2―19 政府との交渉 その六
その後も家族から沢山の質問を受けたが、無駄に心配をかけることになるので、鬼のことも言わなかったし、政府とのお話の内容も詳細には語ってはいない。
彼らが儂の事を心配してくれているのはわかるが、一般人がどうにかできることではないからのぉ。
いずれにしろ、周辺で警護している警察や自衛隊等の公務員から、米国の領事館が動いたと報告を受ければ、総理大臣も早めに何らかの連絡を寄越すじゃろうと見ているよ。
あ、堀内首相には連絡先を言うては居ないんじゃが、恐らくは越智陸将が連絡先を知らせておるじゃろうし、そもそも儂との窓口を越智陸将としているやも知れん。
まぁ、伝令を使うということもあり得るかな?
その場合、事前に知らせて貰っておかないと、またまた、祖母が追い返すことにもなりかねんがのぉ。
まぁ、明後日の午後二時過ぎまでは儂もどこにも出かけんで、家に籠るつもりじゃよ。
で、家に居たら居たで、何と言うか、お邪魔虫が電話をかけて来おる。
あ、先ずは、USAではないぞ、例の幼馴染じゃ。
なんだかんだと無駄話をしてから、最後に言うて来たのはデートしようということじゃった。
生憎と、デートなんぞしていたら、かおりと一緒に誘拐未遂辺りに引っ掛かりそうじゃ。
無論、そんなことはさせんが、何とでもなるとは言うても、面倒ごとになるのは、かおりに内緒で事を運ぶのは難しい場合もあるからのぉ。
ここは、やはり、逃げの一手じゃ。
但し、このかおりの電話が翌日に面倒ごとになってやって来たわい。
翌日、午前10時頃に、儂のスマホに見知らぬ番号から電話が来たようじゃ。
当然のことながら無視をする。
見知らぬ番号の多くが迷惑電話の類じゃ。
特に、詐欺、企業の売り込みや、アンケート調査などが多い。
従って、そんなものに儂が出るはずもない。
但し、念のため、番号で調べたら、最初は九幌に在る米国の総領事館じゃったな。
で、その次が、海外からの電話で、+1がついておったから、こいつは米国の電話じゃな。
相手が誰かは知らんが、同様に無視をする。
夕刻には、高校のバーバラ先生から電話が来たりもしたぞ。
ふむ、日本国政府からそれなりの嫌味でも言われたのか、何やら今度は電話攻勢じゃよ。
儂のスマホの電話番号なんぞは、学校の連絡先にも入ってはおらんのじゃが、何故じゃと思い、部屋に居ながらにして色々調べたのじゃが、どうやらかおりの家の外に、盗聴器が仕掛けられていることが分かったわい。
スマホの電話番号の発信音で番号を解読できるものがあるらしいからのぉ。
それで、奴らが知った可能性が有る。
尤も、種々痕跡を詳細に調べると、この盗聴器はUSAの非合法組織等が仕掛けたものではないようじゃ。
例のかおりのストーカー騒ぎの際に仕掛けたものらしく、その盗聴装置からの無線を傍受出来たようじゃな。
全く面倒なことをする奴らじゃよ。
他国に来てまで法律違反紛いのことをするか?
仮に、米国政府に対して何らかの意趣返しをする際の、口実の一つができたようじゃな。
そうしてその日の三時頃には、バーバラ・ブルック女史がわざわざ儂の家までやってきたようじゃ。
それも誰か男を連れておるのじゃが、念のために昨夜、米国のヴァージニア州にあるキャンプ・ベリーとクアティンコの修了生名簿を調べておる。
その中に有った写真と一緒の顔じゃな。
さてどっちの名簿に載っていたかは、度忘れしたものの、陸軍関係者、若しくはCIAかFBIのエージェントじゃろうな。
バーバラ先生、電話がつながらないので直に来たということじゃろうが、・・・。
儂の電話番号を誰から聞いた?
それに、何故、誰かに知らされた電話番号を、その者が知っていると不思議には思わぬのかな?
もしや、バーバラ女史が米国のエージェントの片割れなのか?
いずれにせよ、例によって、祖母がインターホンで用件を聞く。
九幌城北高校の英語の講師と聞いて、祖母の警戒感が一気に薄れたようじゃが、一応は傍に居た儂に尋ねて来たよ。
バーバラ女史が我が家に近づいてきた時点で、儂の配置していたドローンで察知していたから、儂も居間に降りて来ていたのじゃよ。
まぁ、種々問題はあるが、一応会って追い払うことにした。
儂が玄関のドアを開けて応対するが、彼女も傍にいる男も家には入れさせん。
「どうされましたか?
バーバラ先生?」
「佐島君、急にごめんなさいね。
大学時代の友人に、今日偶々会って、あなたのことを話したら、ぜひ会いたいって、彼は今日までしか時間が無くってね。
明日にはオレゴンに夏休みで帰るのよ。」
「へぇ、そうなんですか?
失礼ながら、バーバラ先生、そちらの彼の職業を知っていますか?」
「ええ、今は英語塾の講師をしているって・・・。」
「それは、それは。
僕はてっきり、CIAかFBIの関係者かと思いましたけれど・・・。
ところで、先生、僕のスマホの電話番号はどちらで知りました?」
「え?
あら、そう言えば・・・。
私のアパートにメモが有ってそれに書いてあったんだけれど・・・。
あれ?
誰からもらったのかしらねぇ。」
ふむ、バーバラ女史も天然かのぉ。
そうして、バーバラ先生の背後に居た若い男が、動こうとしたのを止めた。
「フリーズ!」
そう言って、拳銃の銃口を向けたのじゃよ。
モノは、グロックじゃよ。
無論本物ではない。
本物そっくりに似せて儂が錬金術で造ったダミーじゃ。
男もバーバラ先生もびっくりしていたな。
儂はわかりやすいように英語で言ってやった。
「さて、トーマス・ヒギンズさん。
貴男の顔写真は、ヴァージニア州に有る特別な養成所の名簿で見ています。
貴男の本当の仕事が何なのか、バーバラ女史にも良く分かるように説明していただけますか?
偽の職業を言っても通用しませんからね。
その回答如何によっては、貴方の上司が非常に困った立場に置かれるかもしれません。」
今日は、左程暑くも無いのだが、男は額に汗をかいておるわい。
未だ一面識もない男から、自分の名前を言われ、なおかつ秘密にしている自分の仕事がバレているのだ。
おまけに自分も良く知っているグロックの銃口を向けられているのだから焦らない方がおかしい。
まぁ、そうは言いながら、この男が特段違法なことをしたわけでは無いがのぉ。
その昔、米国で、ハロゥイン・パーティの日(ハロウィン・デイでは無かった)に日本人留学生(16歳?)がパーティ会場を間違えて別の家を訪れたために、拳銃を突きつけられて、フリーズと怒鳴られたが意味が分からず、プリーズと聞き間違えて前に出たものだから、当該家主に射殺された事件が有る。
この日本人高校生は、別に悪いことをしたわけでは無いのだが、正当防衛で事件は終了してしまった。
後に民事裁判で賠償が命じられたらしいが、儂も詳しくは知らん。
偶々ネットで見た中にそんな事件が過去に有ったことを知っているだけじゃ。
単純な話、大いに世間を騒がせた事件ではあるが、相手が恐怖を感じたら射殺しても構わんという荒っぽい米国ならでは刑事裁判例ではある。
このトーマスと言う男、当然にそんな判例も知っておるじゃろう。
焦っているのは、バーバラ女史も同じじゃな。
震える手を伸ばして、「佐島君やめて頂戴?」と懇願しているのぉ。
構わず英語で言う。
「残念ですが、嘘をつく者を僕は信用できません。
貴男が何の目的で僕に近づいたにせよ。
その目的は絶対に果たされません。
因みに、この銃は本物そっくりの偽物です。
弾丸を込める場所も無いし、引き金はあっても撃鉄も無い代物ですから、ご安心を。」
そう言って、銃口を下に向けたよ。
「ところで、黙っているトーマスさん。
もうお帰り下さい。
貴男と話すことはありません。
そうして、せめて友人であるバーバラ女史には、あなたの本当の職業を伝えておいた方が良い。
さもなければ、貴男は友人も失うことになる。
ということで、バーバラ先生。
用件は済みましたので、トーマス氏と一緒にお帰り下さい。
くれぐれも、嘘つきには、騙されないように。
それから僕のスマホの電話番号は、人には知らせないようにして下さい。
尤も、九幌にある米国総領事舘や、米国本土に居る誰かさんは、疾うに知っているようですけれどね。
その情報も、実は違法に近い状態で得たものですからね。
そんな非合法組織を使う米国政府自体も僕は信用できないと思っています。
トーマスさん、僕がそう言っていたという件も、あなたの上司にしっかりと伝えてください。
あなた方にどんな理由があるにせよ、僕と米国の政府機関とのお話し合いはあり得ません。
では、さようなら。」
そう言って、有無を言わせずに玄関のドアを閉めた。
その後、二人でとぼとぼと来た道を戻って行ったが、その後、二人がどんな話をしたのかは知らん。
バーバラ女史は、たまたま手先に使われただけで、CIAやFBIの要員ではなさそうじゃな。
まぁ、取り敢えず、米国政府に対する儂の不信感をしっかりと強調して置いたから、このことは上部機関に伝わるじゃろう。
そうして、儂の能力の一端を漏れ聞いておるならば、余程の事がない限り、これ以上は儂に接触してこない筈じゃ。
ああ、かおりの家に取り付けてあった盗聴装置は完璧に破壊しておいたぞよ。
これまで気づかんだは、儂の不覚じゃったな。
その日の午後八時過ぎ、越智陸将から連絡が入った。
日本政府として、儂と鬼達が異界を餌場にするために出入りことを正式に承認するということじゃった。
但し、場所的には、野津幌から入る異界に限定してほしいとのことであったし、状況により、他の異界への移動も認めるが、少なくともその場合、一か月前に打診をしてほしいとのことじゃった。
これは、堀内首相からの伝言と云うことじゃったが、必要であれば書面にもすると言ってくれた。
まぁ、儂には不要じゃな。
ちゃんと政府が動いてくれればそれでよい。
もう一つ、付加的な条件もあった。
仮に異界から、モンスターどもが漏れ出て来るようなことが有れば、是非とも儂や鬼達に協力を願いたいということが一つ。
今一つ、防衛省幹部との話し合いで儂が言った『魔素』の件で、どんなものなのかを学者に調べさせたいので当該調査研究に付き合ってほしいというお願いじゃった。
無論、儂は魔素などとは言ってはおらんが、儂の認識している魔素を表す言葉が無いので『未だ認識できていないもの』としておるわけじゃ。
まぁ、それが異界と同じレベルになれば異界のモンスターどもが此方へ来やすくなる可能性が有るとすれば、気にはなるじゃろうな。
儂としては、特段の異論も無いから、了承したのじゃった。
なお、以後の政府とのやり取りで、連絡先となるのはやはり越智陸将になったようじゃ。
越智陸将は防衛省の高官でもあるわけじゃから、もっと若い者が連絡役となっても良いのじゃろうが、そのことを敢えて儂が指摘する必要もあるまい。




