2―13 交渉 その三
儂の言動は、越智陸将の心に若干の反発と不安を生じさせたようじゃな。
だがしかし、それもやむを得まいと思っておるのじゃ。
常識的に考えて15歳の少年が突然部屋に押し入って来て、ある意味で恐喝めいたことを言っているのじゃから、一体どこの不良少年だという考え方に普通は陥る筈なのだ。
◇◇◇◇
私は越智和久、当年とって54歳、防衛省の陸将になっており、特任調査局長として最近出現した異界調査の責任者となっている。
今日も今日とて遅くまで庁舎で仕事をし、帰宅して遅い夕食を食べで、寝る前に日記を書いている最中に、背後から突然呼びかけられたのだ。
意表を突かれた所為で、流石の私も仰天して椅子を蹴倒しながら背後を振り返った。
私の背後に居たのは、身長はほぼ私と同じだが、未だ童顔の残る少年に見える。
服装は上下とも黒っぽいジャージのような衣装を着ているので、それだけでは何者なのかは判然としない。
私がいるのは書斎代わりに使っている四畳半の部屋であり、出入りできるのはドア、若しくはサッシの窓だけの筈だ。
当然に玄関には鍵をかけているから、不審者が簡単に入れるはずもない。
それに一つしかないドアが開けられたならすぐにその気配でわかるはずなのに、全くドアが開いた様子が無かったのだ。
私が脅すように誰何すると、相手は未だ15歳の高校一年生で佐島幸次郎と名乗り、異界との接続点に関する話を私としたいと言う。
異界の接続点の一件は、外部には秘匿すべき事項になっているから、私的にせよ見ず知らずの相手に話せることではない。
従って、住居侵入の現状をちらつかせて脅したが、一向に相手は困らないようだった。
何となれば、私のスマホを使えなくし、この書斎には結界を張っているから、私も彼の許しが無くば、部屋を出ることさえも叶わないらしい。
この佐島なる少年が何者かは知らないが、確かにスマホは一切反応しないし、彼に言われてサッシの窓を開けようとしたがクレセント錠が外れず開けられなかった。
追い打ちをかけるように彼が言ったのは、窓のガラスに椅子を叩きつけても壊れるのは椅子の方だという。
異界の話については外部に話せないと断ったのだが、この佐島なる少年は、とんでもない話に続けて、とある提案をしてきたのだった。
一つは、自衛隊と警察が厳重に警戒している中をすり抜けて、彼自身が異界の中に入ったという話である。
また、一つは、異界の映像だった。
彼が持つタブレットの画面には確かに異界と思われる映像が映っていたのである。
私は職務柄、調査隊が送って来た映像は全て確認をしているが、この少年が見せてくれた映像は調査隊が撮影したものでは無かったのだ。
これだけでも驚きの話ではある。
但し、異界の接続点が出現して1時間内外の時間帯であれば、未だ異界入り口の警戒が為されてはいなかったのだから、その間に無謀な者が中に入った可能性もある。
しかしながら、画面の片隅に日時が表示されていた。
この表示を信ずる限り、この映像は少なくとも野津幌の異界接続点でモンスターが出現して、警察官を含め十数名の被害を出した以降のことであるらしい。
尤も、この日時の表示は、最新の映像技術を使えば簡単に誤魔化せるものであるから、当てにはならないと思うのだが・・・。
少なくとも、警察の静止を振り切って異界に突入した若者は、野津幌での男女二人だけだと私は聞いている。
それ以外の接続点については、航空機により発見され次第、速やかに現地警察又は自衛隊が動いて周辺の警戒に当たっていたと聞いている。
従って、野津幌での惨劇以降となれば、警察と自衛隊が合同で高度の厳戒態勢を敷いていた最中に異界へ侵入したということなのだろう。
この少年は何でもないように、さらっと自分が特殊な能力を持っていると言った。
或いは姿を隠して、誰にも気づかれずに異界へ侵入する能力?
いや、密閉されている筈のこの部屋にいきなり出現したことから判断すると、私の判断力を疑われそうではあるが、或いはテレポートなどの特殊能力なのかも知れない。
少なくとも、私が知っている異界の機密事項をこの少年が知っており、なおかつ、これまで公開されたことのない異界内部の動画まであるとなれば、単なる嘘偽りとは断定できないだろう。
そうして、防衛省幹部の一部が杞憂していることも、この少年が指摘したのだった。
すなわち、大挙して異界のモンスターがこちらの世界へ侵入してきたならどうするかということである。
恐らくは数十匹程度ならば十分に対応できるだろうが、彼が言うように百匹程度の集団が断続的に侵入してきた場合、我が方の弾薬が尽きる可能性があるのだ。
この不思議な少年が指摘した通り、野津幌に出現した恐竜のようなモンスターの場合、小口径の火器では役に立たないことが分かっている。
但し、野津幌で迎撃したようにジャベリンとヘルファイアを乱発していては、保有している弾薬に支障が出るのが明らかなのだ。
おまけに自衛隊は予算で動いている。
不足したからと言っても、補充については、予算の流用を図ってもできない場合があるのだ。
彼が抱えている鬼(?)や妖(?)のように、仮に死しても復活するようなモンスターが異界から出現すれば、簡単には殲滅もできないだろう。
更に、彼が言うように、億単位でのモンスターが向こうの世界に居るならば、何としても異界の出入り口を塞がねばならないが、それについても国会の臨時秘密委員会で協議しているが、これも相当な予算が必要な上に、チェルノブイリ原発みたいに上空まで完全に覆う砦のような構造物を建設するとなれば、1年で出来るかどうかも怪しいのである。
なにしろ、異界の接続点であるドーム状の異物は、最大高さが120mを超えており、直径はその倍にもなる。
強度計算から言うと簡単な工事では、遮蔽物が造れそうにもないという技術者の説明を聞いているのだ。
今一つ、病原体研究所からも問題恬として、とあることが指摘されている。
野津幌で討伐されたモンスターの体内には、未知のウィルスや病原体が存在している可能性が有るというのだ。
仮に、討伐できても、未知の病原体をこの世界に持ち込まれると。それだけで日本が危うくなる。
無論、調査隊も危険だし、他国の場合も同じなんだが・・・。
だが、そうした懸念を今の段階で一般人に広めるわけにも行くまい。
とどのつまり、この少年が要求してきたのは、彼が保護している鬼達の餌場として異界を開放してほしいということと、鬼達が異界で活動していても、自衛隊から攻撃したりしないでほしいということのようだ。
その代わりに、鬼達が異界から出て来るモンスターを討伐してくれるというのだ。
ある意味で自衛隊の予算の軽減策にも役立つウィンウィンの話ではある。
但し、長い目で見れば、防衛費用の増額は特異な事件が有って初めて実現するものであり、安易に楽な方を選ぶべきではない。
とは言いながら、国家予算も借金がかさんでいることから過大な増額は期待できないし、対モンスタ―対策予算が増えても、防衛費全体の長期増額には至らない可能性もあって、痛し痒しなのだ。
さて、この少年の提案をどうするかだが、・・・。
こんな少年の言い分だけを聞いて動いていては、自衛隊の幹部職員としては甚だ問題なのだが、彼自身その能力や鬼どもの実力を確認できれば、あるいは防衛省幹部や政治家たちを動かせる可能性もある。
但し、これは諸刃の刃でもある。
うまく行けばこ、の少年を含めて鬼達の保護にも、異界調査費用の削減にもつながる可能性はあるが、逆に政府がこの少年の能力を過度に恐れて、身柄を半拘束する動きを招くかも知れないのだ。
但し、この少年はそんな動きが有ればすぐに逃げて、日本とは今後関わらないと言っている。
自由を奪うような国であれば、オン出ても良いという考えであり、以後困ったから助けてくれと言われても対応しないとまで断言された。
この夜半に何時までもこの少年と話をしているわけにも行くまいから、当座の先送りをしておこうか。
私の方で防衛省幹部とすり合わせして、この少年との懇談会を開催するという提案をぶつけてみた。
私も防衛省の幹部ではあるが、私の権限で出来ることには限界がある。
従って、防衛省幹部の意向と、更にその上位となる内閣官房や総理大臣、更には政権与党である●▽党の幹部達も巻き込む必要が有るだろうな。
◇◇◇◇
五分ほど考え込んでいた越智陸将がようやく口を開いた。
「君の提案については、理解した。
然しながら、私も防衛省の幹部とは言いながら、大きな組織に属する一人の公僕であり、私が一人でできることには限界があるのだよ。
君の要望を実現するためには、少なくとも防衛省幹部が居並ぶ中で君からのプレゼンテーションをしてもらわねばならないだろうな。
更にその上で、政府要人・・・、これは政権与党の幹部も含まれるだろうが、関係者に説明をしてもらわねばならない。
その際には、君の言う鬼達も連れてきてほしいのだができるかね。」
まぁ、面倒な話は上へ揚げるという常識的な線ではあるな。
「自衛隊幹部のみならず、政府要人へのプレゼンテーションですか。
それに鬼達も実物を見たいと?」
「ああ、実物とその力を見た方が理解が早いだろう?」
「まぁ、できなくはありませんが、鬼達を連れて行くなら、会場は天井高さが少なくとも4m程度ある場所が必要ですね。
鬼達の身長は3m半を超えています。
体重もそれなりにありますから、床面の強度も考慮しておいてください。
計ったことは無いですけれど、50センチを超える足ですし、2トン前後の重量はあるかと思いますよ。
そして、そこで演武でも見せろと言われたら、床が壊れることも想定しておいてくださいね。
彼らは超絶的な力を持っていますから・・・。
予定されている会場に至るまでは僕が責任をもって管理しますし、トラックなど運搬の手配は必要ありません。
いずれにしろ、日時と会場が決まったら、僕のスマホにメールしてください。
この際ですから、スマホのアドレス交換をしておきましょう。
そう言って越智陸将とその場で連絡先を交換した。
「では、取り敢えず今夜の話はこれでおしまいと言うことで。
僕も帰って寝なければいけませんから。
あ、一言だけご注意申し上げておきます。
僕の名前は本名ですが、家族を危険に晒したり、不用意に僕の名前を漏らすうなことが有れば、今後一切の強力はしませんし、当事者に相応の報復はしますよ。
それでは失礼します。
おやすみなさい。」
そう言って儂は越智陸将の目の前から自宅に転移した。




