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天職、悪の女幹部  作者: 西山ありさ
第二幕
10/16

4


―*―



すべて話し終えるまで、ブラックは遮ったりせずに黙って聞いていた。

そして屋上から転落したところまで語りつくすと、彼はゆっくりと口を開いた。


「つまり、親に貯金を盗まれたのが原因か」

「……何。くだらないって?」

「いや、納得したよ。そうか、だから君はあんなバイトをずっとやって……」

「は?」


ぶつぶつと不審な独り言をつぶやく。

と思えば、男はバッと顔をあげて私と目を合わせた。


「とりあえず分かった。君の問題はおれがどうにかする」

「……は?」

「こっちで色々動いてみる。君は何も心配しなくていいから」

「え、ちょ」

「もう昼休みが終わるな。受験前に教師に睨まれたくないし、続きは放課後に」


一方的に進む話に、全く口を挟めない。

そうこうしているうちにチャイムが鳴り、男はさっさと屋上のドアを目指して歩き始めた。


「っちょっと!ブラック!!」

「はは、そっか。まだおれの名前を知らないんだっけ」


まあ自己紹介は後でするとして、と呟き、ドアノブに手をかける寸前、彼はこちらを振り返った。


「君には悪いけど、おれは君を死なせたくないんだ」





「…………。」


昼休みから放課後まで、あっという間に時間が過ぎた。

その間、随分と不思議な心地がした。

私の人生は今日の昼休みに終わったはずだったのに、いつもと同じように教室で授業を受け、板書をノートに書き写し、過ごしている。

現実味がなく、第二の人生というか夢の続きを歩んでいるような。そんなありふれた平和な風景。

しかし、依然問題は何も解決していない。

すっからかんの口座と先行きの見えない未来は変わらない。

確かに遺書も残さず自殺したのは短絡的だったが、全然今からでも屋上から飛び降りてしまいたい気持ちはある。

だが。


「……どうにかするって、一体どうするつもり」


元ヘブンブラックと放課後に話す約束をした。とりあえずその話を聞かなければいけない、死ぬならそれ後だ、と内なる自分が言う。

……一回死んだのに、クソマジメな性格は変えられそうもないみたいだ。

私は大きなため息を吐き、終業のチャイムとともに学校を出た。



ブラックと落ち合った私は、彼につれられて三十分ほど歩き、住宅街の中の喫茶店に入った。

小さな店だった。カウンターと二人掛けのテーブルが三つ、全部合わせても十席ほどしかない。


「マスター、こんにちは。お邪魔します」


ブラックがカウンターの奥に向かってペコリと頭を下げると、七十代くらいの店主はああ、と不愛想に返事をした。


「この店、行きつけなの?」


椅子に腰かけながらそう聞くと、学ランの男はうん、と頷いた。


「目立たない場所にあるし、穴場だよ。うちの学校の生徒はあまり来ないから安心して」

「なんで?」

「変なウワサ立てられたら困るだろ?」

「…………。」


かなり鼻につく台詞だったが、本心なのかもしれない、と奴の顔を見て思い直す。

屋上ではあまり意識していなかったが、真向いに座ったブラックはかなり整った顔立ちをしていた。

私と一緒にいるところを見られると、ファンの女子が大騒ぎするとかか。

――こいつ、天界(あっち)でも現世(こっち)でもモテてるんだな。知らんけど。


「何頼む?」

「……いらない。言ったでしょお金ないんだって」


いつぞやと同じようにメニューを押しやると、彼は苦笑した。


「おれが誘ったんだから奢るに決まってるだろ。じゃあ、適当に頼んでいい?」

「ん」

「あ、ブラックコーヒーは苦手だったよな。カフェオレにしようか」

「え?」

「前に自販機で間違って無糖買っちゃって、買いなおしてただろ」

「……なんでそんなこと知ってんの」

「グーゼン見たんだよ」


そこで会話を切り、すみません、とブラックは手を挙げて注文を口にした。

そのついでに店主の老人と世間話をする男を見て目を細める。


「(やっぱり、見覚えないな)」


なんせ手紙を出して告白してくるぐらいだ、どこかで会ったことがあるだろうか、と改めて記憶を探ってみたが、見覚えはなかった。

……しかし、自販機で買ったとこを見たことあるって、一体ナニ。

私は知らないのに、一方的にこちらを知られているということになんだか薄気味悪さを感じた。


「で、続きの話って何」


注文が運ばれてすぐに、私は切り出した。

この得体のしれない男の話を聞いて、さっさと解散したいという思いが強くなってきた。

対する彼は、いい香りのコーヒーをひとくち。そして


「まず学費のことだけど、それは一旦おれが立て替える」


と軽く言った。


「は??」

「あ、言っとくけど自分の金だよ?こづかいを元手に投資で増やした金だから心配しないで」

「い、いや、そういう問題じゃ」

「もうちょい待ったら、この間リリースしたアプリの収入も入ってくるし……とにかくちょっとした小金は持ってるんだ、おれ」

「…………。」


投資だのリリースだの、一介の高校生にはあまりなじみのない言葉が出て来て混乱する。

が、要するに、富豪が貧乏人に施しをしてやろうっていうボランティア精神か。

ほんと、ふざけた野郎だ。


「いらな――」

「受け取らないってのはナシな。受験料も入学金も、勝手に大学の口座に振り込んどくから」

「ちょ、なんで!」

「君に死なれたくないって言ってるだろ。君を自殺に追い込んだ原因はおれが全部潰す」


カチャ、とコーヒーカップを置いて、男は私を正面から見据えた。

まただ、と思った。

有無を言わさない本気の眼差しだった。


「まあ利子なしのローンだと思ってくれればいいよ。出世払いで返してもらえればいーから」

「……見返りは」

「うん?」

「そんなうまい話、あるワケないじゃない。何が目的なの」

「ないよ」

「は?」

「そりゃ本音を言えばおれのことを好きになってもらいたいけど、金で手に入れる関係なんかいらない。とりあえずはおれを頼ってほしい、かな」


元戦隊ヒーローはそう言ってニヤリと笑った。

確かに、急に降って湧いた救いの手だ。

私にメリットしかない申し出にうっかり手を伸ばしてしまいそうになる。

だが、ここで簡単には頷くわけにはいかない。


「……私が騙してるって可能性は?」


私はキッとブラックを睨み返した。


「全部嘘かもよ。金を手に入れるためにわざとアンタの同情を引いてるかも」

「嘘なんか吐くわけないだろ、真面目な君が」

「っアンタが、私の何を知ってるって言うの」

「……詳しくは言えないけど、一応知ってるつもり。おれが惚れこむくらい、君がまっすぐで優しい人だってことは」

「…………。」

「もし作り話だったとしても、誰にも頼れなくて死を選ぶくらい思いつめていたのは事実だろ。おれは君を助けたい」


ブラックはあくまでも真摯な態度を崩さない。

いくらこっちがいらないと言い張っても、強引に私を救う気らしい。

まったく、本格的に頭がイカレているとしか思えない。

私ははあと、大きく息を吐き、


「……ヒーロー様は、どこまでお人よしなの?」

「君限定だってば」


諦めとともに、ブラックの話に乗ってやることにした。

ちゃんと契約書を書いて、毎月の返済計画を立てることを条件に。

本当に真面目だよなあ、と男は呆れたように苦笑した。


「問題は、その毒親から逃げる方法だな」

「逃げる……?」


動揺してカップを取り落とすところだった。

想定外の申し出だった。

私としては、学費さえ立て替えてくれればそれで解決と思っていたのに。


「……そんなこと、無理に決まってる」

「うん。一旦はおれの家に避難してもらうにしても、その執着ぶりじゃまた危害を及ぼしてくる可能性がある」


その通りだ。

あの人は私を苦しめるためなら手段を選ばない。

元の計画では、晴れて大学に入学したら住所を知らせずに引っ越し、携帯を解約して繋がりを絶つ予定だった。

だが、何かしらの手を使って追って来るかもしれない。

今回の窃盗事件で、それが十二分に理解った。


「だから、それはもう仕方な……」

「親子の縁を切るのは今の日本の法律じゃ難しい。でも君はもうすぐ成人するし、相手は暴行、誹謗中傷、窃盗の犯罪者だ。準備ができたら裁判所に訴えよう」

「え?」

「弁護士に依頼するとしても、色々と集めないといけないものはある。具体的には今回の窃盗の証拠と、度重なる暴言や暴力について……」

「ちょ、ちょっと待って!何をする気!?」


だんだんと物騒な物言いになる黒い男にストップをかける。

両手を広げた私を見て、彼は一度口をつぐんだが、すぐまた口を開いた。


「そいつは君の自殺の元凶だろう。君を傷つけた母親を、おれは許さない」

「え……」

「申し訳ないけれど、おれは君の母親を訴える。そして二度と君に近付けないようにしようと思っている」


低い声で淡々と言葉を並べるブラックに、私は困惑するばかりだ。

あの人を訴えるなんて、そんなこと考えすらしなかった。


「でもそれには証拠がいる。君が手に入れなければならない証拠が」

「わ、私が?」

「知り合いの弁護士に聞いたら、録画や録音が一番効果的だそうだ。だから、わざと相手を怒らせて証言を引き出して録音する。普段の君への暴言や、君の貯金を勝手に使ったっていうことを口走ってくれればベスト」

「む、無理!そんなの、できっこない!」


私はほとんど悲鳴を上げていた。

あの人の支配下に置かれて十余年。

何度か歯向かったこともあるが、毎回徹底的に叩きのめされて心はすっかり折れている。

それを、わざと怒らせて喋らせる?無理だ。

そんなことをしたら、殺される。


「できない?」

「できない!!」

「なら――そういう『役』だとしたら?」

「え!?」


びっくりして二の句を告げなかった。

今度は一体何を言っているのか、こいつは。


「役者になったつもりで()るんだよ、そうすれば怖くないだろう?」


しかし、冗談でもなんでもなさそうだった。男はさながらプロデューサーのように、今回の計画と『芝居』について私に聞かせた。


「君は天界で『悪の女幹部ジリアン・ルージュ』だった。下界でも同じようにその役を演じられるはず」

「な、そ、そんな無茶な」

「君は室長にも一目置かれる役者だったじゃないか。あの堂々とした演技力は大したものだって、いつも言ってたぜ」

「……室長の言う事は一番あてにならない」

「まあそうかもしれないけど」

と男は同意した。

あのうさん臭いメガネが全然信用ならないというのは共通認識のようだった。

とにかく、と話を切ると、男は急に私の手を握ってきた。


「っ!な、に」

「自由を掴みたいんだろう?君はそう思って、これまでずっと頑張ってきたんじゃないのか?」

「……っ」


逃がさない、とばかりにぎゅうと右手を握られる。

ジリジリと焦げ付くような視線に、目を逸らすことができない。


台本(ほん)ならおれが書いてやる。おれも最後には登場するし、やばくなったら助けに入るから」


思えば、こいつはいつもそうだった。

どれだけ無茶な台本(ほん)でも、『君ならやれる』って脅迫のような期待をかけて、こっちを引っ張り上げて。

お前と一緒にするなっていう、反論すら吹き飛ばして。


「巨大な天界獣につっこんでいくのに比べたら、そこまで難しくない。そうだろ?ジリアン」


いつだって、正義のヒーローのように、堂々と笑うんだ。



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