガラとスクリーンを降ろした。

そしてプロジェクターの電源を入れ、デスクの上のパソコンにケーブルをつないだ。

数秒後、スクリーンに折れ線グラフが映し出される。


「……何、このグラフ」

「『天使戦隊ヘブンレンジャー』の視聴率推移。ここが、お前らが最後に出演した(ライブ)の時の視聴率な」


と室長はレーザーポインターで折れ線グラフの中の一番大きな値を示した。


「山が一番高いね」

「『ヘブンレンジャー』の最高視聴率だったんだな」

「そ。製作陣も超盛り上がって、打ち上げで五軒ハシゴしたな」

「(だから、何でそういうとこ日本の会社みたいなんだ……)」

「で、お前らがいなくなってからの放送回の視聴率がこれ」


赤い光が右にスライドする。

波はあるが、どんどん数字が落ちていっているのが分かった。


「……右肩下がりだな」

「まあ、あれだけ人気だったブラックがいなくなったし……」

「違う。原因はお前だよ、『ジリアン・ルージュ』」

「え、嘘。私?」

「ブラックはな、最初から追加戦士って立ち位置だったし、素性も明かしてないからフェードアウトさせてもなんとかなった。だが、お前の穴はどうやっても埋まらなかった」

「そうなんですか」


意外だった。

嫌われ者でどれだけ頑張っても一万程度しか(ポイント)が貯まらなかったキャラクターだというのに。


「でも、別のキャストを用意すれば……」

「いねえんだよ!そんな都合よく!衣装着てアクションこなせて悪役キャラができる女子が!!」

「うわ、急に大声ださないでくださいよ」

「見ろ!この苦情まみれのレビューを!『敵が全然魅力的じゃない。★1』、『悪役の女の子の大根演技がムリ。アクションシーンも超ヘボイ』、『ジリアン・ルージュをまた出してほしい』、『ジリアンの麗しいボディを見るのが唯一の楽しみだったのに何故役を下ろした』……」

「……おい、最後の意見書いた奴、誰だ」


と低い声を出した広弥を見ると、その額にビキッと青筋が浮かんでいた。


「絶対子どもじゃねえだろ、そいつ。ジリアンをエロい目で見る奴は成敗する」

「やめとけ、ここでの私的な暴力は禁止されている。というか、この野郎はもう転生したから追いようがない」

「ちっ……」


室長の言葉に、隣の男は凶悪な顔で舌を打った。

広弥が急にキレた理由はなんだかよくわからなかったが、ともかく。


「ヴァリアー側のキャストが用意できないから、私を続投させたいってことですか。わざわざ天界に呼び出して」


と聞くと、室長は深く頷いた。


「ああ、お前が消えてから『ヘブンレンジャー』全体のクオリティが下がったとまで言われている。ぜひ協力して……」

「お断りします」

「え」

「話がそれだけでしたら、彼と一緒に下界に帰してもらえますか?」


私が淡々とそうリクエストすると、室長はええ!とわざとらしい大声を上げた。


「お、おい、一体どうしたんだ、ジリアン!お前、もう現世に未練ないっつって、毎回嫌々ながらも完璧に演じてくれてたじゃねえか!」

「状況が変わったんですよ、ついさっき」


そう、すべてが変わった。

今の私は、世界を拒絶し空へと飛び込んだかつての私ではない。

自らの道を切り開くために、地に足をつける覚悟をしたのだ。


「せっかく生き返ったので、今はちゃんと生きることに一生懸命になろうと思ってるんです。で、この冬に受験するので、役者やってる場合じゃないんですよ」

「だ、だが」

「私はもう自殺者じゃない。拒否権はあるのでしょう?」


うむむ……と室長は唸った。どうやら図星のようだ。


「そういうわけなんで、失礼します。ちゃんと同じ場所に戻して……」

「待て!もちろん礼はする!」


しつこい。

そろそろこの応酬が面倒になってきた私は、ジトッと眼鏡オヤジを睨みつけた。


「また10万(ポイント)を貯めれば願いが叶うって奴ですか?私、前も全然(ポイント)貯まらなかったので、そんなのは」

「なら、獲得(ポイント)×100でどうだ!」

「は?何がですか?」

「金だよ!下界で生きていくなら、これからの生活に金がいるんだろ?(ポイント)を貯めたぶん、日本円でギャラを払ってやる!」

「え……」

「頼む!お前の変わりの役者が見つかるまででいい!俺を助けると思って!!」


と見た目四十路のいい年こいた大人は、両手を合わせて拝み倒してきた。

ものすごく必死だ。よほど最近の番組の低迷に参っていると見える。

もちろん、そんなことは最早死人でなくなった私には関係ない。

……だが。


「しつこいぞ、クソペテン師。樹里亜はやらないって言って……」

「待って、広弥」


私が止めると、彼はえ?と目を瞬かせた。


「室長、ひとつ聞いていいですか」

「なんだ?」

「私たちが生き返った時、死ぬ直前に時が巻き戻っていました。今回もちゃんと元の時間に戻してくれるんですか?」

「ああ、元からそのつもりだ。お前らが『下界に存在していなかった時間』ができてしまうと、歴史が狂うからな」

「――なら、三か月。その間に必ずジリアンの次の役者を見つけること。いいですね?」

「じゅ、樹里亜!?まさか、受けるのか!?」

「受験勉強が間に合うようなら、まあ」


愕然とする広弥にそう答えると、


「よっしゃ!さっすがジリアン!そうこなくっちゃな!」


室長はもろ手を挙げて喜び、すぐに電話を取り上げた。


「おい!次回の脚本全部書き直しだ!今から臨時会議をするからスタッフは全員会議室集合!……あ?なんでって?帰ってくるんだよ、『ジリアン・ルージュ』が!!」


興奮気味に受話器に向かって叫ぶ室長。

電話口の向こうでは、ええー!と歓声が上がるのも聞こえる。

――さあて、後戻りはもうできない。やるしかなくなってしまった。


「……まんまと金につられたな?」

「うん、そう」


黒野広弥の台詞を私はすぐに肯定した。


(ポイント)の100倍をギャラとして受け取れるなら、三か月もあれば奪われた貯金を取り返せるって思ったんだろ」

「まあね。でも、それだけじゃないよ」


と言うと、広弥は首を傾げた。


「なにか他の理由が?」

「『ジリアン・ルージュ』に感謝しているから」

「感謝?」

「そう。『悪の女幹部』なんて自分では絶対にやらない役を演じたおかげで、私はあの人に立ち向かうことができた。その恩を感じてるから、もう少し()ってあげてもいいかなって気になったんだ」


本心からの言葉だった。

いきなり天界に呼びつけた室長に手を貸すのはムカつくが、人生を変えるきっかけをくれた『ジリアン・ルージュ』役を、私は案外気に入っていた。

ごめんね、と付け加えると、広弥は呆れたように肩をあげ、君らしいな、とだけ呟いた。


「でも別に私に付き合わなくていいから、下界に先に戻って……」

「馬鹿言うな。なら、おれもまた『ブラック』を()る」

「えっ?」


言うが早いか、広弥はずかずかと通話中の室長の元へ歩いて行く。

そして、バンと机をたたいた。


「おい、室長」

「なんだ?今忙しいんだが」

「脚本変更だ。おれも『ヘブンブラック』として再登場する」

「あん?」

「稟議が通ったなら、出る役者は複数でもいいんじゃないか?おれもジリアンと一緒にまた出てやるよ」


随分と上から目線の台詞だが、これは製作陣にとっては朗報だろう。

ヘブンレンジャーの中の誰よりも人気だったブラックが戻ってくるとなれば、また番組も盛り上がること間違いなしだ。

――と、私は持っていたのだが、しかし。


「お前は不要だ、ブラック」

「は?」


予想に反し、室長は鬱陶しそうに手を払う仕草をした。


「言っただろ?お前がいなくなってもなんとかなったって」

「どういう意味だ」

「お前の代わりに新たなレンジャーを入れたんだよ。すげえ勢いで(ポイント)を稼いでいってるぜ」


誰かさんみたいにな、と室長は笑った。




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